空模様

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哲学プラクティス連絡会 第二回目

哲学プラクティス連絡会@立教大に今年も参加。
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哲学的なテーマについて対話で探求する実践的な活動全般を「哲学プラクティス」と称し、
学会ではなく連絡会として、「哲学対話」や「クリティカル・シンキング」
「哲学カフェ」などなどといった、すでに対話の場を持つ人、
これから始めたい人たちが集って横のつながりをもっていきましょうという会。

哲学「philosophy」とは、知、智を愛すること。
「士希賢」(士は賢をこいねがう)という文言から希哲学と訳し、希が略され「哲学」に。
「哲」は
賢い : 物事の筋道が通っていること
賢い人 : 道理をわきまえている人
を指します。

幼い頃から「死んだらどうなるんやろう」というようなことを考えてばかりいました。
「死にたい」ということではなく「未知を知りたい」という欲求。

「哲学」という学問とはまるで無縁だと思ってきたけれど、
「なんで生きるの?」とか「死んだらどうなる?」と疑問に思うことが、
すでに哲学だったのかと知ったのは最近のこと。
なので、今回のような連絡会にも参加しようという気になるのであります。

一度に多勢の人と出会うのは苦手なのですが、
今回は金沢医科大で教鞭をとっておられる菊地さんとお話できたことがなによりさいわいでした。
http://indepriend.hateblo.jp/ 
京都や大阪で「ちいさな哲学カフェ」をひらいているそうです。
私も「ちいさな」にこだわっていきたいと思っています。

二日目午後のワークショップ、私は立教大の河野教授の哲学ウォークに参加。
「沈黙して歩く」とあったのでただ歩くだけかと思っていたら、えらく頭を使い疲れました…。
おもしろかったので、またうちうちでできたらと思っています。
このWSについてはまたあらためて。

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Category : いつものこと
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詩と哲学と宗教、その間

言葉はラベリングだったり、枠だったり
流れる川の水をすくう容器みたいなもの、
この感覚をことばにしてみたいと思ってきた。

以前にも、キャラメルと包み紙という形容で書いた。
http://soramoyo.blog43.fc2.com/blog-entry-793.html


キャラメルは包み紙におさまっているけれども
包みきれなかったキャラメルが気になっていた。

川の水をすくってみても
流れている水とはまるで違ってしまう。
あそこに流れている水と、この容器の中の水はおなじものなのか
と考えている。

キャラメルや川の水は、本来ならば
容器や包み紙に分断されない状態であるんだろう。


そんなことばかり考えていると
表現は詩的になる。

中学生の頃は詩人になりたかった。




若松英輔さんの著作から、池田晶子さんを知り
そしてまた井筒俊彦さんという人の存在を知った。

若松さんの「悲しみの秘義」という本に
井筒さんの一節が引用されている。

人間の耳にこそ聞えないけれども、ある不思議な声が
声ならざる声、音なき声が、虚空を吹き渡り、宇宙を貫流している。
この宇宙的声、あるいは宇宙的コトバのエネルギーは
確かに生き生きと躍動してそこにあるのに、
それが人間の耳には聞えない
「言語哲学としての真言」




若松さんは、井筒さんのことをこう書いている。

哲学者の井筒俊彦(1914-1993)は晩年、「言葉」とだけでなく
「コトバ」と記すようになった。
コトバと書くことによって彼は、文字の彼方に息づいている豊穣な意味のうごめきを
浮かび上がらせようとした。
井筒が考えるコトバには無数の姿がある。
画家にとっては色と線が、音楽家には旋律が、
彫刻家には形が、宗教者には沈黙がもっとも雄弁なコトバになる。
苦しむ友人のそばで黙って寄り添う、こうした沈黙の行為もまたコトバである。




あてどなく感じてきたことを、ずばりと書き表してくれる人がいたことに
私は驚いたし、うれしかった。
今まで、出会えてなかったから。
話をしても通じないことの方が多かった。


井筒さんの著書そのものにはまだ手を出せていない。
若松さんや池田さんの、井筒さんへの批評が載っているこの本を買ってみた。



巻頭にある安藤礼二、若松英輔の対談「コトバの形而上学」から引用する。

「言葉にできないものと、しかし、それでも、そのもの自体を言葉で語ろうとすること」。

「言葉を超えるものを言葉で語ること」。

「人間が思考し表現する一番根源にある、全てが消滅してしまうような、
あるいは全てを消滅させてしまうような場所を、哲学的な思惟の逆説として考え続けていた」。


「あらゆるものが光の中で一つに融け合っている。
透明で光り輝く宝珠が無数に連なっている。
一つの宝珠には他の無数の宝珠のイメージが映り、
他の無数の宝珠には一つの宝珠のイメージが映る。
一は同時に多であり、多は同時に一である」。


「哲学の発生と詩の発生は別のものではなかった」。

「学問を突き詰めていくということは、詩情を損なうものでは絶対ないのだということを
彼らの生涯は証している」。


「『詩的表現の起源』を問い続けることが大切なんですね。
そして詩的表現の発生を問うのは、文学だけの問題ではなかった。
宗教学も、民俗学も、そして哲学も、みなその一点に収斂にしていく」。


「14歳からの哲学」を題材とした「読書と対話の会」でも
なにが話題であっても最後の方、私からは「自然」「魂」の話になってしまう。
考え続けてゆくと、「私が生きている」というその源にゆきつかないわけがない。
それこそが私の話したいことでもあるからだ。

池田晶子はこう書いている。

「哲学が扱うものは意識であり、そして人が自分が意識であることを認めるならば
哲学は本来的に、万人のものだ。
テキストが先ではない。まず自分の意識の仕方を体得しておくことだ」。

「なるほど、わかった、で、それがどうした、となお人は言うか。
どうもしやしないのだ、世界がかく在り、
私たちがかく暮らしているという事実に、全然変わりはないのだ。
変わりうる余地があるものといえば、ただひとつ、
そういう君の、その生き方だ」。

「精神を、さらにさらに高く精神性を掲げよ。
やがてそれは滔々と立ち上がる光の柱、
高貴な魂たちの勝利と祝祭、
その雄々しい知性が断固として君臨するのを、私は見る。
神であってもなくてもどっちでもいい。
しかしそれは確かなことだ、なぜならそこには歓びの感情—。

私たちの知性は、その高潔さによって、あんなにも遠く遠くへ行けるものであることを、
私は井筒氏に教わったような気がするのです。
信仰なき身として、これ以上の救いはなかったと、深く感謝いたします」。



まだ山の麓にたどり着いたにすぎない。
きらりとひかる湖の、その淵をみつけたにすぎない。

けれども、美しい山や湖が私の眼前に姿を見せてくれた
そのことが、とにかくうれしい。
ずっとずっと探していたのだから。
ことばとは何かを。


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読書と対話の会「14歳からの哲学」

読書と対話の会、9月は3日、10時からです。

「14歳からの哲学」という本は、「A」「B」「17歳からの哲学」という三部で構成されています。




「A」は

1 考える[1]
2 考える[2]
3 考える[3]
4 言葉[1]
5 言葉[2]
6 自分とは誰か
7 死をどう考えるか
8 体の見方
9 心はどこにある
10 他人とは何か

という章立てになっています。

本には、これらの問いに対する答えは書かれていません。
この本を読めばなにかがわかる、ということもありません。
まったく書いてあることの意味がわからないという人もいるし、
もやもやして気持ち悪いという人もいます。
私自身は、はじめて読んだ時に「こういうことを考えてますって、堂々と言っていいんだ!」
と、こころからうれしく思いました。

でも、実際この本で問われていることをあらためて考えてみると、とてもむずかしい。

そのむずかしさって、
たとえば3歳ぐらいの子に、そんなのあたりまえじゃないか、ってことを
どうして?どうして? としつこく聞かれて
「どうしてって言ったって、どうしてもなの!」となかばキレそうになるような感じかな。

その「キレそうになる《もやもや》」に対して、
あらためて「・・・どういうことだろう?」と向き合っていくことが
「考える」ってことなんだろうなと、今の私は考えています。

著者の池田さんがあげてくださったこの項目は、
人が生きている間に考えなくてはいけない、
必要最小限の問いだと私は感じています。

もちろん、考えなくても生きてはいけるのですけれど
なにかものたりなくて、ちょっとつまらない
どこかが不自由で、何かが不足している、
そう自分では感じてないかもしれないけれど
なんとなく不自由な感じをどこかに持っているんじゃないか
と思ったりしています。

そんなことぐらい考えているという人も、
あらためてそれを他者に話してみると、
また違った感覚が出てきます。
(私がそうでした)

「本当のことを知っているということは、それ自体が自由なことなんだ。
本当のことを知らないから、人は人に対して自分の自由を主張することになるんだ」
と池田さんは、この本の中で書いています。

本当、とか、正しさ、とか、自由とか。
かなり強い言葉です。
この言葉たちに対しては、多くの人にとって掻き立てられるなにかがあるらしく、
この言葉について話すとき、安穏ではない雰囲気がうまれることが多々ありました。

その時々の感情、ついつい放ってしまうことば。
誰かに言っているようで、誰かのせいにしているようで
すべて、自分に対してのものです。例外なく。

その、自分をもやもやさせるこの不思議な感じは、一体なんなんだ
と自身に問うてゆくことが、哲学なんだろうなと
私は思っています。

この本の中で、各章は独立してあるようで、まったく独立しておらず、
円環していて、そして放射状にはなたれている。

そんな感じなので、この「14歳からの哲学」を読んで考える会は終わることがないように思っています。
まぁ、決して噛みつかないので(いや、あるかな)、
私が書いたことを読んで気持ちが引っかかったり
なにか気になる感じがあれば、一度お越しください。
お茶とおやつを用意してお待ちしております。

詳細はこちら。
いっしょに会を支えてくださっている斉藤さんのHPです。
http://msentalife.wixsite.com/entalife/blank-7

写真は会場としている家。
今月は、ちゃぶ台を囲みました。

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がん告知 疑似体験

ずいぶんご無沙汰していました。
久しぶりのブログ、長文です。


(結果から書いておきます。
がんは陰性(ー)、内膜ポリープとの診断となりました)

今年はじめぐらいから生理の不具合があって、
3月にはそれがあまりにも顕著だったので病院に行かねばと思いながら、
スケジュールをみているだけであっという間に日がすぎていった。
とある人から「はやく診察を受けなさい」といわれて、6月のはじめにようやく受診。

MRI画像で「悪性、腹膜播種が疑われる」との診断を受けた。
春まで通っていた講座で「先端医療」の授業を受けていたおかげもあり、
がんに対する知識は多少増えていたが、腹膜播種の意味を調べて愕然とした。
腹膜播種で検索をすると、余命というキーワードもあわせて出てくる。
さすがにあたまの中がぐにゃりとうねった。
「がん」だけならばここまで心身はゆれなかったかもしれない。

主治医からも「子宮摘出は不可避」だと言われた。
その後に診てもらうことになった漢方医(総合病院の漢方内科医。もともとは産婦人科医)からも、
その診断結果をもって「切る覚悟がないなら診ないから」と言われた。
漢方医の「切る覚悟がないと診ない」というのは、
おそらく、漢方だけでなんとかしたいという人がいるからだろう。
それは主治医にも言われたことだった。
主治医も漢方を扱ってはいるが「(この証に関して)漢方だけで治るというのはない」と言った。
私もそのあたりは納得していた。

最初に検査を受けた日の夜は涙がとまらなかった。
私は自分のかなしみをここに抱えてきたんだと感じて、からだに対して申し訳なく思った。
症状からしても、自分でも多分がんなんだろうなと思った。

【「自分の人生を生きていないとき」人は病気になる】
http://president.jp/articles/-/18207

この記事を読んでも納得した。

自分の人生を生きていない、というつもりは毛頭なく、
私は私のしたいようにやってきたと思ってきた。
でも、そうではない部分があった。
みないようにしてきたものが確かにあった。
それに対して、からだが「どういうことやねん」と騒ぐのは当然だと思った。

そこから、この感情について話さなくてはと思い、何人かの人と会って話をした。
こういう機会でもないと話せないことだった。
「どうもがんらしい。ちょっと話をしておきたいんやけど」と言えば、
私のために時間をつくってくれた。
その段階で私はずいぶんラクになっていた。
人に頼るということができずにいた私にとっては、大きなことだった。

あともう一日、涙がとまらなかったのは、やはり腹膜播種だとしたら、
私は死ぬのかもしれないと思った時。
打ち消すのがむずかしいぐらい、自分が死んだ後のことばかり考える日があった。
私が死んだあとに遺す人のことを想った。
「いつ死んでもいいわ」と言ってきたくせに。

私は、身近な人に遺された経験から
「もう二度と遺されたくない、私の方が絶対先に逝く」
という信念をどこかに持っていた。
そこはもうすっかり無意識下になっていたけれど、今回のことであらためてそれに気づいた。
でも、遺すほうも大概つらいということが身にしみてわかったので、
この信念はおそらく消失したんじゃないかと思う。
「思う」と「考える」の明確な違いを感じたのはこの時だった。
人はたまにどうでもいい思考にとらわれてしまうことがある。
それを「魔」というんだよと教えてくれた人がいた。
「魔には気をつけて」と何度もいわれた。
あのまま、私が死ぬことばかり考えつづけていたら、本当にがんになっていた気がする。
意識することの大きさを身を以て知った。

さらなる検査は内膜掻爬手術。
全身麻酔を受け日帰り入院したが、おもしろい経験だった。
麻酔中は完全トランスの世界だった。
幾何学模様の白い世界が繰り返しあらわれた。
耳は聞こえるけれど、からだは自分の意志では動かない。
先生や看護師さんの話し声が遠くに聴こえ、そして自分にされていることもわかった。
死の間際ってこんな感じなのかなぁということも思った。

波はあったが、概ね穏やかに過ごせた。
とにかく「まだいきたいし、やりたいことだって残ってる。死なない」と考えた。
さすがに検査結果を受ける二日前あたりからは緊張があった。

検査結果の第一報は7月23日に受け取った。
「がん細胞検出なし」だった。
主治医も漢方医も、ふたりともちょっと拍子抜けしたかのようだった。
私も。もちろん、よかったには違いないのだけど。

主治医に「私、宣告受ける気満々できたんですけど」と言ったら苦笑いしていた。
そりゃそうだ。「そいつは残念だったね」とも言えないもんな。

そして、8月9日に第二報を受け取った。
第一報と同じで、細胞は検出されず。
第二報は腫瘍性についてさらなる検討だったとのこと。
ポリープとの診断になったけれども、潜んでいる病変もあるかもしれないとのことで、
半年後に経過を観察することになった。
「ちょっとフツウにはない、めずらしいタイプみたいです、あんまりない感じの」と主治医は言っていた。
…それは、私の今回の病に対してだよね?

どう転んでもおかしくはない状態だったんだと思っている。
そして、これからも、いつまた転がるかわからないと思っている。
そのようになっている、としかいいようのない生を全うするだけだと思っている。
とはいえ、がんだと一時は宣告されたようなもので、
しかも腹膜まで転移の可能性ありと書かれてあったので、
この2ヶ月本当にいろいろ考えた。
かなしくてぼろぼろ泣いたし、また反対にもし死ぬのだとしたら
その瞬間はどんなのだろうと楽しみに思えたりもした、実は。
今回のことがあったおかげで、気づいたこともたくさんあった。

でも、どっぷり深いところは変わっていないのだ。
そこにある静謐さ、なにも変わっていない。
ここは私の祈りの場。自然とひとつであるところ。
変わったといえば、その領域がさらにひろがったということのように思う。

私の人生も折り返し、秋の気配。
うつくしく、芳醇、豊潤な時を、謳歌していこうと思っている。

生きているだけでまるもうけ、ほんまに。

*¨♫*•.¸¸•♫*¨*¨♫*•.¸¸•♫*¨

遠くや近くで、想ってくださっていたみなさま、どうもありがとう<(_ _)> 
ただそばにいてくれるということがなによりありがたいことでした。
そして、先の予定が立てられるということがこんなにうれしいことだとは、知りませんでした。

もしかしたら、抗がん剤治療も受けることになるかも、
そうなったら髪の毛抜けるのか、やってみたいと思っていた坊主あたまになるんだなと思ったりしていた。
手術するならその前にはぐるぐるパーマをあてようと思っていた。
やりたいと思ったことができるならば、やらない手はない。

そして、いまの自分はこんなにきれいなんだと思っている。

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医師からの言葉が、わたしの書き方だときつく感じられるかもしれませんが、
MRIの画像診断上で主治医は「悪性ですね」と明確に言ったわけではないし、
なんとなくことばを濁していました。
わたしが「悪性、腹膜播種」だと自分でそう思ったのは、
MRIの所見をもらって帰り、そしてわからない語句を逐一ネットで調べたためです。
とはいえ、表面では強い言葉ではありませんでしたが、
ただ事ではないという雰囲気が伝わってきたので、わたしもそう受け取った表現になっています。
もともと、表見ではなくて、響きでことばを受け取るほうです。

ネットで、宣告を受けた方々のブログなどをいろいろ見たりしてきましたが、
わりと最近は率直に伝えられるようですね。
お医者さんも、表現の方法を学ばないと大変だろうなと感じました。

漢方医の「切る覚悟ないと診ないから」ということばもおそらく賛否両論あるだろうと思います。
その先生のことを知っているか否かで、そのことばの聞こえ方、響き方は違ってくるだろうと思います。
私は先生方のことを信頼できると感じていたので、わりとすんなり受け取っていました。

開いてみないと実際のことはわからない、とMRI診断時にも言われていましたが、
結局検査では見つからないとなって、摘出手術の話も現時点では消失しました。
「やはり切ってちゃんと診てみましょう」と医師からしつこくすすめられた方の話も伺っていたので、
まずはありがたいと思っています。

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