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読書と対話の会

2016年03月20日 12:58

読書と対話の会、次回は
4月9日10時から富士見台にて。
参加費は500円。
お茶とおやつを用意しています。

「14歳からの哲学」第9章 心はどこにある
を読みます。

8回目になります。
毎回、さまざまな面々が集い
本当にいい場になっています。

「哲学」というと、むずかしそうとか近寄り難いというイメージがあるかもしれません。

私は幼い頃から、死ぬのってこわい、でも死ぬってどういうことだろう
というようなことを考えるのが好きでした。
長らく「死」について考えてきましたが
最近は「生きている」ということについて考えています。
気功をはじめてから、からだを動かすためのチカラや
躍動する細胞の感覚を追っていくうちに
生きていることの不思議、自分が存在するこの宇宙のことに
想いを馳せるようになりました。

からだに携わる仕事をしてきたし、まわりにも治療家やセラピスト、ボディワーカーが
たくさんいたので、「からだ」の話をする機会はありましたが
「生きる」そして「死ぬ」不思議についての話をすることはできずにいました。
私自身もまだそれについて語るためのことばをもちあわせていなかったからだと思います。

学校に通うようになり「考えを語ること」の必要を感じ、
探して見つけたのが「哲学対話」という場でした。
しかもご近所で。
http://msentalife.wix.com/entalife#!nerietsu/c1tv6

ブログを読んでくださっている方が、近所でいいもの見つけるよね
と話しかけてくださったことがありますが
基本的に私は、できるだけ徒歩圏で自分にとっていいものを見つけたいという気持ちがあります。
一度きりとかたまにならば遠出もありですが、継続したいことならばなおのこと。
ありがたいことに、ちゃんとあるんですよね。


池田晶子さんの本を読んだ時に感じたのは、
ああ堂々と「生きる」だの「死ぬ」だの「宇宙」だのの話をしている人がいる!
こんな話してもいいんだ!
こういう話ができることを哲学と言っていいんだ
ということでした。

私はこういう話を、だれかとしたかっだのだとようやく自分で自分がわかりました。

そして、場を開いてみて思ったのは
案外、同じように話したいと思っている人はたくさんいるんだなということ。
もちろん、たくさんといってもまるでメジャーではなく
私と同じように、話したくても話せないなぁと潜在的に感じていた人たち。

8回ひらいて、あと2回でひとまず一段落。


夏ぐらいから、この「14歳からの哲学」を使って
ケア対話の場を開いていこうと話し合っています。

そもそも対話とはなにか、ケアとはなにかという話からはじめて
集った方ひとりひとりが考えることを話ができて
存在を否定しない場を持っていきたいなと考えています。

門戸をたたくときは、少し緊張なさるかもしれませんが
無理に話すということは強要しませんし、
その場にいることをただ味わいに、ということでも構いませんので
ご興味があれば、是非一度ご参加くださいませ。
メッセージお待ちしています。

IMG_6498.jpg






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