空模様

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Posted by チエ on  | 

福島のこと

「経験した者にしかわからないよ」とその人は
ぽつりと言った。

胸がしめつけられそうになりながら
本当にその通りだとなんどもなんども、
そのことばを噛みしめた。

自分一人の想像だけでは、その域をこえない。
その地に立ってさえも、想像にリアリティが欠けてしまう。
いくら想像しても、
その人が味わった、恐怖、悲しみには
届かない。


それでも、近づきたくて、ここにいる。



20120815-IMG_2058.jpg
相馬市磯部地区。


夏休みを利用して、相方と福島で6日間をすごした。
ちょうど南相馬に入った頃、Facebookで
ほぼ日刊イトイ新聞のこの記事が、友人間でシェアされていた。
http://www.1101.com/fukushima/2012/index.html

この記事の中に出てくる上野さんの家の横も、車で走り抜けた。
停まればよかったかと思うが、
彼にかける言葉は見つからないだろうし
この記事をなんどもなんども読み
共有しえないかなしみに想いをはせた。
ここで起こったことなんだ、と。


map.gif
クリックすると大きくなります。


警戒区域以外の浜通り、
福島の地理も、実際車で辿るとよくわかるようになった。

いわきから南相馬へぬけるには
かつては6号線を北上すれば簡単だったが
今は警戒区域をさけるために
田村市、川俣町を経て
飯舘村を通るルートをつかわければいけない。
震災前の何倍もかかる。


飯舘に入ったあたりで、借りていた線量計の値は
車中でも軽く1μSv/hをこえた。
車外では3.0を示した。
高い線量を見続けると、
途中抜けてきた街々の0.2や0.3という数字が
低く感じられてくる。
感覚が麻痺する。
家々のカーテンは閉じられ
人気はないものの
車の往来だけは適度にあり
何も知らないと、人をあまり見かけない
過疎化がすすむ集落のように、ただ感じていたかもしれない。
かつての村を知っている人に
「飯舘はとてもきれいな村だったんだよ」と聞いていなければ。
道路沿いには雑草が伸び放題となった、広大な田畑が続いていた。

また違った感覚でみたのは
警戒がとかれ、人が出入りできるようになった
広野、楢葉。
家はあるのに、人気のなく
ひっそりとしずまりかえる町。

海水を受けて、立ち枯れるたくさんの松の木。
海沿いはあの日のまま、時間が止まっていた。
通行可能な区域ではあるのに
立ち入ったことに畏れ
こちらの息もひそめたまま
通り抜けた。


広野で見たのは
原発で作業されている人たちを運ぶ、何台もの車。
いわきも南相馬も、ビジネスホテルは彼らの宿泊で
平日の予約はそうそうとれないほどになる。
この人たちがあそこに行ってくれているんだな。
いわきに行くたびに、ホテルのロビーでたむろする男の人たちをみると
心の中で「よろしくお願いします」とつぶやく。



いろさまざまに まじりあいても
とけぬかなしみ なみだつぎたす

20120817-IMG_2114.jpg


海はいいよ 海が好きよ
と 家を流された人がいい
なぐさめられる。

またくるよとしか言えず
そうしか言えないから
くりかえして
私は福島にむかっている。


http://www.facebook.com/media/set/?set=a.519317981416722.133878.100000155749897&type=1&l=ec00419c89

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Category : 福島
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