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空模様

 素粒子の心 細胞の心 アリの心



5億年前、カンブリア紀に地球上のさまざまないきものが一斉に誕生したことを
「カンブリア紀の爆発」と古生物学者は呼ぶそうだ。
果たして、生命は一直線上に進化してきたものなのだろうか。
「素粒子の心 細胞の心 アリの心」という本の中では、
「カンブリア紀の爆発」の史実をもって、ダーウィンの進化論に疑問が呈されていた。
本の中身を数行でまとめるとすると、
 空間の壁を越えて、人類が一斉に現生人へと変化する、
 その生命の進化、生物の進化は、統合力の進化におっている。
 宇宙は生命体であり、時空を超えた世界に存在する統合力の働きを有しているゆえに。
という感じであろうか。

この本の著者は、KDD(現在はKDDI)で光ファイバーの研究をおこなっていた人だ。
科学者による本ではあるが、科学的な話とはほど遠く思えるかもしれない。

みかんの入っていたネットをくるくるまわしてりんごをかたちづくる。
mikan.jpg
そう、これこれ。

おもてだと思っていた部分がくるりと裏返しになる。
科学も、こんなふうにどこかでくるりと転位するものだろうと思う。


人間の創造性は、ある時は自然の営みをヒントに得、ある時は、必要性から、様々なものを創りだしてきた。
何かのきっかけで車輪を作り出し、ボールベアリングを作り出し、
蒸気機関を生み出し、こうしたものを基にして、車や汽車を作りだしてきた。
そうした部品を基にして、新たな車、新たな機械、新たな道具が次々に生み出されることになった。
そして、新たなイメージが生まれてくると、そのイメージを基にして、
既存の部品を組み合わせて、新たなものを生み出すというのが人間の創造活動である。(P.266)

先に述べた統合力の進化による新たな生物の誕生は、上で述べた人間の創造の営みと
基本的には同じことをしているのではないだろうか。いや、逆に自然の営みがそうであるから、
人間の創造の営みがそうなっているといったほうが正しいのかもしれない。(P.267)

ただ、人間の創造的営みを自然に置き換えようとすると、多くの人は、
自然が人間のような創造活動をしているであろうかと、疑いの目を向けるであろう。
でも、その人間の行っている創造的営みを少し深く掘り下げて考えてみるならば、
そこには、理屈では解明できない、突然の閃きと、
その閃きが全体で一なるイメージとして現れてきていることがわかるであろう。
人間は、そのイメージを概念世界に描き出し、それを意識と結びつけることができるから、
道具や機械を生み出すことができるのであって、イメージそのものの創出に関しては、
自然の内に秘められた創造性に任せるしかない。
すなわち、そうしたイメージの創出は、人間の意志の関与できない世界にあるということだ。
そして、人間に創造的営みができるということ自体が、この宇宙の根源に、
創造性を生み出す基盤が秘められていることの証しでもある。(P.268)



そして、以下のことは極めて重要なことであるが、
そのように新たな統合力が、統合力を内に秘めた素材を全体で一つのものに自律的に統合させているから、
そして、そうした統合力は生命体の意志と直接関わるものであるから、先に見たように、
一つの意志によって、体中のすべての細胞が一斉に
その思いを実行させるように調和的に動くことができるのである。(P.269)




「立つ」ことも動きであるが
あたりまえに立てているから、なかなか気づけない。
「立つ」という動き(一見、なんの動きもおもてにはみえないが)も
望月さんのことばを使うと「統合力」のなせるわざである。
目をつむって立ってみるとよくわかる。
うちがわで、バランスをとりつづけているからだのことが。
細胞たちが一斉に、「立つよー」とチカラを出し合っている図が浮かんで
立っているだけでも感動的な気持ちになる。


人間が自然の営みを分析し、その真理に近づけるということは、
自然の法則そのものが、すべて人間の心の深層に書き込まれているからなのだ。(P.293)



数学を表すmathematicsの語源μαθηματα(マテーマタ)には
「すでに知っていることを学ぶ」という意味があると聞いた。


成功するためのセミナーも、みなだいたい同じようなことを言っている。
「こたえは自分の内側にある」。


老子はかく言う。

そのはたらきは時間空間を超越して止むことがない。これが天地の母である。この物は、限定できないから、名づけられない。かりに名づけて「道」と呼ぶ。


「道」は天地に満ち満ちていて、四方八方くまなく行きわたっている。
万物は、「道」のあらわれとして生ずる。




望月さんは、「統合力」ということばを使っていたが
これをこそ、本来「愛」と呼ぶ。
(エロスではなく、アガペー)
しかし、「愛」ということばは、その源からはなれやすいので
私も「それ」としか言いようがない。



えっと、この話は一回では書き出しきれないので次回へと続きます。


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