空模様

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Posted by チエ on  | 

Back to the old style

ふんどしの時も
湯文字の時も
なんだかとても反応があって
いろんな人からコメントをいただきました。
ブログの中でもそうだし、実際お会いした時も。
みなさんにえらく関心を持っていただけたようで
うれしいことです。


今日はIさんからこんなメールを。

ブログ見てますよ~。
私もたまぁに褌(赤フン)しています。
休みでゆるいズボンの時にしています。
ここのhpで物色をしているところです。
http://ww2.tiki.ne.jp/~eisin/fundoshi/index.htm
でも、夏の下着はやっぱりステテコですよ。
最近柄物のかっこいいのがあります。
http://www.steteco-shop.com/
そのまま外に履いていけそうです。
暑い夏、エアコン入れずにステテコ姿は最高です。理にかなっています。
また、エアコンの冷え取りにもなります。女子の部屋着にもカワイイです。


ホントに。
さすがにおしゃれなIさんだけあって
ステテコは、私も思わず欲しくなりました。
残念ながら在庫切れですが。


男も女も、みんな
Back to the old styleですかね。

というか、
ようやく見目カタチだけではない本質に迫ってきた感じ。

その地の気候にあったスタイルがあるはずだし
それに伴って、人が身につける着衣は進化してきたはずだし。
日本は暑いんだからさ。
もっと風通しよくいきたいですよねぇ・・・。

サラリーマンのみなさまも
あの非効率なスーツ着用を早くやめたらいいのになぁ。



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おすそわけ・第五回トリートメントクラス

トリートメントクラスも先日、5回目が終了。
いよいよ架橋。

前回までで部分的なことをお伝えしたので
あとはそれをどう組み合わせてつなげていくかが
今回の課題。

手技的にはむずかしくはないのだけれど
カラダに覚えこませるには練習が必要だし
カラダの運び方なども、たった一度やっただけでは
スムースにはいかない。

クラス日程を増やせば、こちらでの練習時間も増やせるけれど
お互いの負担が増えることなしに、いかにお手軽に
「触れる・触れられる」経験をしてもらえるか
が私の課題でもあるわけです。


前回までは
「ひたすら気持ちよさだけ持って帰ってね」と何度も言いましたが
気持ちいいと感じたことはカラダで覚えているので
その気持ちよかったことを、おすそ分けするのが
今回、次回の取り組みなのですねぇ。

5回目は、できないことに気づく機会もたくさんあったかと思うけれど
できないことはできないままでもいい。
でも、それができるようになりたければ練習しなきゃいけない。
できないままでも、それ以外のできることだけを集めたら
それはそれで立派な「マッサージ」。
手をカラダにあてるだけでも「気持ちいい」ことで
それだけで整うことができる、とみんな体感したのだから
それだけでもよかったりするのです。


自分はどうしたいか、を考えてみて欲しいのね。
そりゃ私としては、伝えたすべてをつかみ取って欲しいけれどさ(笑)。
でも、それは私の希望だけで
どこをどう受け取るかはみんな次第だものね。
テストもないから、私からの可不可はありません。
自分自身が気持ちよく受け取った、それをまた別の誰かに伝えていってくれたらいいな。
「あなたのやさしさを誰かが受け取ってくれた」
「誰かからのそのやさしさをあなたが受け取れた」
ということが及第点なのだと思います。


来月でひとまず最後だから
最後には、自分が誰かにできうることを
自分自身も気持ちよくだして欲しいなぁ
と思っています。
(一応、最後だけれどね、まだまだ続くからね。終わりはないからね。
いくらでもわからないことは聞いてください。私も勉強になります。)


9月からはまた新しく秋クラスがはじまります。
ひとまず4人の方に希望をいただいてます。
ありがたきこと。

続いていくクラスも楽しみだし
新しい方達との出会いも楽しみにしています。
(どちらにしても、またご案内しますね。
もうしばしお待ちくださいな。)



20090722-R0017880.jpg
今回出番がなかったね・・・ジョージ。すまん。

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日常のあれこれ

20090727-R0017936.jpg


ゴーヤに実がつきはじめた。
大きくなりはじめているのもあるけれど、この写真はまだ花が咲く前。
花の時点で、すでに実を抱えているのだな。

女の子として産まれてくる赤ん坊は
お母さんのおなかの中にいる時から
すでに卵を抱えているそうだけれど
このゴーヤの実を見て、やはりそうなんだなとあらためて思う。
どこまでそのループは続くのだろう。

向かい合わせた鏡の中で
えんえんと映し続ける自分の顔のようだな
なんて思ったりもする。




雨が降り続ける。
晴れていたかと思うと、一転にわかに曇りだして
叩きつけるような雨が降る。


今年は蓮鉢をほったらかしにしておいたのだけれど
乾いた鉢の中に雨がたまると
自然に蓮の葉が伸びはじめて、
どこから来たのか、いろんな生き物たちが水の中を泳ぎ回っている。

一階においてある蓮鉢は、泥を捨ててしまって器だけになっているのだけれど
その中にたまった雨水の中ではすぐにボウフラがうじゃうじゃとわく。

泥が残る蓮鉢の中では、いろんな生き物がいるようだが
ボウフラはわかない。
蚊がいないわけはないし、何度かボウフラがくねくねしている姿を見たこともあるので
今の時点で一匹もいないということは、すぐに食べられてしまうのかもしれない。

20090727-R0017958.jpg

小さなビオトープ。
蓮の葉の上で、珠がころがる。
雨上がりはきれいだ。




20090727-R0017947.jpg


ミシンは持っているのだけれど
手縫いで波をおこすのが楽しくて、
気づけばえんえんと「縫う」という行為を続けている。

あまった布を集めて、湯文字作り。

和裁師だった祖母も、母も
丁寧な縫い目を残していた。
私はその丁寧さを引き継がなかったなと思ってきたけれど
こうして、縫うことを続けていると
やはり受け継いできたものがあったのだなと思う。




Category : いつものこと
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湯文字

先日、ふんどしを身につけている
とカミングアウトしましたが
気になる点がいくつか。

自分で作ったものを身につけていて
布の触れた感じは化繊のパンツなんかよりも
圧倒的にキモチヨイのですが
なんだか少し、違和感があるのです。

まず、ふんどしということばの響き。
どうとらえても、かわいくない。
そして、たよりなくふわふわとあたる感じ。
しめつけなくていいといえばいいけれど
なんかやっぱり気になる・・・。


ここだけの話ですが。
(ブログに適切な表現ではありませんが(笑))

ふんどしをつけて小料理屋での仕事に入った時に
たれの部分を短くつくったものだったので
動いているうちにほどけてしまって
腰からぶらりとぶら下がってしまったことがありました。
(もちろんスカートの下で、ですよー。)

当然、すかすかな状態になっているわけですが
このほうが、イイ
という感じだったのです。

なんとなく、「ああー、今、私、ノーパンやねんなー」
という、まんざらイヤではない緊張感がカラダにはあって
自ずと下腹に意識が向かい
仙骨あたりがきゅっと持ち上がる感じ。
これはイイと思いました。


ふんどしをしていると日記に書いた後で
和装下着で「湯文字」というものがあると教えていただいたことを思い出し
web上でいろいろ調べてみたのですが
日本女性の下着としては、これが
もっとも理にかなっているような気がしました。
http://www.kos-mos.com/yumoji_how_to_wear.html

湯文字のことを初めて聞いた時は
ノーパンは、
家ではよくてもさすがに外ではムリやわー
と思ったのですが
一度、ノーパンを試してからは
これはいけそうだし、
だいたい、おなかから腰を包む方が女のカラダには
合ってるよなぁ、と。
で、
本当はふんどしを作るために取り寄せたダブルガーゼの布を
湯文字制作にあてました。


20090725-R0017933.jpg



雨の日に、ちくちく手縫い作業で仕上げました。
波縫いって、いいねぇ。
刺し子模様は大好きなので、次作る時は
布色と反対色を使おうと思いました。

身につけてみると、
おなかの辺りがぐっとしまる感じが
本当に心地よいです。

湯文字という響きも、やわらかくていいな。
おんなの丸さが出ているような気がします。

これは、こころからお勧めできるなぁ。

というわけで
ふんどしははやばやと卒業(笑)。
私はこれから湯文字着用でまいります。

ふんどしガールズも
ぜひ、一度お試しあれ。
http://item.rakuten.co.jp/asanoya/0603-095/

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おいしい酒とつまみがあれば

昨日、仕事をさせてもらっていた小料理屋
「たま絵」が閉店となった。

2年と3ヶ月。
本当にいい勉強をさせてもらったと思う。



4年ほど前。
次にしたいことは?と問われた時に
料理の勉強がしたいので
小料理屋で働いてみたいと答えた。

チェーンの居酒屋ではなく
食べるものもお酒もおいしい店。

そう答えたものの
行動もおこさず、数年が経った。

2年前の4月に
気功協会で作業をすませた後、天野先生一家に
連れて行ってもらった店が、「たま絵」だった。
天野先生たちも知ってはいたけれど、入るのは初めてだと仰っていた。

おかみさんが一人。
カウンターにお客さんが数名。
私たちは座敷に通された。
はじめに頼んだものもはっきり覚えている。
ビールとするめの天ぷら、ポテトサラダとだし巻き卵。
どれもこれも、みんなおいしかった。

この店、いいな。
そう思って、トイレに立ったら
壁に「週一日バイト募集」と張り紙があるのが目に入った。
あ、これは私が探していた店だと直感的に思ったが
おかみさんには、その場で問い合わせることはせず
胸のドキドキを鎮めて、2日後に電話をかけた。

この辺りのことは何度も書いてるので、
聞き飽きた方も多いかと思う。


料理は、少しはできる方だと思っていたけれど
仕事をさせてもらうようになって
前言撤回、何にもできなくてごめんなさい
という気持ちに何度もなった。
「料理ができる」というのは
集中する注文を、いかに効率よくさばいていくか
ということも含まれる。
段取りよくする、ということは行程が瞬時に頭の中で描くことができる
ということだ。
誰かが欲する先を読んで、動いていくということだ。
はじめは闇雲で、先の行動が何一つ読めずに
何度も落ち込んで帰路についた。

女将さんであるたまえさんのことばはいつも素っ気ないけれど
この人は、すべて料理に気持ちを込めているのだなぁと思う。
例えば、野菜は自然食品の店で仕入れていたり
ポテトサラダのじゃがいもは裏ごしという作業が入っていたり
ダシをとるのも、半端ではない昆布の大きさとかつおぶしの量。
単純に、おいしい
ということだけではなくて
来てくださった方々に煩わしい思いをさせることがないように
実はとても細かい仕事が施されている一品たち。
こんな店は他にはないと思う。
そして、私はこの店で
本当においしい日本酒のことを知った。
有名なお酒はあまり置いていないけれど
小さな蔵の、丁寧に造られた日本酒は
これはきっと神様が作ったものだと思わせてもらえる味だった。

そしてそんなお酒たちを
日本酒が好きだと公言しながらも、実のところはよく知らない
かつての自分のような人たちに勧めることができて
「わ。こんなおいしい日本酒があるんだね!」と
表情が変わる瞬間に立ち会えることも、楽しいことだった。


マッサージは生業だと思っているけれど
私が興味があるのはマッサージの技術だけではなく
ボディワーク系のワークショップなどに参加するのは
もうこれ以上はいいなと思っている。
共通するのは、ホスピタリティ。
日本語で「おもてなし」。
そうそう。
私のやりたい仕事は「人をもてなすこと全般」なんだと
あらためて思う。



「学ぶ」という意味では、まだまだ覚えることはたくさんあったのだけれど
このタイミングで、この仕事を終えることができるというのは
きっと、私にとってもちょうどよいことなのだと思う。
次はまたどこかでバイトするの?
とお客さんたちにはよく聞かれるが
私にとっては、これ以上の店はないと思うので
ある意味「卒業」なんだなと思う。



7月に入って、この店が終わることを知ったお客さんたちで
店は連日大にぎわい。
毎日、お祭り騒ぎだった。
18日で一般営業は終わり、
21、22、23日と常連さんたちのための感謝祭。
特に最後の日は、通常の閉店時間を超えても
みんな帰ろうとしないし、私も最終電車の時間を気にせず居残った。
本当に終わるのだなと思う反面、まだ今ひとつピンと来ていないのだけれど
これからもう火曜日に高槻に行くこともなくなるわけで
行かなくなって、「なんだか何かが足りない」という気持ちになるような気がする。
ここで出会えた人たちとももう会えないと思うとさみしい。
ここは、人とお酒が出会う場だった。
何もかもがすてきだった。


たま絵で出会えたもの、すべてに感謝。
ここでの経験は私の宝物であり、財産だ。
何度思い返しても、この店と出会えたことは
私にとって必然的だ。
ありがたい
という気持ちしか浮かんでこない。




20090723-R0017930.jpg

日替わりのスタッフとたまえさん。
初めて全員でキッチンに立つ。
常連のイケミチコさんの描いたバラのTシャツを
たまえさんがみんなにプレゼントとしてくれたので
3日間の感謝祭ではみんなで制服として着用。
私だけ、ノースリーブで、妙にたくましい・・・。

20090723-R0017901.jpg



20090723-R0017891.jpg

最後まで本当にお世話になったたにぐちさんとあべさん。
どうもありがとうございました。
二人が酒を酌み交わすのが、またすてき。
写真出してよかったかしら。
これからもどうぞよろしく。

20090723-R0017887.jpg

酒屋の宮脇さん。
いつもおいしいお酒を提供してくださってありがとう。
また、ご一緒に飲みましょう。




高槻は、楽しい街だった。
大阪と京都の間に挟まれ
特急もとまって駅前には百貨店もあるのだけれど
少し離れると畑もたんぼもある。
大阪や京都に出ずともすべてがここで事足る街。
独特の文化を築き、おもしろい人もたくさんいる。

けれども、
はじめにたま絵に出会うきっかけとなった
気功協会も、奇しくも7月22日で事務所が
高槻から京都へ移転となり
長い間、縁のあった高槻と少し距離ができる。


いろんなことが切り替わるタイミングなんだな。
すべてが、ちょうどよいところへ
と動いていく。

流れに身を預ける。

ちゃんといくべきところに行けるんだ
と思わせてもらえた
この街にも感謝を。

本当にありがとう。


Category : お酒のこと
Posted by チエ on  | 2 comments 

書/さまざまな書のカタチ

小学校に入学した頃に
親に連れられて、書道教室に通いはじめた。
間で神戸から大阪への転校があったが
次に通う教室は親が見つけてくれて、小学校を卒業するまで通った。
どんな字を書いたかとか
どんな気持ちで通っていたかとか、まるで覚えていない。

就職して、社会人になった後
書の経験があるというだけで
のし袋に筆耕を依頼されたが
経験者という自負のわりに、まるでダメな字で
自身にショックを受けた。

うまく書けるようになりたい
と一念発起、カルチャーセンター主催の教室に通うようになったのだが
のし袋に筆文字が書けるということが目的だったので
ちんたらと通い、まったく練習もしなかった。
10年も通って、先生に
「成瀬さんは大きい字の方がいいと思うなぁ」と言われ、
ようやく自分でも「大きい字が書きたい」と思うようになってきた。
ちんまりと書いてるなんて性にあわない。
・・・と、10年もたって気づくとは。とほほ。

その時の先生から、書道界の大御所E先生の教室を紹介された。
E先生の書は、大陸的なおおらかさと豊かさを感じた。
初めて、筆文字にも個性があることを知り
そして先生の書が好きだと思うようになった。
E先生にはおびたたしく弟子がいるので、教室で書くのではなく
家で練習してきたものを教室で先生に見ていただく。
そしてまた新しいお手本を書いてもらう。
自ずと練習にも身が入るようになった。
教本の写真版にも作品が載るようになり、
それがいっそう気持ちが高まる喜びにもなった。
2年ほど通ったところで、滋賀へ引っ越すことになり
先生の教室には通えなくなった。
E先生のもとへは遠くは沖縄から通っている人もいたが
私にはそこまでの情熱はなかった。

その後、滋賀から京都に転がり込むようになり
なんとなく、また書の教室に行きたいなぁと思うようになった。
知り合いのIさんのもとに一年ほど通わせていただいたが
会のもととなる書のスタイルが私にはピンと来ず
結局、気持ちが入らなくなった。
こんな字は書きたくない
と生意気にも思うわけである。
それは言わずともIさんには当然、伝わるわけで
それなりのおことばを頂戴して、私は結局Iさんの教室に通うのをやめてしまった。
知り合いだったのもよくなかった。
私はIさんのことをI先生と呼べなかったのだ。
それもIさんの気持ちを損なう一因だったと思う。

その頃の私は、
練習が好きではなかった。
書き出すといつまでも書き続けるのだけれど
なんというか、準備や片付けが苦手で
書き出すまで長い。腰が重かった。

ずっと続けたいと思っていたけれど
もう書はやめてもいい
とも思う。
けれども、気持ちは裏腹だ。
やめたいけれど、やめたくない。
書の教室って、どう探せばいいんだろう
と思っている私がいた。


去年の秋、
mixiの中で友人の日記を読んで、
ふっと何気なくリンク先に飛んでみたら
その友人の友人が自己紹介の中で
京都で書の教室に通っている旨が書かれており
先生のHPのアドレスを紹介してくれていた。

飛んでみたら、その教室が
ウチからとても近いことがわかった。
コンタクトを取ってみると
一度、体験レッスンにいらっしゃいと返事をくださった。

今まで通った教室とはまるでスタイルが違って、
目から鱗が落ちるようだった。

まず、今まで通ってきた教室は
私よりも年配の方ばかり。
若い人はほとんどいなかった。
それが、ここでは20代から30代の人が中心。
そして、何より、書の歴史背景
中国の書家たちの、線質についても
事細かに伝えてくださること。
日本書道界のどこにも属していないこと。
だからといって、まるでフリースタイルなのではなく
古典を大事にしていらっしゃるところ。

ああ、まただ。
すごいやん、私。
私が求めていたから
こうしてこの教室に出会わせてもらえたんだ。
そう思った。
やっぱり、私には強力なバックアップがあるのだなぁと
一人にやけた。


教室に通いはじめて半年が過ぎた。
みんなと一緒に書く
ということに慣れていなかったけれども
ようやく、場にも慣れた。

ただ、お手本を真似ていくだけではなく
一人一人の個性をのばしていこうという
先生の気持ちもありがたい。

7月28日から書展が開催される。
その作品づくりを、先月は行っていた。
何度かの添削時に
私には、
「自分の表現したいことを
目的意識を持って書いていかなくては」
というようなことをおっしゃってくださった。

ことば
については、こうして日々日記として表現していく中で
模索してきたけれど
そのことばを、筆と墨で書き表していく
というのは、ことばの中にさらに含まれるものがある
ということなんだなぁ。

ことばという
かたちのないもの
けれどもないわけではないもの
を立体化していく。

奥が深すぎて、まだまだ入り口に立ったまま
右往左往しているところだ。


私という人は
意識と、魂というべきようなものとが
乖離しているようなところがあって
マッサージも書も、
もちろんやりたくてやっているのだけれど
「本当にやりたいのか?私」と自身に問いかけ続けていると
いつもどこか、はっきりと「そうだ」とは言い切れず、
なんでやっているのかわからない
と感じる時も多々ある。

もちろんやりたくてやっているから辞めたりはしないのだけれど
やらざるを得ないというような部分もあるのだ。

他の人は、私みたいな状況を「やりたいからやっている」と普通に断言するのだろうけれど
私には、なにか自分の意識を超えたものが
いつも私のまわりにあるような気がしてならない。
自分でも、「私はややこしいなぁ」と思う。

いろんな意味で
書とマッサージは似ていると
私はずっと思い続けている。



゚。O。゚。O。゚。O。゚。O。゚。O。゚。O。゚。O。゚。O。゚。O。゚。O゚。O。゚。O。゚。O。゚。

そんな私の書を
よかったら見にいらしてくださいませ。


書展のご案内
祥洲 / 京都教室有志による書作展
書・会報誌「翔Sho」通巻100号記念展 併展:祥洲近作
さまざまな書のカタチ
詳細はコチラ

 □ 2009年7月28日~8月2日 正午~午後6時(最終日のみ~午後5時) 
 □ ギャリエヤマシタ 1F 京都寺町三条上ル西側

samazama09dm.jpg



祥洲先生のHP
http://www.shoshu.jp

Category : いつものこと
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触れる

20090628-R0017715.jpg


心から信頼できる人にしか
自分のカラダは預けたくない
本当にあなたと出会えてよかった

と言ってくれる人がいて

ああ、私
もっと
ちゃんと
人に触れることに
真剣になろう、向きあおう
って
今までももちろん思ってきたのだけれど
こうして言ってくれる人がいて
またあらためて、自分がなせることに気づく

気づくのは、彼女たちで
私は何にもしていないし
特別なことも言っていないけれども


これが私に与えられた仕事だと
再認識させてもらえた一日


Category : いつものこと
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グッドバイからはじめよう

20090705-R0017768.jpg

動く虫は苦手。
蛾なんて、とんでもないはずなのだけれど
こうして、ガラス窓にへばりついている白い蛾は
なんだかとてもかわいくて。
もこもことしたぬいぐるみのよう。

きらいだと思っていたものの
意外なかわいさに気づく夜。

まったく、
知らないことの方が多いものだよ。






火曜日に私が仕事をさせてもらっている店は
今月の18日で閉店する。
きっと、すべて終わってしまったら
またあらためて書くことだと思うけれど
ここで仕事をさせてもらうようになった経緯は
今思い返しても、しみじみとありがたく思うし
それから2年が経った今も
知り合える人たちのつながりの深さには
私たちの意識を超えたなんらかの計らいがあるとしか思えないでいる。
(もうね、ホントにすごいのだよ。何度も言うけれど。)

閉店を惜しんで涙を流す人、
連日通いつめる人、
店内は、開店から終わりまでお祭り騒ぎ。
店の歴史、15年。
そりゃもう、様々な思い出がみんなの胸の去来していることだろう。


昨日などは0時まで休憩をする間もなく
とうとう私たちが賄いで食べるものもなくなってしまった。
賄いごはんがなによりの楽しみだったけれど
多分、もう来週も同じような状況になるかと思う。

それにしても、こんなに愛される店があるのだなあ。
そんな店と出会えたこと、仕事をさせてもらえたことが
私には宝箱にとっておきたい思い出となる。



どんな物事にも
はじまりがあれば終わりがあって
ずっと同じではないからこそ
一瞬一瞬がいとおしい。

けれども、そんなことが
頭ではわかりつつも
なくしそうになって初めて
なくなる悲しみに気づくのだなぁ。

ただ、ほんとうになくなってしまえば
はじまりも終わりも、ホントはなかったな
ということにもなるのだけれど。



明日もヘルプで仕事させてもらいます。
こうして、仕事させてもらえるシアワセを
味わってきます。






グッドバイからはじめよう


いつ聴いても、中学生の時の気持ちに戻る心地のする
この人の歌。


そうだよね。

ホント、
終わりははじまり
なんだな。

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カミングアウト

20090705-R0017757.jpg

友達が自身の日記でカミングアウトをしていたので
私も、口外してみようかと。


  最近、ふんどしを身につけていますーーー


ウンナナというワコールのかわいい下着ブランドがあるのだれど
そこにあらたに「ななふん」というシリーズが加わりました。
これがなかなかかわいいのですよ。
ななふん。ウンナナのふんどしという意ですな。
あ、こういうかわいいのはありだ!と見た瞬間に思いました。
で、自分で作ってみようかと。



生理の時には布ナプキンを使っているのですが
布ナプキンを使用することで生理痛が軽減したり
周期がリズミカルになったりという声も多く
生理の時だけでもこれだけの変化があるのだから
きっと日常的に肌に触れるものは心地よくあるほうがいいに違いない、と。

外出する時や、長時間トイレに行けそうにない時だけ
通常のケミカルナプキンを使ったりしますが
布ナプキンの心地よさを知ってしまうと
あー、早く家に帰らねば!
と思ったりします。
まぁ、生理の時というのは、家でおとなしく過ごす時期でもありますもんね。

布ナプキンって大丈夫?(もれたりしないかってこと)
という声もよくありますが
無意識ではもちろんいられません。
できるだけプールして、トイレに行った時
ウンッといきんで一気に排出させるので
骨盤底筋群に自ずと意識が向かいます。
しめる、ゆるめるを自分でコントロールするの。
括約筋まわりに意識が向かうということは
下腹部に力が出るということ。
このあたりは、丹田と言われるところでもあるので
下半身全体に安定感がでます。

ケミカルナプキンで漏れない安心!
を得ていると、括約筋に意識が向かうこともありません。
受けとめてくれるし、ただ漏れ状態。
最近、尿もれに悩む人が少なくないと聞きますが
意識がむかないから筋力が低下して、尿もれにもつながるのでは
と私はひそかに思ったりしています。
このあたりのことは
三砂ちづるさんの本がわかりやすいです。

昔の女性はできていた―忘れられている女性の身体に“在る”力昔の女性はできていた―忘れられている女性の身体に“在る”力
(2004/06)
三砂 ちづる

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で、ふんどし作成ですが
今は試行錯誤の最中です。

着なくなった服地を再利用したり
タオルで作ってみたり。
紐なども、破れてしまったゆるいズボンの紐をそのまま使っています。

紐も可動式にしたり固定したり
ボタンをつけて取り外しできるようにしてみたり。
(左端の茶色のタオルがボタンタイプです。
ヘンプで紐を編んで、着脱式にしてみました。
タオルをそのまま利用できるし、洗濯もラクかなぁと思って。
けれども、タオルそのままだとおなかの辺りがもこもこするので
もう少し薄地のものがいいな。
今度はダブルガーゼの布を取り寄せてみようかと思っています。)



自分の下着を公開するって
普通はないのにね(笑)。

muji_img.jpg


ふんどしって、女の人が身につけるイメージがわかないという方に。
さすがに私の着用写真を公開するわけにはいかないので
ななふんサイトから、こんな感じというのを紹介しておきます。


ええと。
今度実際会った時に
「ああ、チエさんは、今ふんどしをつけているんだなぁ」
と、想像してニヤリと

ま、されてもいいか(笑)。

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日々の楽しみ

友達がバジルの苗をたくさん持って遊びにきてくれました。
近江八幡にわずか住んでいた間に知り合った人だけれど
こうして、思い出して声をかけてくれるのがとってもうれしいのです。

そういううれしいことをしてもらったら
その気持ちをお返ししたいなと思います。
私の場合はいつも、「てあて」のお礼。

ゆらゆらとカラダを揺らして
じんわりと手を当てていくと
本当に気持ちがよいのですよ。
あてられている方も、私自身も。

昔、指が痛くなるほど強くもんだり
肘でぐりぐり押したり
ハードなマッサージばかりしていたことを思えば
手を当てるだけでゆるんでもらえるとは
なんてお安い御用。

手当てが終わった後
友達も「気持ちよかったわぁ」と言って、帰っていきました。
「今度またゆっくりくるわ。次は、ゴーヤと大根持ってくるわなぁ。」
うふふ。
ああ、ぜひぜひ。
こういうのがうれしい循環(笑)。


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ゴーヤはうちでも育てているのだけれど
ツルがのびて葉が繁りはじめて、とても涼しげです。
花も咲きだしました。

20090704-R0017754.jpg



梅干しの紫蘇漬けも終わったし、
あとは梅雨が明けるのを待つばかり。
余った赤紫蘇で紫蘇ジュース。

いちごの露地物ももう終わりだな
もうちょっとジャムを作っておきたいなぁ
とか紫蘇ジュースもまだまだなど
気持ちだけが移ろいゆく季節に急かされています。
こういう気ぜわしさは、どことなく楽しいものです。


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雨の合間には、珈琲豆を買いに
自転車に乗って出町柳へ。
出町の商店街で、ふたばの豆餅を買って
鴨川の三角州で食べました。
その前に岡田商会の50円コロッケ。
豆餅はデザートです(笑)。




7月に入りましたね。
いよいよ夏本番。

京都の夏は暑いけれども
ゆるやかに日々を楽しんでいきたいものです。


Category : いつものこと
Posted by チエ on  | 0 comments 
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