思い立って、高山寺に行ってきた。
13世紀初めに明恵上人が再建した寺院。
栂尾山にあり、後鳥羽上皇から「日出先照高山之寺」の勅願を得たことで知られる。
楓の古木が茂り、森閑とした境内は国の史跡に指定されており、
紅葉の名所として知られる。
栄西禅師が中国から持ち帰った茶種を
開祖・明恵上人が植えたという日本最古の茶園の伝承がある。
石水院(国宝)は、明恵上人の住居跡と伝えられており、
こけら葺の簡素なたたずまいで、鎌倉時代の住宅建築をしのばせる。
国宝鳥獣人物戯画、明恵上人像など数多くの貴重な美術工芸品を所有することでも有名。

明恵上人は月をこよなく愛し、月を歌った歌が多いため「月の歌人」とも言われている。
「あかあかやあかあかあかやあかあかや
あかあかあかやあかあかや月」
写真は、国宝「石水院」。
その石水院で上の歌を詠んだ。
今でこそ国道が走り、簡単に行ける高山寺だが
山の中で、時期的なものももちろんあるが
京都の街中のお寺とは全く違い
ひっそりとした地。(世界遺産でも。)
当時はさらに静まり返って、街灯もなく
月はずいぶんと明るく見えたことだろう。
明恵上人の遺訓「阿留辺畿夜宇和(あるべきようは)」が気になり
帰ってから少し調べてみた。
『人は阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)の七文字を持(たも)つべきなり。
僧は僧のあるべきよう、俗は俗のあるべきようなり。
乃至(ないし)帝王は帝王のあるべきよう、
臣下は臣下のあるべきようなり。
このあるべきようを背くゆえに一切悪しきなり。』
「僧は僧の『あるべきよう』、
俗は俗の『あるべきよう』。
帝王は帝王の『あるべきよう』、
臣下は臣下の『あるべきよう』。
この『あるべきよう』に外れるから、いろいろ問題が起きるのである。
私は後生で救われようなどと思っていない。
ただ、現世においてまず『あるべきように』あろうとするだけだ。
修行すべきように修行し、振舞うべきように振舞えばいい。
人は、祈りのためといって、お経や真言を唱えなくても、
焼香や礼拝をほしなくても、ただ心が正しくて、
『あるべきように』振る舞えば、一切の諸天善神が護ってくれる。
願いも自ずから叶う、望みもとげられる。
難しいことをしなくてもよい、ただ心が正しくあればよい。
心が汚れていたら、骨髄を砕くほどに一所懸命に祈っても、
欲心のままの祈りであったとしたら、地獄の業をつくるだけだ。
人はつねに浄玻璃の鏡に日夜自分の振るまいが映っていると思いなさい。
これは人に知られないだろうから、ごまかしてもいいやなどと思っても、
その鏡にはしっかりと映っているのである。」
河合隼雄は、その著作「明恵夢を生きる」で
『「あるべきようわ」は、
日本人好みの「あるがままに」というのでもなく、
また「あるべきように」でもない。
時により事により、その時その場において「あるべきようは何か」と問いかけ、
その答えを生きようとする』ものであると述べている。
もう少し早く知っていれば
阿留辺畿夜宇和を書にして
今年の書展に出すところだったけれど
もう少し、白洲正子の明恵上人に関する著作や、
上記の河合隼雄の本を読んで
明恵上人の人となりに触れて
来年、実感込めて書けたらと思う。
その、今年の書展に出す作品が仕上がらず
気持ちが引き締まらず。
生みの苦しみ。