Welcome to my blog

空模様

 ただ、そこにあること 〜練馬・気功のひろばより〜

月に一度ずつ、練馬と杉並で「気功のひろば」と称して、
からだをゆるめる場をもっています。

昨日は、脊髄損傷のため車いすに乗った方がご参加くださいました。
友人のFB投稿を介して「気功のひろば」のことを知ってくださり、
なんとなく「できるかも」と思ってきてくださったとのこと。私は、その気持ちが本当にうれしくて。

「私がしたい」「私がそうする」ということについて、あらためて思い出したことがあります。
京都に住んでいる頃、通っていた気功講座にがん末期の方が、看護師さんやご主人の付き添いのもと、
移動ベッドに乗ってこられました。
「寝ているだけで、みんなと同じ動きができるわけではない。なんにもできない」
というように他者の目からはみえます。
でも、その人は全力で「その場にいきたい」と望んだのでした。
そしてその人が「そこにいてくださる」ことは、
その講座の場に集った人たちにとっても、ありがたく尊いことでした。
その方は、それからほどなく亡くなられましたが、
その方の想いを知ることで「そこにいる」ことの大きさ、
かけがえのなさを感じられたことが、なによりのまなびでした。

幼い頃から優劣をつけられ、評価されたりしたりすることに慣れてしまった人は
「できないこと」にばかり目を向け「私には無理だ」「私ってダメなの」と無意識に口にしてしまうけども、
(また、自分にだけではなく、他者にもそういう評価を与えてしまうようになります)
「できること」「すでにあること」に目を向けるように意識をあらためて持っていきたいものです。



なにより大切なのは、だれに遠慮することもない「私がそうしたい」という想い。
昨日の気功のひろばは、
ハイハイをはじめた一歳児はみんなの輪の中を動き回り、
約90歳は「耳が遠くて、聞こえないんだよね」と終わり間際で言い、
車いすに乗った方も「最近あまりねむれてなかったのですが、
はじめうとうとと寝てしまったみたい」とのこと。
みんなしたいようにすごしてくれてなによりでした。

「ただ、そこにいること」が「できること」の究極なんだと思います。
「そこにあること」を喜びあえること。
ひとりひとりが「場」なんだなぁとあらためて感じた次第です。


DSCF4177.jpg

練馬・杉並 気功のひろば
http://slowbodyqoo.blog110.fc2.com/


0 Comments

Add your comment