空模様

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Posted by チエ on  | 

「戦争で死ぬ」ということ

最近は、あげるとしたら戦争関連のはなしばかり。
すみません。しかもまた長いし、重くて。

「永遠の0」に対して、私は違和を感じているのですが
それはいったいなんなのだろうと
ずっとその源を探っています。
自分の中にある違和感の正体がなんなのか
は見届けたいタチです。それが消え去らずとも。


太平洋戦争(大東亜戦争)は日本の外交が稚拙だったこと
  というか、未熟、か。いまも…
そして誇大妄想と過剰な自信から引き起こされたようなもの。
  現首相が取りもどしたいのは、「誇大妄想&自信過剰国 日本」かー
勝てる見込みもないのに
  戦略などなく、なんとなくいけんじゃね?いくしかないっしょ的な上層部…
日本は圧倒的に有利だと、勝てると多くの人が信じ込まされていました。


「国のために戦った英霊」とは
最近またよくきくことばですが
それは国家側の都合のよい表現でしょう。
本来ならば、「死なずともよかった尊いいのちたち」です。

戦争のはじまりから戦中のこと。
調べていけばいくほど、無謀な戦争だったとしか思えません。

なので、戦争でいのちを落とした方々に
国家としてかけることばは
「国のために戦ってくれてありがとう」
ではなく
「申し訳ありません」
なのではないでしょうか。

示さなければならないのは
戦死者への讃美ではなく
戦死者への謝罪ではないか
と私は考えます。


歴史をふりかえり、
「二度とこのようなことは繰り返しません」
が、私たちがいうことばであると私はずっと思っています。
けっして「ありがとう」ではなく。


(だいたい、靖国に奉られているのは
戦争で命を落とさざるを得なかった市井の人々じゃないし!
戦死者を奉って「神社」とするのもおかしいし)
【靖国神社に感じる違和感の正体】
【国内問題として首相の靖国参拝を考える(江川 紹子)】

以前、「戦争映画を見て“感動”と言えるのが理解できない」
というようなことを書きましたが、
この記事の中で、江川さんが靖国神社に関して

「国のために己を犠牲にするひたむきな心情に感動し、
国を思う悲壮感には思わず居住まいを正さずにはいられない。
その思いを否定したり押さえ込む必要はない、と思う。
危ういのは『そのような思いを、戦争やそれを招いた国策、
戦争指導者への肯定に導いていこうとするところ」

と書かれているのを読んで、すこし納得しました。


なるほど。
そうふまえると、おそらく小説や映画だけを読んで
「感動」といっている分には問題はない。

けれども、私の目には
著者の言動と、さらには首相との関係
障子紙にうつる影のごとく、怪しく、危うくうつってみえてしまうところに
「永遠の0」への違和感のもとがあるのでしょう。






科学と宗教と死 (集英社新書)科学と宗教と死 (集英社新書)
(2012/01/17)
加賀 乙彦

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この本から、抜粋します。

____________________________________________

あの頃、死というものが、国家的な戦略によって
いかに美化されていたことか。
「お国のために死ぬことは名誉」だとされていました。

軍人勅論のなかの一文「死は鴻毛よりも軽し」。
死は鳥の毛より軽いというのです。

「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」。
生きて捕虜になってはいけない。
つまり「捕虜になる前に死ね」ということです。
ですから、敵に攻めこまれて陣地を落とされたら
「玉砕せよ」という考え方でした。
つまり「自殺せよ」ということです。
全く恐ろしい集団自殺の命令でした。

けれども戦争中は軍隊だけではなく
一般市民にもそうした考え方が刷り込まれていたので
国民はすべて、東亜の平和という義のために
米英と戦う気持ちでいたのです。

子供の自分にとっても
死はそれほど遠くにはなかった。
15,6歳くらいでもう
「戦争で自分は死ぬ」
と決まったことのように思っていました。


けれども「戦争で死ぬ」というのは考えてみると変なのです。
日本語では「死ぬ」と言いますが
英語だと受動態で「殺される」という意味でしょう。
戦争の死は自殺ではなく、他者によって殺されるのです。

日本語はごまかせるのです。
「死ぬ」という言い方で、何か自分の意志で命を絶つような
あるいは自然に死ぬような感覚になってしまう。
けれども敵の弾に当たって死ぬのは「殺される」でしょう。
その区別が日本語ではうまくできない。

けれども私が感じていたのはまさに
「自分で死ぬ」ような感じでした。
19か20歳での死を覚悟していたというのは
自分で死ぬように、自分をしつけていたのでしょう。

戦地に出たら「殺される」かも知れないのですが
それよりまず相手を殺さなくてはいけない。
10代の私は、毎日、人を殺す練習をしていたわけです。
考えてみればこれも恐ろしいことです。


________________________________________

米英からけしかけられて、いやいや応じた戦争ではありません。
日本が、はじめたくてはじまった戦争です。

「国のために戦った英霊」を讃えることは
「自殺、殺人」を肯定するのと同義ではないかしら。


「日本のために命を捨てて戦った人たちを賛美できない人にはなりたくない」

と著者は書いていますが、これは戦争を仕掛けた側による都合のよい編集で
国家における戦争の責任を棚に上げる目くらましではないのかしら。



「日本のために戦ってくれた英霊。
愛する人をまもろうとする意識。
こどもたちへ未来をたくし、つなげようとする想い。
その愛によりつながれている今に感謝」

映画を見ての感想に多いものをあげてみましたが
戦争がなければ、もっと違う未来が描けていただろうと
私は想像します。

日本は、自国の力を過信して戦争をひきおこし、戦渦を拡大させました。
国家単位で見ると、被害者ではなく加害者です。
そして敗戦国なのです。
国家間では、それはいまだに引きずられています。


日本は、戦争を引き起こし拡大させた責任を何一つ負っていません。
戦後生き残った人たちも、生きていくことに必死で
あの戦争は何だったんだと振り返る間もなくひた走りつづけました。
その果てにあるのが、原発の事故だと私は考えます。

原発の事故は、おこるべくしておこった人災ではないでしょうか。
でも、世間は、もうそれすらもなかったかのように
ふるまっているようにみえます。
(話が飛躍したとお思いの方もおられるかもしれませんが
戦争と原発導入の話はけっして無関係ではありません)

(この記事にもあるように、震災から3年経った今、
震災ですらなかったかのようになっている現状。
同じ日本人に起きたことに対してすら、
かくも他人事化していることは、なにかおかしいと私も思うのです)


「永遠の0」の原作者は、戦争を起こしたものたちへの批判も
痛烈に書いているなどと語っていましたが
現在と当時の価値観はまるで違うので
現代での価値観でもった批判は、遠吠えにすぎません。


英霊を讃える人々が「戦争はしない」と今は言っていても
もしことがおこれば、あっさりその意を翻し
「国のために死ねよ、殺せよ」と言うのではないかしら。


「国を護る」ということは、戦うことではなく
はじめから戦争を起こす気はない、と
両手を上げて宣誓することではないのかしら。


それが、「永遠の0」をみて感動したと
あまたの人たちがいうのを聞いて、私が感じてきたことです。



戦争がいかにはじまり、いかに終戦を迎え
戦後の動乱はいかようにあったか。

東京裁判でアメリカからの裁きを受けたとはいえ
自国内でまるで論議されておらず、
戦争の痕跡は臭い物に蓋をするかのごとく覆われ、
みえないようにされた状態を「平和」だと思ってきたのだなぁと
今、感じています。
(そう感じはじめたのは、去年の夏「東京プリズン/赤坂真理著」を
読んでからだと思います)


戦争のことを知っていくと暗澹たる気持ちになります。
事実、私も昨夏から秋は、ちょっとした鬱状態だったんじゃないかと思います。
人はまるで学ばないし、愚かだし。

けれども
死を思うことが、よく生きることへとつながるように
戦争について知ることは、平和へつながる宿題のような気がします。

思想を統制されてしまっていた当時の空気にわが身をおく想像をして、
現代は、さまざまな角度からの視点を得られるのだから
これからはそうならないように、
まわりに流されず、自分の意思をもつこと。
ひとりひとりの内からの「平和」を。

無理に背伸びしなくても、他国の顔色をうかがいすり寄らずとも
この地には独自にできることがあるはず。
それこそが「Cool JAPAN!」と
他国から讃辞をうけることにつながるのではないかしら。


どんな大義名分があろうとも、戦争はいけない。
これが私の中の大きな結論です。

平和を守るための戦争なんて、本末転倒な話。
正義も強く訴えれば訴えるほど、不義に転ずる、
まさしく「善と悪の概念は置換可能なのだ」というあらわれですね。


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東京にくらしはじめて、縄文がー江戸がー とか言っていたのに
ここしばらくは明治、大正、昭和の暗闇にどっぷり浸っておりました。

私の中のぐるぐるは、ここで一旦停止。
(あー、でも靖国の遊就館は一度いってみようと思ってます。
ぐったりするだろうけれど、自分が感じているもやもやを
ここまで書きあらわせたので、多分だいじょうぶ。)


春からは寄席でもみて、笑いのある日々も送っていきます。



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Category : いつものこと
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脱力乃回@京都 & おためし気功

脱力乃回@京都

1月24日から京都に帰りますが
春への準備編として
脱力乃回をひらこうと思っています。

次の新月、古いこよみで今年の新年は
2014年1月31日午前6時39分。
そして、節分、立春へとからだを蠕動させて
芽吹きの準備をはじめましょう。

◎1月25日 午後7時から約2時間

◎1月29日 午後1時から約2時間

いずれも参加費は1500円です。
お茶、おやつつき。

おためし無料気功整体

1月29日 
午後4時〜30分間
午後5時〜30分間
午後6時〜30分間

限定3名におためしで
気功整体をお受けいただけます。
服を脱いでいただく必要もありません。

なんかわからんかった、
なんにも感じなかったという人もいるし
すっきりしたという人もイロイロ。
「まぁ、タダやって言うんやったらものは試し」
お気軽にお申し出くださいませ(^^)


(これから時々、おためし気功はじめます〜。
タイミングのあう方、ぜひぜひ遊びにお越し下さい♡)



脱力乃回、おためし気功整体
いずれも左のメールフォームから
ご連絡ください。
お待ちしております〜。

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2014年1月のスケジュール

◎京都スケジュール


ご都合の合う方、
お会いしましょう~
1月24日 予約可
1月25日 午前予約済 午後5時以降予約可
1月26日 午前予約済 午後4時以降予約可
1月27日 予約可
1月28日 予約可
1月29日 予約可

(1月11日現在の状況です。
以降は、http://slowbody.p1.bindsite.jp/pg46.html
で参照くださいませ。)


◎練馬気功のひろば

・2013年1月12日(日)    午後3時から5時まで

予約は不要です。
お気軽にお越しくださいませ。
詳細はこちらです。
http://slowbodyqoo.blog110.fc2.com/



◎気功教室


いままで、富士見台地区区民館で月に一度だけだった教室を
練馬の自宅にて、カタチを少し変えて
毎週おこなうことにしました。


定員になり次第、しめきりますので
おはやめにどうぞ。
人が増えるようであれば、
公民館にスペースを借りたりするようになるかもしれません。


お会いできるのを楽しみにしております。

【ゆるみのクラス】

「呼吸が浅い」「力の抜き方がわからない」「緊張する」というような方に
まずはからだをふんわりとやわらかくしていく方法をお伝えしていきます。
こわばりがとければ、自然に呼吸もしやすくなります。
マッサージをうけたりせずとも、ひとりでできるセルフケア。
「からだがゆるむってこんなにも気持ちがいい」をシミジミ実感できます。



気功が初めてだという方も、このクラスからどうぞお越しください。


【曜日】
土曜日(月3回) 午前11時~13時 1月11日、18日
火曜日(月3回) 午後1時30分~3時30分 1月21日

【場所】
空 -くう-
東京都練馬区
西武池袋線富士見台駅より徒歩7分

【参加費】
2000円/回

【定員】
4名

4月から火曜日、土曜日とも曜日が変わります。
また詳細が決まったらお知らせしますね。


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日米開戦の悲劇 ジョゼフ・グルーと軍国日本

日米開戦の悲劇日米開戦の悲劇
(2012/03/14)
福井 雄三

商品詳細を見る


戦争はどう始まり、どう終わったのだろうか。
端的にわかるものなんてないだろうけれど
この本は著者の思い入れが熱くなりすぎているなと感じる箇所が
散見されて、読み進めるのがむずかしかった。

ただいくつか「ここは」と感じた箇所があるので抜き出しておく。
今回も備忘録。

戦争はずっとずっと昔にあったことと思ってきたけれど
実は、いまだ終わっていないようです。
日本人の中できっちり決着できていないのですね…。

新年はじめの記事にしてはダークですが
ご容赦くださいませ。


「ずさんな作戦や稚拙な外交によって国を誤った指導者の、
自国民に対する責任は厳然と存在するのである。
『勝者敗因を蔵し、敗者勝因を蔵す』という諺がある。
敗戦の原因と責任をきちんと分析し整理しておくことは、
それを今度は逆に成功に転じさせ、
輝かしい未来につなげていくためにも
ぜひとも必要なことである。
それゆえ大東亜戦争敗因の原因と責任を追求することとは、
日本を今後さらなる発展へ導くための宝の山なのである。
それなのにわれわれ日本人は、敵国に裁かれた東京裁判の上に
あぐらをかいたまま、日本の戦争指導者たちを悲劇の殉教者として
免責してしまい、自分たちの手で彼らの責任を徹底的に追及する
という作業を、これまでうやむやにしてきてしまったのではあるまいか。
これではいつまでたっても日本人は、敗戦のもたらした精神的混迷と
呪縛から脱け出すことはできない」。


先日の首相による靖国参拝、
日本ではアメリカに失望されたとうろたえる報道がなされていましたが
アメリカ、中国、韓国などの海外の声よりも
日本国内で自国の歴史をどうとらえるかという報道がまるでなくて
そっちのほうが私としてはがっかり。

日本は、責任の所在が本当に甘い。
原発の事故だって、おなじことが言える。
なにもかもうやむやなまま。
だーれも責任を取らない。
みんな「わたしのせいじゃない」って顔をしている。


「日露戦争は日本の勝利であったのに比べ、日米戦争は日本の敗北に終わったために、
戦後になってから反戦主義者たちをヒーロー化し偶像視する風潮が生まれたが、
これは錯覚である。 これこそ私が再三にわたって指摘している
『後世のあと知恵による捏造』にほかならない。戦争が終わってしまうと
ガラガラと違うことを言い出すようになるのである。
パラダイムが変わってしまったあとの眼で見ているために、
敗戦という辛い現実を直視することができず、
こうあってほしかったという現在の願望を、過去の歴史に投影してしまうのである」。


ここでは、反戦主義者の偶像視とありますが
先日の靖国参拝の件では英霊の偶像視でしたね。
前にも書いたと思いますが、
死者を弔うことに異論はありません。
けれども人間を持ち上げ、あがめ奉るのはやはり違うのです。

戦争を美化して、感動話にしてはいけない。

これまでの歴史と向き合った時に
戦争へとひた走るしかなかった時代の空気をあらためて感じます。

「われわれは今日の価値観でもって過去の歴史を裁いてはならない。
あくまでも過去に生きた人々の視点に立ち、その状況にわが身をおいて
その時代を洞察しなければならない」。

戦争に反対すること、国家に背くことなど
微塵も考えなかった時代がありました。
時代を取り巻く空気は、個々人でなんとかできるものではないのでしょう。

戦争で祖国を護った犠牲者の上に、今の日本がある
そのことに感謝しなければならないと言う人があります。
けれども、そこにかけるのは「感謝のことば」ではないと私は思っています。

思想はおのずから変えられると知った現代の人にできることは
歴史と面と向き合い
「同じことは繰り返しません」
と頭を垂れることだと私は思っています。





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本年もどうぞよろしくお願いいたします。
1月下旬に京都に戻る予定です。
年賀状をくださったみなさま、どうもありがとうございます。
立春には、春のご挨拶をおかえしいたしますね。

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