空模様

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Posted by チエ on  | 

老いと死 その五

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10月からずっとばあちゃん家を片付けている。


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96歳を迎えた1月に、ばあちゃんは心臓の具合が今ひとつとなり入院。
いまは、車で10分ほどの老健に入っている。

家は人がいなくなるとあっという間に朽ちる。
ばあちゃんの家が、私は好きなので
あの家を維持していきたいという気持ちから
出入りして掃除させてもらうようになった。
さすがにこれはいらないだろうというものを捨てさせてもらったり
(段ボールとか、さまざまなプラ容器、包み紙。割り箸、ビニール袋。
捨てられない気持ちもわかるが、さすがにもう使わないよねというもの)
これは奥底に眠るより日の目を見るもんだよな、とか
誰かにみてもらったほうがいいよねというものは
ひっぱりだしてきたり。

20数年前に亡くなったじいちゃんの仏壇に
片付けさせてもらうよーと挨拶して
そのまわりもきれいにして。

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いろんな、ふるいふるいものがでてくるけれど
なんだか、その時のみんなと話をするようで
泣けてくるような楽しさ。
ことばを介さないで
ばあちゃんという人を知っていくような感覚。

本がたくさん出てくる。
一番多いのは女性歌人の歌集。
玄侑宗久さんとふるい知り合いなので氏の本もたくさん。
福島に関する新聞の切り抜き、
311の震災、そして原発事故に関するものもたくさん。
原発事故に関する著書も数冊。
そう、ばあちゃんは福島県三春の出身。


私の名前、チエコは「智恵子抄」がモチーフになっている
ということをもっとはやくに伝えられたらよかったな。
智恵子の故郷は福島なのだから。
私だって、「東京には空がない」って
住みはじめた頃は思っていたもの。


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ばあちゃんは、しっかりした人で
入院するまでは、ひとりで生活していた。
もちろんすぐ裏には、
ばあちゃんにとっての息子夫婦も住んでいたが
大きく頼ることもなかった。
矍鑠としていたし、誇りたかき人と
私の目には映っていた。
それはもちろん、今も。


入院する少し前から、さすがにいろんなことを忘れていくようになった。
出かけたものの、ひとりで家に帰ることができなくなったこともあった。

入院当初からするとずいぶんと元気にはなったけれど
ひとりで生きていくのはさすがに心細いようだ。
なにかあったら不安だからと家には戻ろうとはしない。



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この連休には、ばあちゃんの故郷から
ばあちゃんの姪っ子ふたり(78歳と72歳)と、
横浜から来てくれた3歳年下である93歳の弟が
ばあちゃんのもとに集結した。

ばあちゃんの意識が比較的明瞭であるうちに
みんなで会っておこうという話になり
あれよあれよと、みんなの来京が決まった。

ばあちゃんにはなにも知らせてはいなかったが
会うなりすぐに彼らのことがわかった。
ずいぶん久方ぶりの再会にも関わらず、ちゃんと覚えていた。
93歳の弟には「あれ、あんたそんなに頭薄かったっけね」
ということも忘れずに。





最近、介護に関わる仕事をしたり、
研修を受けるようになって
年をとるということがずいぶん身近になってきた。
どんなにしっかりしていたって
先往く人がそうであるように、
私もいずれはと、受けとめている。

まだまだ若いなどと言われたりするが
実際、年齢的にはもうすでに人生の後半に入っているし
その心づもりでいる。

人、一人が生きるということはどういうことか
を間近に見せてもらって
私も、これからどう生きるかを
さししめされているように感じている。
誰にどう言われたではなく
遺されたもので、なにか聞こえてくるように
感じている。

ものすごくこまかいことで、涙がにじむ。

いとおしいな、人が生きている
そのすべてが。






姪御二人には、その日ウチに泊まっていただいた。
夜遅くまで、ばあちゃんのことはもちろん
福島の話もたくさんした。

原発事故の話、放射線量の話。
あたりまえだけれど、東京はもちろんのこと
おそらく他の土地では話されないようなことだ。

私にとっても、もはや福島は故郷だから
ずっとずっと肌であの日起こったことを感じ続けている。
こんなに福島が身近になるとは思ってもいなかったし
震災がなければ福島のことは遠いままだったかも知れないけれど
あの日から、なにかしらずっと感じ続けていることを
ふたりにも話せたことが私はうれしかった。










ばあちゃんは、戦争で
兄と先の夫を亡くしている。
この写真は、ばあちゃんが10年前に書いたもの。
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クリックしたら大きくなるので読んでください。




そしてこの家族写真は
その兄出征直前の家族の写真で、最期の写真。
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写っている幼子二人が
今回遊びにきてくれたばあちゃんの姪っ子ふたり。


これが最期か、
どんな気持ちだったんだろうか
そう考えながら見ると
今も気持ちが揺れる。

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ばあちゃんとその息子。



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ぱあちゃん17、8歳の頃。
赤子は、今回遊びにきてくれたばあちゃんの姪御(いま、78歳の方)。



あたりまえなのだけれど
ばあちゃんにも若い頃があって
そして96年生きてきたんだよな…。

仕事で年配の方々と接するのも
心持ちがずいぶんと変わってきた。
いろんな想いをして、ここまで生きてこられた人生の大先輩。
出会う方々のこれまでを、
若かりし頃の写真をみることはなくても、想像をしてみる。


私もどんどんとこれから年老いていくのだけれど
それまでにまだできることがある。

年老いていく人たちが
社会から切り離されるような悲しい想いを
どうしたらせずにすむのか、
私がこれから関わっていきたいこと。

ばあちゃんの家が、その拠点になれば
と考えている。


…………

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秋の光、黄金色。
人生の秋、さながら色鮮やかに
光り輝く。

その先、枯れゆき痩せ衰えても
うちで次の生へと、力を殖ゆらせている。
またうまれていくその次へ。

終わりじゃないことを
樹々が知らせてくれている。





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Category : いつものこと
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