空模様

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Posted by チエ on  | 

面影さがして



近所の図書館へ本を返しにいく。

私が住んでいるところは富士見台という地名で、
昔は確かに富士山が見えたそうだ。
今は、少し高台となったところで
かすかに見える程度だ。

隣町は貫井という。
地名の通り、水が湧き川が流れ、池もあったそうだ。

地形からも、台地と谷の様子がわかる。
街は変われど、かつての面影が偲ばれる。



これは、iPhoneのアプリで「東京時層地図」。
東京の地形がわかるし、明治、大正、昭和期の
古地図も歩きながら参照できるスグレモノ。


そこここに川の流れた跡。いまは暗渠。
水となり、重さに従い、かつての谷あいを歩く。



この道は貫井川。
歩道の下を水が流れている。




台風が過ぎ去った後、一気に秋がきた。
空が今日もきれいだった。
一日の終わりに空を見上げる、なんとしあわせなことよ。




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Category : いつものこと
Posted by チエ on  | 0 comments 

脱力乃回@京都

気功的脱力方法をお伝えしつつ、
ひとりひとりの内側にある微細なダンスを感じる時間を
あわせて持ちたいと思っています。
どっぷり自分の内側に入り込む、深い時間です。

脱力乃回」の「回」は、
足首を回す、股関節をまわす、手首を回す、首を回す、
などなど各関節を油をそそぐようにまわすこと、
そして、いのちの螺旋、終点のない円のイメージから。

てらじんがディジュリドゥ
(オーストラリア先住民の楽器イダキ)を吹きます。
ゆるんでゆとりのできたからだに、倍音が心地よく響きます。

お時間ある方はどうぞ遊びにいらして下さいまし。


「脱力乃回@京都」

日時   2013年9月23日 秋分の日
     
・午後6時30分〜
  
(ディジュリドウ、シンキングボウル、カリンバなど
 倍音の響きをたのしみましょう。)

参加費  脱力乃回 2500円

場所 京都市南区 
京都駅から徒歩15分
京阪鳥羽街道から10分
地下鉄十条から5分

終わった後は、かんたんなおつまみと
飲み物をお出しします。

時間のゆるす限り、ごゆっくりどうぞ〜。



*********************************
9月は、21日から京都の予定です。
http://slowbody.p1.bindsite.jp/pg46.html
ご都合のあう方、ぜひぜひ遊びにおこしくださいませ。


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昨日は陣馬山のいただきで、気功。
野外での気功はまさに
自然とひとつであることを思いだす時間。

Posted by チエ on  | 0 comments 

気持ち

20130814-DSCF2729.jpg

この夏は暑かった。
9月に入った今、空は秋の色なのに
太陽は頭上で強いひかりを発している。
日のあたるところを歩くだけで
あっというまに水分が蒸発して、枯れそうだ。
8月末、少し涼しい日が続いただけに堪える。

それでも、バテることもなく
私はこの夏、元気だった。

去年の夏は
暑さにへこたれ、気落ちしていた。
やる気が起きず
ふとんの上で、横たわっていた。


暑さでからだがとけてしまいそうだと思ったし
気持ちも、どう言ったらいいだろう、
まず、気持ちの方こそ
起き上がることができなかった。
「気」が干涸びていた。

このままではダメだと感じて
ネットで東京の気功教室を探して
通うことにした。

これまでも気功を続けてきたが
私の気功は「からだ」のなかにあるうごきを
こまかく内観することが中心だった。

見えない気の
そのながれや、気を満たすということを
あえて意識することはなかった。
「気」は感じようとしなくても
わざわざ見ようとしなくても、あるのだから。

誰にでもあるのだから
なにか摩訶不思議なもののように特別扱いしたり、
スピリチュアルな物言いになるのもいやだった。
今考えてみれば、「気」について他の人と語るための
共通言語を見いだそうとしなかっただけなのだが。


東京で気功教室に通うようになって、1年。
わたしのからだには「気」が満ちているなということを感じる。


去年も、おそらく病院に行けば
「別に悪いところはないですよ」といわれるようなからだだったと思う。
ただ、気力が著しく低下していたのだと思う。

気持ちから、もう「だめだな、私」となっていた。

気持ち
と書くけれど、このことばの中に
「気」という字が含まれている。
「気を持てない」
が、去年の私だった。


気は見えないもの。
けれども、あらためて気功に取り組みだすと
たしかに、気は巡っている
と感じるようになってきた。

見えないものだけれど
確かにあると意識する。
「からだ」という実体の、中も外も関係なく。

気なんてないよ
と思っても、ある。
気はあるよ
といえば、それは確実になる。
流れる気が集まっているところに「私」がある。
それは果たして「私」なのかどうかはわからないけれど。


気配
気がかり
気休め
気になる
気配り
その気
やる気
パッと思い浮かぶだけでも
私たちが日常に使うことばの中に
たくさん「気」が入り込んでいる。
あたりまえに。
気の話をすると怪しいという人も
そこは意識せずに使っている。

あるもの
と捉えて、その気を
めぐらせたり、満たしていく。
意識をすれば、そうなる。
「気」の持ちを持続させるのだ。

つづけることで
「気の持ち方」が変わってくる。
けれども、「ホントに?」と疑ったら、何も変わらない。
自分で、そう信じるしかない。


ことば遊びみたいに感じたり
なんだか狐につままれたような話に
聞こえるかも知れないが。


とはいえ
まったく気が動くという実感がないと
つまらないので
そこは、どう体感してもらうか、自分の教室の時は考える。

意識すれば、実感も伴ってくる。
「気」づくことができる。

そこにどうしたら意識を持っていけるのか。
地図がないと、目的地も闇雲だ。
俯瞰することもできない。
からだのすみずみを内観することは
からだの地図作り。

百聞は一見に如かず。
まずはごいっしょに動けるとさいわい。

10月の気功のひろばは13日。


20130814-DSCF2732.jpg




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9月は、21日から京都の予定です。
http://slowbody.p1.bindsite.jp/pg46.html
ご都合のあう方、ぜひぜひ遊びにおこしくださいませ。

9月23日は脱力乃回を開催する予定です。
詳細は次の記事にて。
もうしばしお待ちください。




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