空模様

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Posted by チエ on  | 

台湾の旅

15日から3泊で台湾に行ってきた。
海外へ出るのは、7年ぶり。
しかも初の海外一人旅。
国内はいくらでも一人で行き来できる。
台湾も、治安はいいし
きっと一人でも楽しいと思って。

誰かとの旅は、目的が似ているととても楽しいと思う。
何もかも同じ行動をしなくちゃダメな人だと疲れる。
よく見られるのは、女の子同士の行動で
例えば、互いに選択を委ねあうこと。
「何食べよう?」「どうしよう?」
「どこいく?」「どうしよう?」
と言い合い、なんとなく遠慮しあって
本当に食べたいものが食べられなかったり
行きたいところに制限があったりする。
そういうの、私は御免だ。
ここ行きたい、あそこ行きたい
と互いに言い合い
それが一致すればいっしょに動き
あわないなら自由時間をとって、別行動できる相手となら
誰かとの旅もいい。


私はガイドブックは何冊か熟読して
ネットのなかでいきたい店を探して
割合、旅の中で行きたいところが明確である。
そして日程の中で、余白の時間は意図的にいれて
考えていたスケジュール以外に起こる偶然も
楽しみたい。


今回の旅は、故宮博物院が目的だった。
中国最古の王朝、殷。
22代皇帝の武丁と、その后婦好の特別展。
ざっと3000年前の時代、
武丁は、亀の甲羅や牛や鹿の肩甲骨に
占いごとを文字を刻み、熱した金属棒を押しあて
割れ目で吉兆をよんだ。
その文字は、甲骨文字と呼ばれる。
殷墟からは、それらが刻まれた甲骨がたくさん出土している。
また婦好の墓は、1976年に未盗掘のまま発見された。
今回の展示は、それらが一挙に公開されるとというものだった。

最近、安田登さんのWSで甲骨文字を読む会が開かれ
大いに興味をもっていたところへ展示の話を聞いた。

故宮博物院は、収蔵品が多く
一度展示されると次はいつみられるかわからないというものも多いそうだ。
これを逃してはいつみられるかわからないと
もともとあった台湾行きへの興味とともに
旅への欲求が高まった。


つづく。

20120217-DSCF0238.jpg

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Category : 旅日記
Posted by チエ on  | 0 comments 

3月のスケジュール

◎京都スケジュール

3月は以下の日程で京都に帰ります。

ご都合の合う方、
お会いできましたら
うれしいです。

3月1日 予約可
3月2日 終日予約済
3月3日 終日予約済
3月4日 予約可
3月5日 予約可
3月6日 予約可
3月7日 予約可
(2月11日現在の状況です。
以降は、http://slowbody.p1.bindsite.jp/kyoto.html
で参照くださいませ。)


◎練馬気功のひろばご案内

・2013年3月10日(日)    午後3時から5時まで

予約は不要です。
お気軽にお越しくださいませ。
詳細はこちらです。
http://slowbodyqoo.blog110.fc2.com/


2月15日〜18日まで不在にします。
メールチェックはできるのですが、おそらく返信が遅れます。
どうぞよろしくお願いいたします。




Posted by チエ on  | 0 comments 

「みたいようにみること」と「ありのままをみること」

前回のブログに書いた、マイクメイさんの話から
「みたいようにみる」ことについて、
いろいろ考えている。

そういえば、少し前に
よくSNS内で拡散されていたこれ。

こんちには みさなん おんげき ですか? 
わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげは たごんを にしんき する ときに
その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という
けゅきんう に もづいとてわざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?




一つ一つの単語はめちゃくちゃでも
何となく読めちゃうっていうのは
これはもう目でちゃんと見ているんじゃなくて
脳が勝手に察知してしまうってことだな。


最初の文字と、最後の文字があっていれば
順番はめちゃくちゃでも読めるということで
人の脳というのは本当によくできているものだと考えられるが
結局は、ありのままをみていないということにもなる。


こういうことは日常の中で多々ある。
これまで経験してきたことだけで
パッと見て、脳がなにかを判別してしまっている。
吟味せずとも、あああれねと決めつけてしまうこと。
知っている、そういうもんだと思い込んでいること。


「みたいようにみること」

「ありのままをみる」
という話は気功の中でもよく出てくる。
「ありのままをみる」ためには
どこか客観視できないととてもむずかしいことだと思う。
上の文章を、ゆっくり眺めてみるとわかる。


気功には、元神と識神ということばがある。
たとえば疲れた時には
甘いものが食べたい
塩辛いものが食べたい
というように、体調により食の欲求が異なったり
病気になっても、寝ていたら治る
などといった、うまれもって兼ね備えているチカラと
うまれた後に、親から教えられたり
学校で学んだこと
経験によって得られた知恵。
元神が先天で、識神が後天である。


脳の勝手なおしゃべりをとめて
しずかに内側の動きに耳をすませる。
いろんな考えが浮かんできても
そこにとどまらずに
脳のペースに巻き込まれている自分に気づいて
さーっと流していく。
そのくりかえし。

頭のなかは、そらと同じ。
雲がぽっかり浮かんでは消え、浮かんでは消え。
風がさーっと流れて、雲を消していく。

うまれもったチカラに気づいていく。
気功は、そのための練習。



マイクメイさんと、読めてしまう文章の話から
具体的な例をいただいたように思う。


ちなみに、ケンブリッジ大では、
そのような研究はなされていないそうだ。
http://www.kotono8.com/2009/05/10yometeshimau.html

Posted by チエ on  | 0 comments 
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