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空模様

 平安の祈り

学校に入って、何より知ることができたのは
人と人との間にある「私」だったように思う。

「私」が自分で思っている「私」ではなくて、
人と接するからこそあぶりだされる「私」。

いくらでも、知らない自分がいる。
まだまだいるのだろうな。
この肉体からでてゆく時まで、そう思い続けられるといいな。


先日のグループワークで
「あなたはずっと安定しているようにみえてきたけれど
最後にやっと揺さぶられたね」と
スーパーバイザーからお言葉をいただく。
実習を通しての発表だったが
多分、最後の発表。
もうすぐ学校は終わる。



このところ、よく頭に浮かぶ。

The Serenity Prayer

God, grant me the serenity to accept the things I cannot change.
The courage to change the things I can,
And the wisdom to know the difference.

日本では、「平安の祈り」として紹介されている。
いろいろな版があるそうだ。


神よ
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、
変えることの できないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。


私は特定の宗教は持っていないけれど
私がこの世に存在している不思議に対しては畏敬の念を抱いており
私が「畏怖の念を抱いているなにか」を言い替えると
宗教者の言う「神」に等しいと考えている。


時々、想いが伝わらないとか
かえってくることばが私の期待したものじゃなかったりして
ちょっと気落ちしたりもする。
そういうこともある。

ふぅーっとため息ついて
「変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを」
と声なくつぶやいてみる。


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