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空模様

 本質は、金太郎飴のように、言葉となりゆく

「読書と対話の会」@富士見台サロン。
ばあちゃんちの空間は、サロンと呼ぶにふさわしく、
いましばらくは仮にそう呼ぶとする。

「14歳からの哲学」を輪読しながら、それぞれが考えることをつらつらと話す。
一人でさらりと読んだ時とはまるで違う感触にたくさん出会う。
その感触は、おもにささくれだっていて、ひっかかる感じで、
ごつごつしていたり、かりかりしていたり、もやもやしていたりする。

その感触に出会ってはじめて「考えることができる」んだと私は考えるようになった。

こうして特別に時間と場を設けずとも、私はいっつも考えている。
昔は、「むずかしいことばかり考えてるんだね」っていわれるのがイヤで、
考えてないようなふりしたりもしたが、今は違う。
考えないでどうするのと思う。
考えることが楽しいとも言う。
みんな(大衆としての)が楽しそうにしていることには、あまり興味が向かない。
堂々と、私は孤独であると言える。
一人の、うちなる無上の楽しみである。

でも、ひとりでは気づけないこと
盲点があることに気づいた今は
同じ意見ではなくとも
「考えること」が好きだと同じく言える人と
話して、ささくれに触れたいと思う。
これまですんなりと流れてきた「考え」を
澱ませてくれる一石を投げて欲しいと思う。


昨日は、また別のメンバーとのミーティングがあったが
ここでも昨日は「14歳からの哲学」をとりあげてみた。
安保法案、集団的自衛権の是非から、
「善悪」の章を輪読して、考えを話し合った。

そして今日は「言葉」の章を話し合った。


前回ブログにあげた話から、ひとまず今日までにかけて
私の中で電光石火で繋がるものがあった。
もう、これは不動だ。
私の中で。
そこは、表向きどんなに波風立っても、私の裡にしずかにしずかにある空間だ。

どんな話も、金太郎飴のように「本質」がみえる。
どの話も、切っても切ってもおんなじなのだ。
やはり、それは「地下水」のよう。
私にとって、そしておそらく誰にとっても「絶対」。
それをいかに言い表そうか。
私の考えることに迷いはないが
それをどう言葉にしていくかが
私の課題となるのだと思う。
おまえになにがわかるのか
と言われようが、私はわかってしまったのだ。
誰にとってもの「絶対」を。


こういうことを話していく場を、もっと
と思う。
急がば回れ。
そして、それぞれの想い、感情の癒されゆく場を。

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原田真二さんの「タイムトラベル」、すごく好きな歌。
(松本さんの詞なんだよね)
スピッツの草野くんのがまたいいんだよぅ。

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