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空模様

 がん告知 疑似体験

ずいぶんご無沙汰していました。
久しぶりのブログ、長文です。


(結果から書いておきます。
がんは陰性(ー)、内膜ポリープとの診断となりました)

今年はじめぐらいから生理の不具合があって、
3月にはそれがあまりにも顕著だったので病院に行かねばと思いながら、
スケジュールをみているだけであっという間に日がすぎていった。
とある人から「はやく診察を受けなさい」といわれて、6月のはじめにようやく受診。

MRI画像で「悪性、腹膜播種が疑われる」との診断を受けた。
春まで通っていた講座で「先端医療」の授業を受けていたおかげもあり、
がんに対する知識は多少増えていたが、腹膜播種の意味を調べて愕然とした。
腹膜播種で検索をすると、余命というキーワードもあわせて出てくる。
さすがにあたまの中がぐにゃりとうねった。
「がん」だけならばここまで心身はゆれなかったかもしれない。

主治医からも「子宮摘出は不可避」だと言われた。
その後に診てもらうことになった漢方医(総合病院の漢方内科医。もともとは産婦人科医)からも、
その診断結果をもって「切る覚悟がないなら診ないから」と言われた。
漢方医の「切る覚悟がないと診ない」というのは、
おそらく、漢方だけでなんとかしたいという人がいるからだろう。
それは主治医にも言われたことだった。
主治医も漢方を扱ってはいるが「(この証に関して)漢方だけで治るというのはない」と言った。
私もそのあたりは納得していた。

最初に検査を受けた日の夜は涙がとまらなかった。
私は自分のかなしみをここに抱えてきたんだと感じて、からだに対して申し訳なく思った。
症状からしても、自分でも多分がんなんだろうなと思った。

【「自分の人生を生きていないとき」人は病気になる】
http://president.jp/articles/-/18207

この記事を読んでも納得した。

自分の人生を生きていない、というつもりは毛頭なく、
私は私のしたいようにやってきたと思ってきた。
でも、そうではない部分があった。
みないようにしてきたものが確かにあった。
それに対して、からだが「どういうことやねん」と騒ぐのは当然だと思った。

そこから、この感情について話さなくてはと思い、何人かの人と会って話をした。
こういう機会でもないと話せないことだった。
「どうもがんらしい。ちょっと話をしておきたいんやけど」と言えば、
私のために時間をつくってくれた。
その段階で私はずいぶんラクになっていた。
人に頼るということができずにいた私にとっては、大きなことだった。

あともう一日、涙がとまらなかったのは、やはり腹膜播種だとしたら、
私は死ぬのかもしれないと思った時。
打ち消すのがむずかしいぐらい、自分が死んだ後のことばかり考える日があった。
私が死んだあとに遺す人のことを想った。
「いつ死んでもいいわ」と言ってきたくせに。

私は、身近な人に遺された経験から
「もう二度と遺されたくない、私の方が絶対先に逝く」
という信念をどこかに持っていた。
そこはもうすっかり無意識下になっていたけれど、今回のことであらためてそれに気づいた。
でも、遺すほうも大概つらいということが身にしみてわかったので、
この信念はおそらく消失したんじゃないかと思う。
「思う」と「考える」の明確な違いを感じたのはこの時だった。
人はたまにどうでもいい思考にとらわれてしまうことがある。
それを「魔」というんだよと教えてくれた人がいた。
「魔には気をつけて」と何度もいわれた。
あのまま、私が死ぬことばかり考えつづけていたら、本当にがんになっていた気がする。
意識することの大きさを身を以て知った。

さらなる検査は内膜掻爬手術。
全身麻酔を受け日帰り入院したが、おもしろい経験だった。
麻酔中は完全トランスの世界だった。
幾何学模様の白い世界が繰り返しあらわれた。
耳は聞こえるけれど、からだは自分の意志では動かない。
先生や看護師さんの話し声が遠くに聴こえ、そして自分にされていることもわかった。
死の間際ってこんな感じなのかなぁということも思った。

波はあったが、概ね穏やかに過ごせた。
とにかく「まだいきたいし、やりたいことだって残ってる。死なない」と考えた。
さすがに検査結果を受ける二日前あたりからは緊張があった。

検査結果の第一報は7月23日に受け取った。
「がん細胞検出なし」だった。
主治医も漢方医も、ふたりともちょっと拍子抜けしたかのようだった。
私も。もちろん、よかったには違いないのだけど。

主治医に「私、宣告受ける気満々できたんですけど」と言ったら苦笑いしていた。
そりゃそうだ。「そいつは残念だったね」とも言えないもんな。

そして、8月9日に第二報を受け取った。
第一報と同じで、細胞は検出されず。
第二報は腫瘍性についてさらなる検討だったとのこと。
ポリープとの診断になったけれども、潜んでいる病変もあるかもしれないとのことで、
半年後に経過を観察することになった。
「ちょっとフツウにはない、めずらしいタイプみたいです、あんまりない感じの」と主治医は言っていた。
…それは、私の今回の病に対してだよね?

どう転んでもおかしくはない状態だったんだと思っている。
そして、これからも、いつまた転がるかわからないと思っている。
そのようになっている、としかいいようのない生を全うするだけだと思っている。
とはいえ、がんだと一時は宣告されたようなもので、
しかも腹膜まで転移の可能性ありと書かれてあったので、
この2ヶ月本当にいろいろ考えた。
かなしくてぼろぼろ泣いたし、また反対にもし死ぬのだとしたら
その瞬間はどんなのだろうと楽しみに思えたりもした、実は。
今回のことがあったおかげで、気づいたこともたくさんあった。

でも、どっぷり深いところは変わっていないのだ。
そこにある静謐さ、なにも変わっていない。
ここは私の祈りの場。自然とひとつであるところ。
変わったといえば、その領域がさらにひろがったということのように思う。

私の人生も折り返し、秋の気配。
うつくしく、芳醇、豊潤な時を、謳歌していこうと思っている。

生きているだけでまるもうけ、ほんまに。

*¨♫*•.¸¸•♫*¨*¨♫*•.¸¸•♫*¨

遠くや近くで、想ってくださっていたみなさま、どうもありがとう<(_ _)> 
ただそばにいてくれるということがなによりありがたいことでした。
そして、先の予定が立てられるということがこんなにうれしいことだとは、知りませんでした。

もしかしたら、抗がん剤治療も受けることになるかも、
そうなったら髪の毛抜けるのか、やってみたいと思っていた坊主あたまになるんだなと思ったりしていた。
手術するならその前にはぐるぐるパーマをあてようと思っていた。
やりたいと思ったことができるならば、やらない手はない。

そして、いまの自分はこんなにきれいなんだと思っている。

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医師からの言葉が、わたしの書き方だときつく感じられるかもしれませんが、
MRIの画像診断上で主治医は「悪性ですね」と明確に言ったわけではないし、
なんとなくことばを濁していました。
わたしが「悪性、腹膜播種」だと自分でそう思ったのは、
MRIの所見をもらって帰り、そしてわからない語句を逐一ネットで調べたためです。
とはいえ、表面では強い言葉ではありませんでしたが、
ただ事ではないという雰囲気が伝わってきたので、わたしもそう受け取った表現になっています。
もともと、表見ではなくて、響きでことばを受け取るほうです。

ネットで、宣告を受けた方々のブログなどをいろいろ見たりしてきましたが、
わりと最近は率直に伝えられるようですね。
お医者さんも、表現の方法を学ばないと大変だろうなと感じました。

漢方医の「切る覚悟ないと診ないから」ということばもおそらく賛否両論あるだろうと思います。
その先生のことを知っているか否かで、そのことばの聞こえ方、響き方は違ってくるだろうと思います。
私は先生方のことを信頼できると感じていたので、わりとすんなり受け取っていました。

開いてみないと実際のことはわからない、とMRI診断時にも言われていましたが、
結局検査では見つからないとなって、摘出手術の話も現時点では消失しました。
「やはり切ってちゃんと診てみましょう」と医師からしつこくすすめられた方の話も伺っていたので、
まずはありがたいと思っています。

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