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空模様

 この世の理

昨日のシステマはタントウ功、そのままだった。
気功をやっている人みんな、今日のレッスンを受けたらいいのにと思った。

「タントウ、立つだけだけれどパワフルです」と言うだけじゃない、
どうパワフルなのか説明できるアプローチができるようになるんじゃないかな。

地味な功法なので、タントウだけをやる気功教室は少ないと思う。
でも、「立つ」ためにどれほどのちからを使っているか
それに気づくことのできるなによりの功法でもある。
(そうそう、最近スタンディングデスクを使っている人を見かけるけれど
私も時々立ったままパソコンを使うようにしている)

動物は立てないと、本当は生きていけない。
(もちろん、現代の人は医療があるから生きていけるの)
人が生きている基本も「立つ」こと。

立ち続けていると
からだのどこかに痛みやこわばりがでてくるけれど
そこにつまり偏りがあるということ。
微妙なバランスで立ち続けていることに気づく、
私を立たせるためにある筋肉に気づいてく、
その連続がタントウ功だと思う。

気功も、さまざまにある武術やボディワークも、
その名前自体は富士山に登る登山口のようなもの。
その山に登り、そして頂上に立つ、肉体を持つ人間の限界を知ること。
そのプロセスは、どこから登ってもそんなに変わらない。
その人にあった、道にあったものが得られる。

そのプロセスを経ながら、
この山が抱えている水や樹海や、そして山から眺める空、星、海。
もう数えきれないそのはたらきをみること。

北川さんは
「システマはとても大きいもの。自分は小さい。
その小さな自分のままでいるのはイヤなんですよ」
というようなことを仰っていた。
(後で、そのことばをあげてくれるといいな。
似たようなことは、ここに。この記事オモシロイよ。
システマ随想 第一回 「3つのレベル」
私にとっても気功はとてもおおきな、宇宙のシステムのようなもの
ととらえているからこそ、他をいろいろ試したい。

私は、「それ」を知りたいんだよね。
きっと生きているうちにはわかったということのない「それ」のこと。
だから気功という名前でくくられているもの以外のことを知りたい。
そして、あれもこれも「気功」だと言いたい。

北川さんも
「成瀬さんの場合はシステマも気功の一部、という風に受け取ってもらえればと思います。
いずれにせよこの世の理ですから」
と言ってくれているので、システマは続けていきたい。

システマは格闘技なので、気功ではやらないことがたくさんある。
もしかしたら、気功気功と言っていたのに
いつのまにか、システマシステマと言っている日があるのかも知れないが
富士山が美しい山であることには変わりがなく
それは宇宙のシステム、この世の理を学んでいることに変わりはない。


たとえば宗教も、ひとつの宗教のことだけではなく
さまざまにある教えについて知っていくことが
豊かさにつながるのだと思う。
知った上で、HOMEに戻るんだなぁと。
ここでいうHOMEは、気功とかシステマとか名前で表されるものでもあるし
まぁ、この世にうまれる前の「HOME」でもあるかな。


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レポート効果で書き留めておきたいことがたくさんでてくる。
書き留めておかなければ忘れる。
忘れてもいいのだけれど、書き留めておけば
何年か後に「ほー」とあらためて新鮮な気持ちで受けとめることができる。

今は、見るもの聞くものが
「ああ、これは!」とうちふるえる連続なのだけれど
数分後には、あれは何で見たんだっけ
と、そこから掘りかえす作業が始まったりする。

みて、「!」となった瞬間に留めておかないと
だーだーと流れていってしまう、私の容量の少ない記憶。
よく年配の方に「まだ若いのに」と言われたりするが
これは老化だけの問題ではないと思う。
先生の仰ることをノートに書き留めながら、数秒前のことを
思い出せないなんてことは学生時代から私にはある。
これは、表向きにはみえないけれど障害なんじゃないかしらと今は思うことにしている。
みんながみんな、同じようにできるもんじゃないんだよ。

IMG_6735.jpg

先日、誕生日を迎えました。
お祝いのお花。うれしい。

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