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空模様

 これまでにないことをやってみる 其の四

【これまでにないことをやってみる 其の一】
【これまでにないことをやってみる 其の二】
【これまでにないことをやってみる 其の三】
からの続き。


文京区のファシリテーター講座で、
「どうしてそれが必要だと思うの?」
「あなたはそれがあってどうしてよかったと思うの?」
という広石さんからの問いと
私が学校の授業で
「話したいことは話せなかった」と言ってしまってからの
「じゃあ、私は何が話したかったんだろう?」
というみずからへの問い。

ファシリテーション講座で対話の場を実践してみて
(これです→http://bunkyo-sip.jp/?p=4330
ようやくここが重なった。

この対話の場は一回やっただけでは、その場しのぎにすぎないと思っている。
何度も何度も重ねていくことで、自分自身が推敲されるのではないか。


レヴィ=ストロースはかく語る。

「私のなかには画家と細工師がおり、たがいに仕事を引き継ぐのです。カンバスに向うまえにデッサンをする画家のように最初の段階では、まず書物全体の草稿をざっと書くことからはじめます。そのさい自分に課する唯一の規律は決して中断しないことです。同じことを繰り返したり、中途半端な文章があったり、なんの意味もない文章がまじっていたりしてもかまいません。大事なのはただひとつ、とにかくひとつの原稿を産み出すこと。もしかしたらそれは化物のようなものかもしれませんが、とにかく終わりまで書かれていることが大切なのです。そうしておいてはじめて私は執筆にとりかかることができます。そしてそれは一種の細工に近い作業なのです。事実、問題は不出来な文章をきちんと書き直すことではなく、あらゆる種類の抑制が事物の流れを遮らなかったら、最初から自分が言っていたはずのことを見つけることなのです(心中ひそかに私が参照するのはシャトーブリアンとジャン=ジャック・ルソーです)」


「山のような著作や辞書に囲まれて(辞書を手元においておくのは、未知の単語を発見する楽しみだけということもありますが)、私はまず手はじめに初稿のあちこちを抹殺し、あるいはさまざまなサインペンや色鉛筆を使って行間に加筆したりします(そのために初稿は行間を広くあけてタイプで打つことにしています)。あらかじめ色を選ぶようなことは決してしません。それはなにか取消しのきかないことになるはずですから」


「原稿が解読不能な状態になると、不要な部分を白く塗りたくり、さらに加筆訂正できるようにします。この操作も不可能になると、切り取って原稿に貼りつける小さな紙切れを使って、書き直すべき部分を書き直せるようにします。ようするに仕事が仕上がった時には、紙切れが三枚も四枚も重ね貼りされていて、ほとんどある種の画家たちのコラージュに似たものになっているのです」



ジャン=ルイ・ド・ランビュール「作家の仕事場--どのように書くか 〔R.バルト,M.ビュトール,H.シクスス,J.グラック,ル・クレジオ,M.レーリス,C.レヴィ=ストロースに聞く〕」『海』1978年11月号、中央公論社
(こちらから引用させていただきました<(_ _)>↓
書きなぐれ、そのあとレヴィ=ストロースのように推敲しよう/書き物をしていて煮詰まっている人へ
本も読んでみようと思います。…と書いてびっくり。Amazonで50000円…。
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/412000872X/readingmonkey-22/ref=nosim/




この、とにかく中断することなく書いてみる
ということが、哲学なんじゃないか。

そして、対話が推敲となる。
哲学対話は、レヴィ=ストロースのいうブリコラージュじゃないか。

※フランスの文化人類学者・クロード・レヴィ=ストロースは、著書 『野生の思考』(1962年)などで、世界各地に見られる、端切れや余り物を使って、その本来の用途とは関係なく、当面の必要性に役立つ道具を作ることを紹介し、「ブリコラージュ」と呼んだ。彼は人類が古くから持っていた知のあり方、「野生の思考」をブリコラージュによるものづくりに例え、これを近代以降のエンジニアリングの思考、「栽培された思考」と対比させ、ブリコラージュを近代社会にも適用されている普遍的な知のあり方と考えた。
また彼は世界各地の呪術や神話における思考の特徴的なパターンも「ブリコラージュ」と呼んだ。たとえば神話体系は様々な神々や英雄が織り成しているものであるが、全体としては個々のエピソードの集まりであり、きれいに一続きにはなっておらず神々の系図も複雑になっている。これは、先行する民族や隣接する民族の神話を引用したり、各地方の神話を一まとめにしたりしながら神話が形成されてきたために、神話体系が寄せ集めの状態(ブリコラージュされた状態)となっているからである。wikipedia




このように考えた時に、「なんでも話せる場」の重要性を思った。


あともう一回ぐらいかな。

IMG_1385.jpg

ばあちゃんちのブリコラージュ。
椅子の寄せ集め。





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