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ただ、そこにあること 〜練馬・気功のひろばより〜

2016年03月14日 14:54

月に一度ずつ、練馬と杉並で「気功のひろば」と称して、
からだをゆるめる場をもっています。

昨日は、脊髄損傷のため車いすに乗った方がご参加くださいました。
友人のFB投稿を介して「気功のひろば」のことを知ってくださり、
なんとなく「できるかも」と思ってきてくださったとのこと。私は、その気持ちが本当にうれしくて。

「私がしたい」「私がそうする」ということについて、あらためて思い出したことがあります。
京都に住んでいる頃、通っていた気功講座にがん末期の方が、看護師さんやご主人の付き添いのもと、
移動ベッドに乗ってこられました。
「寝ているだけで、みんなと同じ動きができるわけではない。なんにもできない」
というように他者の目からはみえます。
でも、その人は全力で「その場にいきたい」と望んだのでした。
そしてその人が「そこにいてくださる」ことは、
その講座の場に集った人たちにとっても、ありがたく尊いことでした。
その方は、それからほどなく亡くなられましたが、
その方の想いを知ることで「そこにいる」ことの大きさ、
かけがえのなさを感じられたことが、なによりのまなびでした。

幼い頃から優劣をつけられ、評価されたりしたりすることに慣れてしまった人は
「できないこと」にばかり目を向け「私には無理だ」「私ってダメなの」と無意識に口にしてしまうけども、
(また、自分にだけではなく、他者にもそういう評価を与えてしまうようになります)
「できること」「すでにあること」に目を向けるように意識をあらためて持っていきたいものです。



なにより大切なのは、だれに遠慮することもない「私がそうしたい」という想い。
昨日の気功のひろばは、
ハイハイをはじめた一歳児はみんなの輪の中を動き回り、
約90歳は「耳が遠くて、聞こえないんだよね」と終わり間際で言い、
車いすに乗った方も「最近あまりねむれてなかったのですが、
はじめうとうとと寝てしまったみたい」とのこと。
みんなしたいようにすごしてくれてなによりでした。

「ただ、そこにいること」が「できること」の究極なんだと思います。
「そこにあること」を喜びあえること。
ひとりひとりが「場」なんだなぁとあらためて感じた次第です。


DSCF4177.jpg

練馬・杉並 気功のひろば
http://slowbodyqoo.blog110.fc2.com/




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