空模様

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Posted by チエ on  | 

「記憶」展

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GOMAさん
というディジュリドゥ奏者がいる。
(ディジュリドゥとは、オーストラリアのアボリジニたちが吹く木管楽器のこと。
アボリジニたちはディジュリドゥのことを“イダキ”と呼ぶ。)

昨日は、そのGOMAさんが描かれた絵の個展に行ってきた。

GOMAさんは
去年11月、交通事故に遭われて
外傷性脳損傷によって高次脳機能障害をかかえることになった。

ディジュリドゥばかりふいていた人が
事故当初、ディジュリドゥを見ても「それがなんなのかわからなかった」そうだ。

自分の記憶がこぼれ落ちていく。
よからぬことも考えるほど
不安と闇の中。
けれども、
しばらく経ったころに突然絵を描きたい
と思い立ち、そこからはずっと絵を描き続けている。

事故のことはまるで憶えていない。
でも、雲のようなものに乗ってふわふわ浮いているような感覚の中
ひかりが見えた。そのひかりのほうに向かっていったら
その中に入っていくことができた。
どんどんひかりが大きくなって、色が変わっていった。
そしたら、こっちの世界に戻ってきていたそうだ。

そのひかりを、いまは絵に描きだしている。
まるでアボリジニたちが描く絵のような点描の
しかし、違うのはその色遣いの鮮やかさ。

ディジュリドゥも
楽器だということはおろか、なんなのかさえまるでわからなかったけれど
過去の映像を見て、映像と同じように口をつけてみたら
吹けたそうだ。


昨日は、復帰の足がかりを見いだす
ディジュリドゥのアコースティックライブも行われた。

意識では、記憶していないようなことも
カラダはちゃんと憶えているようです、と
GOMAさんは昨日、涙ながらに語られた。


リハビリでしたことを
次の日にはすっかり忘れていて、一からやり直し。
何度やってもアタマでは憶えおらず、うんざりするような中でも
からだはちゃんと憶えていて、いつしか
見た目には何もわからないぐらい動くようになってきたとも。

けれど、確かに、事故当初よりはずいぶん進歩したけれど
今までできていたことができないし、
自分はまだまだだとGOMAさんは言う。


でも、あの絵を、そして昨日のGOMAさんを見ていたら、
何も足りないものなんてないんじゃないかと思えた。

私は本当はGOMAさんのこと、何にも知らない。
何も知らない私からみたら、もう今のGOMAさんの存在そのものが完璧に思えたよ。
魂とカラダの記憶って、すごいんだね…。

自分の存在をついつい軽く見たり、
自己否定したり
私たちにはよくあることだけれど、
他人からすれば何の過不足もなく見えたりするものだ。

つねに自分を肯定できたら私たちはずいぶんとラクになれるんだろうなと、身にしみて感じた。
今までと同じとか、今まで以上にとかではなく。
日々刷新して、自分にいかにYESをいえるかじゃないか
とGOMAさんを見ていて思った。

でも、そうやって自分のできることをもっと高めていきたい
という気持ちをもったGOMAさんの姿はとても美しかった。
涙がぼろぼろと出た。




「記憶」展は明日まで。
写真やHPの画像で観るのとはまるで違う息づかい、絵からあふれるエネルギーを感じます。
色遣いもホント、私の好みで
欲しいと思う絵が何枚もありました。
もしお時間がある方はぜひ。

GOMAさんのHP
http://www.gomadadidgeridoo.com/




*****

さて今夜から京都に向かいます。
京都で出会えるみなさま、どうぞよろしくおねがいします。



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Category : いつものこと
Posted by チエ on  | 2 comments 

スローボディのススメ再開

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自分のカラダをていねいに探る時間を
いろんな人と持っていきたいと思い
スローボディのススメを、再びはじめることにしました。


スローボディのススメ

ようするに気功を伝える時間なのですが
「気功」はなにやら取っつきにくいものと思われる方も
まだまだたくさんいらっしゃるようなので
なにかわからないけれど、なんかからだをゆっくり動かす時間なんやな
と思っていただければ、と
「スローボディのススメ」と名付けました。
(このタイトルははじめ友達のボディワーカー優子さんが使っていたのですが
了承を得て拝借してます。)

体感していただいた後に
「これも気功なんです」というと
何も知らないでこられた方の多くがちょっとびっくりされます。
「これも気功なんですね!」と。

聞くと、サテンシルクのつるつるした服で
なにやら怪しい動きをするのが気功だと思っていたとか
まぁ、なんだか気功に対する「思い込み」はまだまだ
ヨガ的オシャレさからはほど遠いのね。
ヨガの流行はうらやましくもありますが
(ヨガウェアとか、ホンマ、かわいいもんなぁ…)
本質から外れないように
気功の自然観を伝えるには
と、日々模索しております。
(タオ・コードの中に、ヨガによく似た身体文化ヤーマのことが書かれてありましたが
ヨガの起源も気功の起源も、紐解けばルーツは同じところにあると考えられます。)


イメージや思い込みから
気功の自然観が伝わらないのは惜しいことなので
ひとまず、名前を外すところから始めました。

ブログの横にある、カテゴリー「気功*スローボティのススメ」をクリックしていただければ
私の気功に対する「想い」も伝わるかと思うのですが
結構長いので、ちょっとまとめると

気功とは

  風の吹く方へしたがうように
  川の流れに身を預けるように
  宇宙遊泳を楽しむように
  自分と、そのまわりを包む空気との境目もわからなくなるぐらいに
  自然と一体になっていく。
  私も自然の一部だと気づく練習

です。


なにはともあれ、いっしょに動いていただくのがいちばん。


東京では
9月11日土曜日から始めていきます。
平日もまたそのうち始めます。

京都でも、滞在最終日に施術キャンセルが出たので
9月4日夜7時からはじめようと思います。


→東京・練馬春日町

  日時 : 9月11日 土曜日 午後11時~1時 昼ご飯終了が3時ぐらいかな?

  費用 : 1500円/回
      (シンプルなお昼ごはんつき)


特に定員はもうけていませんが
だいたい私を含めて2~4名で行います。


→京都・南区東九条

  日時 : 9月4日 午後7時~9時

  費用 : 1500円



暑い日が続き、少しカラダもへたり気味かと思いますが
からだをじんわりと動かせば、スッキリすることうけあい。

よろしければごいっしょに
ていねいにカラダを探る小旅行に出かけませんか。

ご希望の方は、メールかお電話で
ご連絡くださいませ。

お待ちしてますー。

Posted by チエ on  | 2 comments 

わの舞

踊る場を持ちたいと考えている。
そんなことを、このブログの横にも併記している
twitterでつぶやいていたら
友達が「タオ・コード」という本のことを教えてくれた。
タオ・コード著者の千賀さんが
「わの舞」という踊りの場を各地で持たれているということも。


タオ・コードのことは
以前にも書いたように、
私の中、奥深くにあると思われる原始の記憶
そのまんまだという気がした。
どこにもそんなことを確証するものはないのだけれど
なんとなく、なんとなく。
そうなのだと
私のからだの奥でなにかが声を上げる。


今日は、その「わの舞」の教室に参加してきた。

ステップの決まったダンスではなくて
内側からおのずとでてくるそれぞれの動きに身を任せたい
と思っていたけれど、千賀さんの話を聞いてからは
みんなで同じ動きをする、その過程での意識の変容が
一人では得難いものに思えた。



円舞を舞う時、我々は一つ一つの電子となる。
我々の本質はエネルギーである。
我々のエネルギーが輪をつくり、スピンする時、我々は一個の小宇宙を形づくる。
それは決して小宇宙の模写ではない。
見えざるレベルで、我々は本物の一個の小宇宙を形づくり、
その一つ一つの電子となる。深い一体感の本質はそこにあると、
私は実体験の上からもそう感じられてならないのである。
世界的にも類例がないであろう輪舞のみによる舞踊サークルを私が創始した理由も
そこにある。
私の創始というよりも、これは太古には当たり前の生活文化の中心であったものだ。
日本神話では、国生みの際に、イザナギとイザナミが天の御柱を「見立て」、
それぞれ左と右に御柱を回ったとされている。
見立てるとは、実際にはそのものではないが、そうであると意識することである。
この言葉は、いかに彼らが〈原型パターン〉に意識的であったかを物語っている。
この形式の舞を一定条件のもとに舞う時、現代の私たちも、深い一体感につつまれる。
しかしその感覚は、人々との関係以前に、宇宙そのものを満たしている「場」への
感応を基底にしている。そしてそれこそが、舞踊の原点であると同時に、
祭りの原点でもあったに違いない。
日本神話では、八百万神々が天岩戸を開こうと集う中、唯一開くことのできた神は、
その名も「宇宙のスピン」を意味するアメノウズメ。
この神は、巫女舞のルーツを示すと巫女世界では古来より伝えられている。
我々の本質が宇宙の原型パターンと一つに結ばれる時、
その中心となる光によって心の闇も世の中の闇も消失する。
日本神話は、そう我々に語っているのではなかろうか。
わの舞HP ダンス考より




今宵は満月。
今日の踊りを、いつかこの月の下で踊りたい。
思い出されることがもっとたくさんあるような気がする。

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そこここでの踊りが
いつかつながって、一つの大きな輪になればいい。


わの舞 HP
http://chiga.jimdo.com/


Category : いつものこと
Posted by チエ on  | 6 comments 

暗闇

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今日は本に囲まれる日。
青山にあるBOOKCLUB回
編集工学研究所


もはや一人ではうみだされるものがない
と感じた私は、東京にごろんところがりこんだ。
人と関わるのは実に実にめんどくさいこと。
一人の方がラクなことはいっぱいある。
それでも、人と関わってはじめて
自分が見えてくる。

知らなかった自分にもっと出会いたいのだ、私は。
結局、
まだ観ぬ自分を引き出してほしいのだ、誰かに。


今日参加したワークショップ
まだまだ自分がもどかしい。

自分の中のブラックボックスに気づいただけ。
でも、きっと
私の中の何かが、そこからまだまだ
引き出される。

人と相対するのは
めんどくさい。
でも、そのめんどくささすら楽しい。
表層の私がいかに不機嫌になろうと、
思ってもみなかった自分が
まだその暗闇に潜んでいるかと思うと。


Category : いつものこと
Posted by チエ on  | 6 comments 

旅で食べたうまいもん

夏限定の赤福氷。
お初。
氷の中に赤福餅が隠れています。
うまかったー。
赤福餅は言わずもがな。

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かずさんちからご近所のスーパーで買った伊勢の地産うたせえびでかきあげを作った。
塩で食べた丼がたまらんかった。

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月讀宮真ん前にあるつきよみ食堂
ここはいい店だったなぁ。
うどんもうまいし、うどん以外もいい。

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名古屋はひつまぶしのためだけに立ち寄る。

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ああ、三昧だったなぁ。


旅から帰ってしばらくは、朝昼の飲食を控えた。
控えたというか、食べる気力がなかった。
暑すぎて。
内臓のお疲れがよくわかった。


Category : 旅日記
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伊勢詣で

夏休みに、大阪にある実家へ里帰り。
特に予定を決めずに車で思いつくままに動き、
大阪の豊中から高槻、京都を経て伊勢、志摩。
そして名古屋、諏訪湖、山梨の秋川とまわってきた。
山も川も海も、晴天も雷雨も
すべて満喫したいい旅となった。



友達のかずさんは、月讀宮の真ん前に住んでいる。
今回、とてもお世話になった。

かずさんが、参拝は早朝がいいよ
と言うので、朝5時半に内宮へ向かった。

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松阪に住むエサレンの同期みっちゃんとこに毎年遊びに行って
お伊勢さんに参拝していたのはいつも12月だったので
真夏の神宮はとても新鮮。
大好きな、むぅっと蒸れた土と樹々の濃い匂い。

冬の参拝は、きりりとした冷気の中で、
それはそれは身が引き締まる想い。
内宮の清浄かつ冷涼な空気で心身ともにみたされる。
夏は、太陽がいちばん勢いを増している時期なので
正直言うと、神宮におわす神々ではなく
太陽をこそ崇めたい気がする。
だって、内宮に鎮座まします天照大神は、
太陽を神格化した神であられますもの。

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そういう意味で、夏の参拝は早朝に限ると思う。
5時半でも気持ちよかったけれど
来るならばもっと早く来なくちゃと思った。
参拝をすませた7時頃には、ダレダレな空気感。
背筋をすっとのばすのはむずかしい暑さ。



ものすごく気持ちがよかったのは瀧原宮
伊勢神宮からは離れているけれど
足を伸ばす価値ある地。



鳥居をくぐってここまで歩くだけでも、すっかりみそぎを受けた心地になる。

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御手洗場が、本当に清々しい。

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そうそう。
天岩戸のお水も、おいしかったな。
つめたくて、甘くて。
まさに甘露。

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月讀宮のおおきな木たち。

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(参拝順ではありません。思い出すがままに書き連ねているだけなので
行かれる方は地図を参照くださいましね。)



■□■□■□■□■
おまけ

wikiでツクヨミを調べてみた。

『書紀』第五段第十一の一書では、天照大神と月夜見尊がともに天を治めるよう命じられたが、のちに天上で天照から保食神(ウケモチ)と対面するよう命令を受けた月夜見尊が降って保食神のもとに赴く。そこで保食神は饗応として口から飯を出したので、月夜見尊は「けがらわしい」と怒り、保食神を剣で撃ち殺してしまったという神話がある。保食神の死体からは牛馬や蚕、稲などが生れ、これが穀物の起源となった。天照大神は月夜見の凶行を知って「汝悪しき神なり」と怒り、それ以来、日と月とは一日一夜隔て離れて住むようになったという。これは「日月分離」の神話、ひいては昼と夜の起源である。
しかし、『古事記』では同じようにして食物の神(オオゲツヒメ)を殺すのはスサノオの役目である(日本神話における食物起源神話も参照のこと)。この相違は、元々いずれかの神の神話として語られたものが、もう一方の神のエピソードとして引かれたという説がある。また、このことからスサノオと同一視されることもある。



子どもの頃、この話を読んで
なんだかすんごい気持ちが混乱したのを覚えているなぁ。
今読んでももおんなじ気持ちになる。
あの時は混乱としかいいようのない感じだったけれど
今は、なんというか気持ちが弾むというか楽しくなるというか
とにかくアメイジングな感じだとわかる。


そういや去年は宮崎を旅したんだった。
神話をめぐる旅は魅惑的。

Category : 旅日記
Posted by チエ on  | 0 comments 

夏のお祭り

神奈川県藤野、旧牧郷小学校でひらかれた
ひかり祭りに参加してきた。



スタッフの方々も、みんなてんてこ舞いだっただろうに
ぎすぎすした空気をまったく感じることなく
ゆるやかでにこやかで
実にpeacefulな場だった。
みんな自立してるんだな。

できあがったものをお客さんに提供するんじゃなく
誰かに任せたり押し付けたりすることなく
それぞれがそれぞれにできることをしていって
なにかがつねに「なるようになっていく」場。

すごいなぁ。
こういう空間がうみだせるって。

東京にきてから出会う人たちに感じるのは
こころのひらき具合、その間口の広さ。
新しく出会う人、そして古くからの友達
その境目のなさ。

ただそこにいれば、安心。

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ずっといいお天気で
とくに最後の日の夕陽はそれはそれは美しかった。

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おまつりが終わったと同時に激しい雨。

おとなにだってじゅうぶん夏休みを楽しむ場はあるのだ。

Posted by チエ on  | 4 comments 
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