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空模様

 なんでも話せる場

京都へ帰った折に、足をのばして広島県福山をたずねた。
東京を離れて一週間、じゃぶじゃぶと心身ともに洗われて
とてもきもちのよい日々だった。
東京も好きなのだけれど、ずっとひとところにいると私は澱む。

鞆の浦の向かい、仙酔島では
蒸し風呂のあとに海に浸かるという流れがあったのだけれど
海に浮かぶって、超絶アース。意識溶解。

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広島の福山に住むかよさんと知り合ったのは2015年の2月。
私が書いた本を読んでくださったあと、FBで私のことをみつけてメッセージをくださったのだった。
かよさんと出会えただけでも、本を出させてもらえてよかったと思う。

かよさんは、今まで出会った人の中でも稀有な存在だ。
ここまで自分の感覚に忠実な人は、そうそういない。
誰かが話す中で、自分の中にないものについて
「それってどういうこと?」
「私の感覚だと、こういう感じだけど」
「もうちょっと聞かせて」
「わからないから教えて」
という言葉がかよさんの口からはよくでてくる。
ソクラテスみたいだ。
きっと、かよさんの前ではだれも自分を偽れない。
私もかよさんの前だと安心してなんでも言える。


今出ているプレジデントの特集は「哲学」入門。



梶谷さんの記事中に
「『哲学対話なんかしなくても、何でも話せる飲み会をしたらいい』と思った方もいるかもしれません。
ですが、飲み会の席が『無礼講』であったとしても、みんな上司の機嫌をとりますし、
ましてや『生きることに意味があるか』なんていってしまったら、場の雰囲気は最悪です(笑)。
みんな酔っぱらっているから何でもいっている気になっているだけ。
同僚で集まって上司の悪口をいって盛り上がったとしても、
本当はその上司を評価している人はいいたいことをいえてなかったりする。
『何をいってもいい』場はほとんどないからこそ、哲学対話のように安心して
『何をいってもいい』場を設けることに意味があるのです」

「人生では、哲学者の言葉ではなく、自分の言葉で自分の問いを立て、考える必要があります。
にもかかわらず、私たちにはこれまで『何をいってもいい場』がなかったため、
自由に物事を考えることができませんでした。
自分自身の言葉で考えることをおろそかにして、人任せにしてきたともいえます。
哲学対話は、あなた自身の言葉で問いを立てることを大切にします」

という記述がある。

そうそう。
かよさんは「何をいってもいい場」なのだ。

哲学対話の場は、これまでもいくつか参加してみたけれど
まだまだそこまで本当に安心できる場を私自身も見つけていない。
だからこそ、私自身がそんな場であろうとつねづね考えている。
そんな場をそこここでつくっていくことが、私の挑戦。

かよさんとはいろいろ話したけれど、まだまだ話せることがありそうだ。
今まで知らなかった福山という街も、ぐっと距離が近くなった。

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来月、12月14日(水)、文京区公共ブロジェクトの一環で「対話の場」を主催することになりました。
題して「何でも話せる仲間をつくろう!」。
詳しくはこちらをご覧くださいませ。
http://bunkyo-sip.jp/?p=4192



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