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空模様

 嫌われる勇気、とは。



さて、今日のブログタイトルはこの本から。

よく本屋で見かけてはいたけれど、自己啓発本だと思って敬遠していた。
前回のブログに書いたアドラーの個人心理学をとりあげた本である。


「アドラーの個人心理学は
自分と徹底的に向き合い、自分の頭で考え、
自分の足で前に進む『精神的マッチョ』を目指すものであろう」
と書いている人がいた。たちどまってしばし考えてみる。

「弱さ」や「繊細さ」みたいなのを重視し、
それこそを大事にしたいと感じている人には受け入れがたいものがある、とも。
http://b.hatena.ne.jp/entry/tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2014/07/08/180324




まだアドラーのことはよく知らないけれど
私はおそらくアドラーが言わんとすることを実践してきた。

自分で自分をみる
ということは、ものすごくつらい。
私ってひどい
ってことをあらためて知った時の途方もなさをよく覚えている。
いい人だと思いたかったけれど、
人のことをどうこう言えないぐらい、ひどい。
できれば見たくなかった。
反吐が出そうだった。
けれども、精神的サディズム、マゾヒズムを
私は持ち合わせているらしく
日記にぐりぐりと自分のことを書き出していくことに
たのしみ、おもしろみを覚えるようになった。
今は、自分のことをユニークな存在だと感じている。
私は私であることをたのしんでいる。

散々、自分のことばかりを見ていたら
人のことを到底悪く言えなくなった。
対人関係における多少の愚痴はあるが
根底には、私もおんなじぐらいひどいんだよね
という気持ちもある。
そして、弱いんだよねとも思う。
フラットに。


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などといわれるとキツイ。

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なんていわれたら、
まるで寄り添ってもらえてない、ついていけない、いっしょにいたくない
と思うかもしれない。


画像はここから引用。
アドラーにゃん
https://store.line.me/stickershop/product/1088970/ja
LINEやらないけれど、これは欲しいなぁ…。



そうできたらいいなと頭では思う、
でもこんなの、ムリだよ、自分にはできない
だから自分はダメなんだ、ああダメさ、そうさダメさ、悪かったな、キーーーーッ
となりそうなところを
いや、まぁこれが自分さ、できないしー
とあっさり認めてはどうかね、
ああ、そうだよねと淡々と言えたらラクだよ、と。
それが、アドラーが言わんとしてることじゃないかなと私は思う。

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日本語で「勇気」というと、奮い立たせるといいかえられるような
ゼロかマイナスからのエネルギーを
ないところからがんばって出さなくてはならないようなそんなイメージ。

でも、きっとここでいう「勇気」は
もともとその人にはそれができるはずなのに
本人の意識はそれに気づいていない、
また他者にも認められていない
けれども、本来もともとそういうチカラを持っている
その気づいていない、認められていない部分にひかりをあてるようなことを言うんじゃないか
と私は思う。
encourageではなく、empower。




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これは、私もよく思っている。
あっさり言ってしまうとものすごく冷たい、突き放した言葉のように聞こえる。
でも、言い換えてみると
他者の問題を解決することは私にはできないのだ、
それはあなた自身でしか解決できないことなのだ
そして、解決とはうまくいく結果だけを言うのではない
ということだと思う。

見放しているのではない、手を出せずにこころの裡で身をよじっている。
(ここは、遠藤さんの「沈黙」、最後のシーンが浮かんだ。)


私の場合は、自己完結してしまうことが多いので
他者に対して
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よりも

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を、意識していきたいところ。

言っていることを理解することよりも
実践しつづけること。



また、個人心理学に対する批判にも目を通してみた。
「嫌われる勇気」というタイトルゆえに、
なにか強者の理論のように感じられるのも一因なのではないかと思う。
(このタイトルだから目を引かれるし、注目を集める分の反発もあるなぁ…)

そこも「それらもすべてあなたの問題なのだ」とアドラーなら言うんだろうな。
そして、「勝ちも負けもない、ただ平等で、あなたは仲間だ」と。

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アドラーの言葉は、すべておのれを問うものであり
他者を裁くためのものではない。
他者に強要するものでもない。

批判する他者の言葉さえも、「そう思うんだね」とまずは認め
そのうえで「もっと君のことを聴いてもいいかい?」とにじり寄って来る。
(他者と関わりたくない人は、もうこの時点でお手上げだな…)
そして、その人が見逃しているものに対してエンパワメントをおくる。
ここは松岡修造が浮かぶね。

人を鼓舞する修造のことばには批判はなくて、
あるのは共感なんだろうなぁと思う。
修造とアドラー、ちょっと似ているかも。

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問う先は、自分自身にしかない。
私の世界は、私がつくっている。

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世界が複雑なのではない、「あなた」が世界を複雑にしている
アルフレッド・アドラー



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どうしよう。
画像、めっちゃ使わせてもらったよ…。
こうなったらLINE登録してスタンプ購入するしかないか
いやしかしLINEはやりたくない
すみません、すみません。
アドラーの言葉が気に入った方は、私の代わりにここから購入してください。
https://store.line.me/stickershop/product/1088970/ja

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