空模様

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Posted by チエ on  | 

本能の動き イランイラン

ボディワーク関連で、今ブームと言えば「骨盤」。
その手の本が、書店の目立つコーナーに並べられています。
結構おもしろいの。
絵が多いからわかりやすいし。


骨盤とは、
王冠のような形の腸骨(腰に手を当てた時に一番出っ張ってるとこね)
そしてお尻の割れ目すぐ上、えくぼのできるところあたりにある仙骨
恥骨、坐骨が円形に結合した総称を言いますねー。


ここがゆがんでいるのは万病の元!
ただちに正しい位置へ戻しましょう!
・・・なんてのが、一般的な考えらしい。


ゆがんでるのなんてアタリマエやんか。
そして、それをいきなりいわゆるシンメトリーな型に
戻しても、カラダの方がまずはびっくりしてしまう。
ゆがみって言うけれど、それはその人の体の使い方のクセなんだし
それをいきなり「正した」って
それは、他人に勝手に自分の部屋を掃除されるようなもので
「あれはどこにいったー?」「これはどこに?」
なーんて一時的にパニックに陥る。
そしてしばらくすると、自分が使いやすいように戻ってしまうもの。

見た目に「正しい場所」にあるかどうか
よりも、私はその骨と骨との間の可動性がポイントじゃないかと思います。
動きがしなやかになってくると、おのずと適切な場所に整っていくもんです。
その人にとって「適切な場所」が「正しい場所」なんじゃないかな。

カラダがしなやかに動いている
というのは、つなぎ目が円滑に動いているってこと。
円滑ってのは、まるくすべるって書くんだよー。
まるくすべって動いている=スムーズにことが運んでる
ってことだと改めて知って、この熟語の深さにうなったね。


エネルギーの働きも骨盤から始まる。
この辺りがしなやかではないと、
なにをするのも億劫な感じがする。
「うふふ」なことも、腰から始まりますよね。
性のエネルギーは、つまりは生のエネルギー。
何かが始まる根源はここ「骨盤」にあるなぁ
というのは、私も自分のカラダを通して体感しています。
骨盤がしなやかに動くのって、エロティックで
でも、そのエロティックさを発すること
そして感じることって
生命の躍動感があるなぁと、ことあるごとに思います。
特に民族舞踊の腰の動きね。
あれは、なんかもう、心身ともに揺さぶられます。

腰を回した時に、自分のカラダだけでも
心地よさを感じること。
その気持ちよさで、体全体も心地よく感じて
波のようにうねってしなやかに動いていく感じ。
それを自ら感じていくこと
が骨盤には一番大切なんじゃないかー
と私は思うので
「骨盤矯正」という、他人の手を加えられる感じには
抵抗感を覚えてしまいます。
人から正してもらう
のではなくて
自らで整っていく
しかも気持ちよく
というのが、今私のやっている気功です。



今日書きたかったのは、気功のことだけではなくて
最近、もっと自分の動きたいように動いたら
この人はツルツルに輝いちゃうんだろうな
って思う時に使う精油のこと。
動きたいように動けてる人って、ツルツルしてるもんね。

骨盤からの動きって、本能的。
その、本能の部分に直接働きかけくれる感覚が「嗅覚」。
もっと突き抜けて動いてみたいよ
という人には、「イランイラン」を使います。

一部では鎮静効果があるといわれている精油だけれど
なんのなんの。
私は、これは本能を揺さぶる精油だと思ってます。
まぁ、本能を揺さぶられた結果、落ち着いてしまうという人もあるかもしれませんが。

イランイランは、甘い官能的な香りの花。
インドネシアでは新婚さんの初夜のベッドにまかれるそうな。

理にかなってるなぁと思います。
本能の部分を揺さぶられるんだから。

まぁ、つまりは彼氏彼女といちゃいちゃできてるんだったら
特別なことはナンもいらんってことでもあります(笑)


自分がどうしていいかわからない
というような人にも
まずはこのイランイランの香りを嗅ぎながら
腰を回していくことをオススメします。

腰が動いてくると
自分のウチに秘めたものが、見え隠れしてきます。
動きたい方に動いてみようと思えてきます。
カラダが動き出したら、隠れていたものが
飛び出てきます。
長年隠していたものだから、最初は苦しいこともあるかもしれません。
でも、浮き出てきたということは
カラダにゆとりが出てきたということ。
自分でちゃんと対処できるようになったということ。
「ああ、こんなことあったなぁ」と
と、じっくり観察します(そう。ただ見るだけ。)。

ゆるんでくると、いろんなものが出てきます。
涙も、鼻水もよだれもあくびも。
出てくるものは止めずにひとしきり出してしまうと
ずいぶんとカラダがスッキリしたように感じます。


イランイランは、体が動きたいよう動けるのを
助けてくれる香り。
自由に動いていいよ
と言われても
どうやって動いていいかわからない時に
気持ちいいほうに動いてごらん
と本能の動きを促してくれる香り。


ここ何度か
イランイランを使うたびに
ああ、と思ってきたことを
今日は書き出してみました。

イランイランだけで使うのも魅力的ですが
むせかえるような個性的な香りゆえに
好き嫌いがかなり分かれます。
(その香りがその人にとって好ましいものでなければ使いません。)
イランイランに柑橘系の香りをプラスすると
とてもマイルドな使いやすい香りに変わります。
個性的だけれど、誰とでも合いやすい協調性も感じます。
(前にも、イランイランはキヨシローみたいだって書いたっけ。)

私はフランキンセンスとあわせるのが好きです。
今日みたいな満月の日は、フランキンセンスとイランイランで
情動的にいきたいところですなー(笑)

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Category : 精油のこと
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しゃべれどもしゃべれども

映画を見てきた。
今日が最終上映。
ギリギリだったけれど見ることができてよかった。


東京の、あの下町の雰囲気を感じるたびに
私はいつもググーッと胸が締め付けられる。
緑が濃くて、人々は溌剌としていても
トーンとしては全体に湿り気を帯びている。
なんだか訪れるたびにいつも懐かしいような気持ちになる。

随所に、そんな東京の、私にとってもよきところを
魅せてくれる映画だった。


ああー しみじみと
ええなぁ、と
何がいいのか言葉にせよと言われても
なんか いやー ええとしか言えないのよー
という映画。
あと、劇中の音楽がよかったな。
見る前から、公式サイトで聴いていいなぁと思っていた。

上映終わってるとこ多いし、よければDVDをお楽しみに。

しゃべれどもしゃべれども 公式サイト



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平魚泳くんのライブ

7月16日、我が家にて
平魚泳くんのライブをします。
みなさん、ぜひぜひ聴きにいらして。
おいしいお茶とおやつも用意してお待ちしてます。

7月16日  午後3時開場
        5時開演
チャージ  1500円
おいしいお茶とおやつ用意してます。
足りないかも・・・と思われたら持ち込みも可。
アルコール持ち込みも可。
(こちらではアルコールの用意はしてません。)

清火くんも歌いに来てくれそうです。
ホーミーとギターで、そこにいながらトリップできます。
余裕のある方は4時ぐらいにはいらしてください。


だいたい7時ぐらいには終わると思います。
そこから祇園祭の宵山に行かれるもよし。
京都の夏をぜひぜひ満喫しにいらしてくださいまし。

当日でもお受けできますが、できたら「行きますー」
のメッセージやらコメントください。
よろしくー
来られる方へはあらためてウチまでの地図をお送りします。

Category : いつものこと
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森で魚泳ぐ

uchi.jpg


昨夜、おかべっちとゆうちゃんとさやかくん
そして平魚泳くんが遊びに来てくれた。
泳くんがウクレレ、さやかくんがギターを聴かせてくれた。

家で生音が聴けるのってウレシイ。
今日の集まりは、ひとまず秋に一緒に五島へ行こう
という話をするためのものだったのだけれど
実にすんなりあっさり、じゃあ9月10日からね
と驚くほど簡単に決まってしまう。
旅人は、風が吹いたらたやすく気流に乗れてしまうのだな。

さやかくんのホーミーは、頭の中がうねるし
おかべっちのギターは、ハープの音を聞かせてもらう時とはまた違った風景が浮かぶ。
スナフキンみたいな二人だ。
スナフキンはずっと憧れの人だったけれど、リアルに会えるとは思ってもなかった。

平魚泳くんの歌は、心象風景が浮かんでくる。
ウクレレの音も、彼独特のもので
ウクレレってこんな音も出るんだなぁと楽しくなった。


みんなで食べるごはんもうれしいし、
こうして家に来てくれる人があることが私は単純にうれしい。
音を奏でてくれるのがうれしい。
そして音の中に身をゆだねられるのがシアワセ。

こういうのも、あるといいなと思っていたシーン。
もっともっと、具体的に思い描いていこう。
私はやっぱり何かが生まれ出る「空間」を提供していきたいと思う。


おかべっち、さやかくん、平魚泳くん
旅人三人衆。
そしてキハラゆうちゃん
このメンバーで、9月にまた五島に渡る予定。
楽しみ。


昨日はそのまま平魚泳くんはウチに泊まっていった。
今日の午前中は寝ると決めていた私は
平魚泳くんに「ナンもお構いしません。おやすみ。」と告げ、眠った。

起きたら平魚泳くんの姿はなく、
私はゆっくりと洗濯とブランチを済ませた。
河原で楽器を奏でたいだけ奏でて、平魚泳くんは昼前にうちに戻ってきた。


昼過ぎ、前夜に決めていた「鞍馬」に車で向かった。
平魚泳くんのジャンベと歌をご近所に気兼ねなく聴きたい
と思ったら、鞍馬の大杉権現が頭に浮かんだ。
雨がやんだらなーと思っていたけれど、
もうね、最近のスケジュールは私の意のまま。


雨上がりの森はしっとりと濡れていて
太陽は出ていなくても緑が輝いて見える。
やはり、梅雨時の緑が一番美しく映えるな。

本殿に詣でた後は、奥の院まで。
そして大杉権現に戻り、しばらくお互いぼんやりと過ごす。
私は久しぶりに訪れたこの杉木立の空気を存分に味わう。
鞍馬で一時仕事をしていたため、ここは本当によく訪れた場所。
気持ちのよいこの空気は何も変わらないね。
私を取り巻く状況はこんなに変わったけれど。


しばらくお互い一人の時間を過ごした後、
平魚泳くんが私一人のためにジャンベをたたきながら歌ってくれた。
鳥のさえずりの響きも美しく響く中
平魚泳くんの叩く太鼓と歌声も森に調和しながら響きわたった。
ああ、昨日に引き続きなんてなんて贅沢な時間。


昨夜感じた直感は大当たり。
もう、この杉木立の中の響きは
どんなライブハウスもかなわない。

「前から、今日行こうって決めてたわけじゃないんですよね?
なんかまるで行くから一緒に来ない?って感じだったけれど」
と平魚泳くんは言ったけれど
ただ、さやかくんの「さかなくんの歌はすごいよ」というヒトコトだけで
私は「ここで聴きたい!」って思ったんだよ。
で、思った通り来れるあたりが、またえらいよ、自分(笑)
そしてお天気もバッチリ。
鞍馬は晴れの日よりも雨の日が好きだ。
でも、雨が降ったら来れなかったし
前夜にジャンジャカ降っててくれたおかげで
緑はしっとりとしていて、適度な湿度間を保ったまま
そして、太鼓を叩き終わったぐらいから雨音ポツポツ。

平魚泳くんはママチャリで旅を続けている。
ジャンベとウクレレと笛そしてテントを抱えて。
今日は四条に自転車を置いたといっていたので、そこでお別れ。


で、また来月ゆっくりウチに歌いに来てもらいます。

ぜひぜひ都合つけて聴きに来てください。
7月16日を予定しています。

詳しい説明は抜き。
ただ「彼の歌はいい!」ってことだけで。
sakana2.jpg

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よかばい 長崎

朝。
目覚めたら、隣の部屋でひでさんがあぐらをかいて
焼酎を飲んでいた。
・・・朝から。

前日、ビールを買いに行った時に
スーパーでレイナちゃんちの大家さんにばったり会い
時間があったら島巡りに連れて行ってくれると話をしていた。
あれは本当だろうか
と思っていたら9時ぐらいに大家さんが車に乗ってやってきた。

ひでさんが大家さんに
昨日大体廻ったし、行ってないのは五両ダキだと言ったら
大家さんが「それならばアンタが連れて行きな」という話になり
結局、またひでさんにドライブに連れて行ってもらうことになった。

五島列島では、
火山性の山が海蝕作用によって断崖となった地形を「ダキ」と呼んでいるそうだ。
goryo.jpg


牛が草を食む平原を越えたところに五両ダキはある。
数万年前に噴き出た溶岩が固まって形成されている小高い入り江を
おそるおそる降りていくと
真白い浜とまた他の場所で見たのとは違う色の海が見えた。


私たちは言葉もなく、ただ海を見続けていた。
キラキラと光る波を見ていた。
私はまたサンダルを脱いで足を水に浸した。
このまま全身、ダイブしたら
本当に全てが洗い流される気がした。
その後のことを考えたらできないのだけれど
ここで砂中に埋まったり、水に浸っていると
間違いなく心身ともに浄化されると思う。
次はちゃんと用意をして来よう。
goryo1.jpg

どれぐらい海を見ながらぼんやりとしていただろう。

ひでさんが、「行こうか」と言った。
いつまでも飽きもせず、見ていられそうだった。

ひでさんちの向かいにあるオーガニックというカフェで
コーヒーをご馳走してもらい(ホント、何から何まで・・・。)
ひでさんにお礼を言って
わたしとおかべっちは店を出た。
酒屋でトリオにお礼として献上する一升瓶を買い
家に戻った。


レイナちゃんちの冷蔵庫にある前夜の残り物
といっても、なかなか贅沢な残り物を昼食にして、
船が出るまでの時間をぼんやりと過ごした。

船の時間はアバウトにしか見ていなかった。
途中、ちゃんとレイナちゃんに確認しようかと
少し胸が騒いだのだけれど、携帯も圏外だし
めんどくさいしという単純な理由でほったらかしにしていた。

1時45分ぐらいにレイナちゃんちを出て
かずあんちゃんに一升瓶を渡してお礼を言った。
握手をして、また来るからねと言ったら
また来いな、来るんならあらかじめ早くに連絡するんぞ
と言ってくれた。

ターミナルに向かったら
乗るはずの船が搭乗口になる渡しを引き上げていた。
あの胸騒ぎはやはり本当で、
私はやっぱり出港時間を間違っていた。
ターミナルにいた次の船待ちの人が
「次に高速船があるよ」と教えてくれた。
どうも、私はその船の時間と勘違いしていたらしい。

佐世保-小値賀間には3種類の船が出ている。
美咲フェリーが出しているフェリーと高速船
そして九州商船が出しているなるしお。
美咲フェリーは1800円、高速船が3500円
なるしおが2730円。
結局、私は全ての船に乗ったことになる。
一番いいのはなるしお。
船が少し大きいので安定した走りで快適。
高速船は佐世保-小値賀間が1時間半と早いが
小さい船なので波の影響を受けやすい。
また船外には出られないのでつまらない。
美咲フェリーは安いのがとりえ。
上五島の観光大使としては、こうしたことも伝えることがてきて
船を逃した甲斐もあったものだよ。
それにしても、一日の便数が限られてるんだから
ちゃんと出航時間は確認に確認を重ねたいものだ。
・・・ああ、もう行き当たりばったりだな。
私の人生そのもの。
まぁ、それでもこうして、ちゃんと船に乗れてるんだから
しかも、後に出る高速船の方が佐世保に早く着くのだから
ちゃんとうまいことできてるんだよ。

おかべっちとレイナちゃんが見送りに来てくれた。
今回の小値賀の旅は終わり。
京都に帰ったら、今度は友人たちを巻き込む旅にすべく
決起集会をひらこうとおかべっちと話をして
私は船に乗り込んだ。

宇久も好きだし、小値賀も、野崎も
また帰ってくるよ。
祖父母が亡くなって以降、
私には故郷というものがないような気がしていたけれど
五島は私にとって、「ただいま」と帰れる場所になった。


ターミナルでようやく携帯がつながったので
今夜会う予定のゆみちゃんとゆきちゃんにメールを入れる。
船はスピードが速くて、少し気分が悪くなった。
けれども少しうとうととしている間に佐世保港に着いた。
着いたと同時におかべっちからメール。
「電話できるかな?」
今、佐世保に着いたよ どうしたの?と返信しても
電話がないので、私から電話をすると
初日に泊めてもらったギャラリーのオーナーが
予定外の、しかも女を泊めたということでご立腹らしい。
奏者だから寝床を提供したのであって
ホテルじゃないのだから、とのこと。
何にしても事前に伝えてなかったこちらが悪いし
今後の信頼関係をまた築いていくのにはいい機会だ。
とりあえず今夜は予定を変更して、長崎市内に向おうと思う。
ネットカフェで寝ようと思うし、店があったら教えて欲しい
と言う話だった。

4時半の高速バスに乗って、私は長崎駅前に向った。
そして駅前でゆみちゃんと再会。
ゆみちゃんに
逢いたかったよ
と言われて、鼻の奥がツンとした。

ひとまず、ネットカフェが近くにあるかを聞き
かいつまんで事情を説明すると
「うちでよかったら、泊まってもらってよかよ。」
さすがゆみちゃんだ。

初めに連れて行ってもらったのは台湾料理の店。
まずはビールで乾杯。
少し遅れてゆきちゃん登場。

ゆみちゃんとは1月に京都で会って、
3月に長崎で会って、今年だけでも3度目。
長崎-京都と離れている感じがしない。
出会いはタイミングだと常々思っているが
この人たちと会っていると
やはり、物理的な距離は関係ないなと思う。

2軒目はゆみちゃんがここのところ連日通いつめている森山酒店。
moriyama.jpg

酒屋が切り盛りしている立飲み屋だが
ガテンなおやじたちがたむろする、従来の立飲み屋のイメージは全くなく、
照明もほどよい明るさの昼光色で
なんと、店主セレクトのレコード盤でジャズがかかる
なんとも、居心地のいい立飲み屋。
しかも安い。
本日の焼酎が200円。
他の焼酎でもだいたい300円前後で飲める。
カウンターには袋に入った乾きものやら缶詰が並んでいる。
好きなものをオーダーして、ガラスの器にお金を入れておくと
店主が代金を引いていくというシステムだ。
ゆみちゃんも、駄菓子屋に行くみたいに
1000円札握りしめて来れると言っていた。
毎晩のように通ってしまうのは
私が悪いんじゃなくて、この店が悪いとのたまう。
来ている人たちの顔もまたいい。
みんな一様に楽しげだ。
お酒飲んでHAPPYって、本当にシアワセ。
この旅日記も、旅日記というよりは酒日記だな。

最初は紹興酒。2杯目は焼酎を飲んで
あれは3杯目だったんだろうか。
大笑いしているうちに手を滑らせてグラスを割ってしまう。
グラスにもお酒にもごめんなさい。


森山酒店は10時半に閉店なので
3件目は恒例のワインバー「田舎」へ。
3月の長崎行きのときにも書いたが
田舎というワインバーは、長崎に行くたびに訪れる店。
ワインバーなのに、そのワインが密造酒みたいな味のする店。

11時過ぎたぐらいにようやくおかべっちから長崎入りしたと連絡が入る。
ゆみちゃんに変わってもらって、ナビゲーションしてもらい
近くまで着いたようなので、ゆきちゃんと迎えに行った。

おかべっちにはハープを持ってきてもらい
田舎でその音色を披露してもらった。

その時に店にいた人は少数ではあったが
みんな目を閉じて深く聞き入っていた。
壁面も床も木でできた店は、音の響きがいい。

「薄汚れたものがきれいになっていく気がする」と
オーナーの梅さんは言った。
店にアイリッシュの曲をオカリナで吹く女の子が出入りしているらしく
今度はその子とのセッションもすすめてくれた。
また、これが何かにつながればいいなと思う。

途中、ゆきちゃんは帰っていったが
私もゆみちゃんもハイペースで飲みすぎ
酔ったまま、亡くなった彼の話をしだすものだから
二人とも涙をボロボロ流す始末。

だって、間違いなくまたここで会えると思っていたんだもの
あの囲炉裏端に座って、飲む日がある
と思っていたんだもの

ゆみちゃんと彼が会ったのは今年初めの1月、京都で。
仕事で全国を飛び回っていた彼は、
次に長崎に飛んだ時は間違いなくゆみちゃんと飲んでいたと思う。
一度しか彼に会っていないのに
こんなふうに思ってもらえて、シアワセだよね
残された私たちはこんなに悲しいけれど
と私は思う。

田舎にいたのは、午前3時半まで。
そこからタクシーでゆみちゃんちに帰り、
ふとんを用意してもらい、あっけなく眠りに着いた。


翌日は、夕方から小料理屋のバイトだったので
帰ってからタイトだとしんどいしと
朝一番の飛行機にしていたのだが
これはこれできつかった。
ゆみちゃんにも、何をもってタイトというのだ
全くあなたという人は!と笑われた。
帰ってそのままバイトに行くということ自体がスケジュールミスだ。
朝7時に起きるようにしていたのだが
お酒がちっとも抜けていない。

その日はおかべっちも福岡に出る予定だったので
空港まで送ってもらうことに。
初めはゆみちゃんが送ってあげると言ってくれていたのだが
ゆみちゃんも二日酔いというか、
酔っぱらいのままだったので
おかべっちがいてくれてよかった。
というか、おかべっちは、ネットカフェに泊まってたほうがラクだったかもしれない。
そう言うと「そうかもしれない」とな。
すまんかった。
でも、田舎に縁ができてよかったよ。
私としては、どんぶらこーと渡りに船だったのでありがたかった。


飛行機搭乗の40分ほど前に長崎空港に送り届けてもらい
おかべっちとも握手をして別れた。

私にとっては全てが順当に進んだが
それらは全て、周りにいる人のおかげだったと思う。

この数ヶ月
自分の周りにいる人、みんなに助けられた。
本当にみんなに。
離れていても、自分のことを想ってくれている人たちがいること
さらにこうして毎月のように旅に出て
みんなに逢って体感できたことで
私は少し、いやかなり強くなれたと思う。

5月中旬頃に激しく打っていた心臓は
今、とっても穏やかだ。


彼の死によって
私の中、奥底に潜んでいた迷いや不安の素も
全て、表に出てきた。

ずっと、どこか認めまいとしていたそれらを
ああ、やっぱりそうだったんだね
不安だったんだね
迷っていたんだね
と認められたこと
そんな私でも、周りにいる人たちは
そんなことは知っていたかのようで
だからそれがどうしたのというような顔をしている。
私だけが怖がっていたこと
自分で自分が一番わかっていなかったなと思う。

数ヶ月にわたる旅は、ここでいったん終わる。
彼とのことも、旅の中で彼が生きた軌跡を辿ってきたけれど
こうしてなんとなく自然に区切りがついて
私はまた違うものを見ようとしている。
彼のことを忘れることはきっとないが
こうして光になろうとしている彼に見守ってもらいながら
私は、また次の旅に出る準備をしようと思う。


おかべっちと、道すがら
ずっと話していたことは
「細胞が喜ぶことをしよう。」ということだった。
私たちのカラダを構成する60兆もの細胞、
その一つ一つが喜びで震えるような瞬間を持ち続けよう、と。
その振動が、他者の細胞とも共鳴して、
それぞれの魂に届くようにしたいね、と。
みんなシアワセになるために生まれてきた。
全ての細胞がフル活動できるような、ムーブメントを感じ続けていたいし
みんなで共鳴しあって生きたい。


いろんな人に支えられている。
ここを読んでくださっている方、みなさんにも。


ありがとう。
本当に、感謝の気持ちでいっぱいです。

私が、この旅の中でもらった分は
また違う形で他の人たちにも渡していきたいと思っています。

見えないもの、気持ち
そんなものをずっとやりとりし続けたいと思っています。



それにしても、長崎は
いいものが揃ってるなぁ。
どこでもドアが欲しいとつくづく思う。
九州の中でも行くところは決まりつつあるけれど
九州の方言はかわいいなぁとよく思う。
「よかよか」って言われると
「ああ、それでいいんだ・・・」ってなんだかとてもうれしくなる。
小値賀だとそれが「よかっち」になる。
ああ、もう胸がキュンとする。


なにか懐かしいと思うもの
不思議と足を向けてしまうような場所は
かつて自分の魂が存在した地だと言う。

本当かどうかはわからない。

でも、
そうなんだろうなと思う。

また、長崎に行ったら
ただいまと言うよ。

Category : 長崎
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小値賀の夕べ

雨の朝。

トレッキングや海水浴の予定をたてていたみんなも
部屋でおとなしく過ごしている。
朝食もすませた様子。
私は、おかべっちに「朝ごはんはどうする?」と聞かれて
ようやく起き上がった。

コーヒーと、ロールパン、サラダと卵の朝食をゆっくりとって
のろのろとカラダを動かし
私は砂浜に向かった。
なんとなく雨でよかったと思う。
さほど激しくもなく、やさしく細やかに降る雨で。

浜を一人で歩いて、流木を拾っていたら
またパーッと雨が降ってきた。
塾村に戻り、天主堂に行ったら
おかべっちがハープを弾いていた。
私は扉の外で海を見ながらハープの音を聴いていた。
他の人も、しばらくハープに聴き入っていたかと思うと
またスーッと出て行く。
みんな、かわるがわる出入りしていく。
思い思いに、ゆっくりと好きなように過ごしていた。

雲が切れて、太陽の光が差し込んできた。
Yちゃんが泳ぎに行くと言って、着替えに戻った。
私も再び、浜に向かった。
昨日、残したビールを持って。

MくんとKさんが浜にいた。
すでに泳いだ様子で「冷たすぎて死にます」と言った。
水を見ていたら脚をつけたくなる。
サンダルを脱いで、脚をつける。
確かに冷たいけれど、死ぬほどじゃないよ。
umi_nozaki.jpg

岩に腰を下ろして、ビールを飲んでいたら
Mくんが声をかけてきた。
「この旅のテーマは何ですか?」
私は少し考えて、
「ずーっと旅をしてきたの。この数ヶ月。
毎月、どこかに身を置いて。家にいてもずっとずっと
カラダは家にありつつ旅をしてきた気がする。
・・・3ヶ月前にね、付き合っていた人が死んだの。
そこから、うーん、何かを辿るようにして旅をしていたような気がする。
ここもね、来ようって言ってた場所だから。
でも、ここでね、一区切り。
やっと帰る感じ。一段落してね、また新しい旅の始まり。
ずっとずっと旅をしてるのかもしれない。」
と言った。

Mくんは、ずっと海に関わる仕事をしてきたと言う。
ダイバーだから、そのインストラクターとか、スイミングのコーチとか。
でも、一度いわゆる会社員というものをやってみたくて
憧れて半年前に商社に入社したそうだ。
「思っていたのと全然違った」と言っていた。
「毎日毎日きつくて、もう辞めたいと思う。」
私はいとも簡単に言う。「辞めたらエエやん」
「でもね、ここで辞めたら負けやって、思ってしまう自分がいるんですよ。
そういうのを勝ち負けだというのってしょうもないと思うんですけどね。」
「そうかー、今いくつ?」
「28です(27だっけかな。)」
28と言ったら、私がちょうどマッサージの店に勤めだした年だ。
結局、イヤだイヤだと思いながら私はあの店に5年も勤めた。

勝ち負けとかじゃなくて、ただ、納得するまでやめられなかったのだ。
まだ何か得られるような気がして。
何も考えずとも、なんとなく離れられるタイミングがあると思う。
実際、私はいつもそうやって、半ば自分の意思とはまた違うところで動いてきたから。

「自由ですね。おかべさんも。
ボクも、海にいた頃は自由ですねって人から言われてたけれど
今考えるとまだまだ自由って感じじゃなかったな。」
いやー、私も途上だからね、自由で不安になることもあるし
人に自分の人生論を語って諭せるほど年もとっていないし経験もない。
話していてちょっと恥ずかしくなってきた。
「うーん。でもね、こうなりたいと思う自分があって
それをちゃんと明確にしてると、そうなれるよ。
それだけは本当だと思う。」
話していたらYちゃんたちが水着になって泳いでいた。
「うわー、すげぇな。女の人は強いよ。」
「あはは、そうそう。オンナはね、強いんだよ。」
「ボクも、もう一度泳いでみよう」
そう言って、彼は海の方に歩いていった。

昼食ギリギリの時間まで海と戯れた。
昼食は昨日の刺身の余りをゴマダレにつけたものが、これまた絶品だった。
いつ食べても、何を食べてもおいしい。
last_lunch.jpg

時間もタイトなのに、かなりゆっくりと食事を堪能して
食器を片付けた後、出ると言っていた時間を多少オーバーして
私たちは、この自然学塾村を後にした。

帰りはチャーター船。
直通だから15分で小値賀に帰れた。

MくんとKさんは、この後すぐに出る高速船に乗って佐世保に戻ると言った。
他のメンバーは最終5時の船で。
それまでは車を借りて島を巡ると言っていた。
Mくんとは「次もまたここで会えるね」と言って別れた。
彼も「多分、仕事辞めてこの島にいますよ」と笑った。

私とおかべっちはレイナちゃんに家まで送り届けてもらった。
夕方午後三時。
ビールを買って、一休み。
「おばあちゃんちの夏休みみたいだな」とおかべっちは言った。

折りたたんだふとんにもたれて、ビールを飲んでいたら
かずあんちゃんとさだあんちゃんが車に乗ってやって来た。
ビールを手に持って。
島は、ある意味治外法権だな。
「おかえり。島はどーやった?」
「もうすごいよかった。」
「お、飲んどるんか。つまみはいらんか?」
「あるならもらうよ」
「ということは、持って来いってことやな」
と言って、かずあんちゃんはまた車に乗って出てしまった。
遠慮という言葉を、私もここでは忘れている。
戻ってきたかずあんちゃんが持ってきたのは、さざえ。
しょうゆで甘辛く炊いたのと、刺身と。
ああ、なんて贅沢。
おかべっちと二人で貪る。
私たちの通った後に食べ物は残らない。


しばらくして、ひでさんが登場。
かずあんちゃん、さだあんちゃん(さだあんちゃんもなまって縮むとさざんちゃんになる。)、ひでさん
このトリオは最強だ。
話すことがおかしすぎる。
小値賀の言葉もかなり混じるので、うまく書き出せなくて残念だが
もう関西のヘタな漫才師よりもおかしい。
狙ってないのにウイットに富んでいて実に巧みな会話。

夕陽が沈む時間が近づいてきたので
ひでさんが、島巡りに連れて行ってくれると言う。
ひでさんは家業で生の鰹節(これもまた絶品!)を作っていて
車にも香ばしい匂いが染み付いていた。

お天気も全て計られていたかのよう。
ひでさんも「今日は絶好の日和」と言う。
すばらしい夕焼け空を仰ぎ見ることができて
本当にシアワセだった。
yuuhi.jpg

一時間半ほどのドライブを終えて
家に戻ると、かずあんちゃんが刺身の大盛り合わせを持って来てくれた。
今日は、レイナちゃんも仕事を早く終えて帰ってきてくれ
さだあんちゃんも揃って、最後の夕餉を楽しんだ。
腹を抱えて笑った。
私は、島の漁師と大工に「酒強いね」と烙印を押された。
これでもう怖いものなしだ。・・・何に対してだ?
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Category : 長崎
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季節の花

長崎旅日記の合間。

今年は、ウチに植わっている花のつきがいい。
ローズゼラニウムもこでまりも、セージもジャスミンも
咲き誇っていた。

先日は、薔薇。
地植えして3年目になるが
去年よりもキレイな色。
確か、去年もここに写真を載せたが
まぁ、カメラも違っているので当然ではあるが
本当に美しく咲いてくれた。
bara.jpg



今は、蓮。
これも3年目になるけれど、まだ花が咲いたことがない。
ひとまず葉の成長だけでも楽しめるけれど
今年は咲いてくれるといいなぁ。
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野崎島へ

翌朝、よく寝たけれどもスッキリと目覚められない。
何度も目覚めては、また眠るを繰り返す。
レイナちゃんもおかべっちも、
そしてもう一人レイナちゃんちに泊まっているMさんも
早々に起きて出かける準備をしている。

おかべっちが弾くハープの音を遠くに感じながら、
私一人まどろみの中。

9時過ぎに、かずあんちゃんが
「起きれ」
と、朝ご飯を持ってきてくれた。
シイラのお刺身と、塩漬けウニをのせたおにぎり。
「朝はやっぱりご飯じゃないと、元気がでんとよ。」

私はのろのろと起き上がり
かずあんちゃんが持ってきてくれた朝食を食べた。
おいしい・・・。

おいしいけれど、カラダが眠りを求めてる。
やっぱり、疲れてるんだなぁ。
眠たくてしょうがない。

一通り食べ終わった後、
私はまた布団にもぐりこんで眠った。

こうして、誰かが何かをやってくれることを
ただひたすら享受するだけなんて
子供の時以来かも知れない。


今日は野崎島に向かう日。
午後2時過ぎに、ターミナル集合。
昼少し前にはなんとか目も覚め、起き上がり
身支度を整えることができた。

そして再び、かずあんちゃんからお呼びが。
今度は昼食の誘い。
朝食を食べた後、寝るしかしてないのに
おなか空いてるよ、私。
どういうことだ。
かずあんちゃんちまでおかべっちと歩いて行き
朝食べた刺身をしょうゆに漬けたもの
そしてシイラの煮付けをいただく。
ああ、なんておいしいのだろう。

かずあんちゃんは、その夜の刺身まで
ちゃんと盛り付けて用意してくれていた。
「レイナはようやらんから。ホンマ、なんもせんから。」
と、いつもレイナちゃんのことはけなしてばかりだけれど
言葉の裏側に愛情を感じる。

2時過ぎにレイナちゃんが車で迎えに来てくれ
私たちはターミナルに向かった。

集まったメンツはレイナちゃんとゲストのおかべっちを含めて9名。
もうすでにみんな揃っていて、予定通り野崎行きの船に乗り込んだ。

野崎までは六島を経由して30分ほど。
小さい船で飛ばすので、ジェットコースターに乗っているみたいだった。

野崎島は過疎のため 30年前から無人島。
今は野生の九州鹿500頭ほどが、増えも減りもせず生息しているそうだ。
平成元年に自然環境を体験学習できるレジャー施設として
島の廃校を利用した「野崎島自然学塾村」が開設された。
レイナちゃんはここで行われるキャンプのことを
テレビ番組で見たのがこの五島に出入りするきっかけになったと言う。

野崎到着後、おかべっちとレイナちゃんは荷物を運ぶため
軽トラで先に自然学塾村へと向かった。
残りは徒歩で、野崎は何度か来ているというYちゃんが道案内をしてくれた。
港からしばらく続く道沿いには
かつては人々が暮らしていた家が残る。
鹿が、興味深そうに私たちを見ている。

まずは目的地と反対の方向へ歩いていく。
「アフリカのサバンナみたいなところがあるんだよ」とYちゃん。
確かに。
10分ほど歩いた先には、鹿が群れをなして走っている平原。
おかべっちが船から「あの辺、アイルランドみたいなんだ」と言っていた場所。
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私は鼻をぐじゅぐじゅいわせていたので
みんなから「大丈夫ですか」と声をかけられる。
においを感じられないのが残念なだけで、意外としんどくはない。

そしてまた元の道に戻り、自然学塾村へと向かった。
軽トラがギリギリ走れる細い道をテクテク歩いていくと
眼下にはコバルトブルーの色をした海が広がってきた。
キレイとしか、言葉で形容しきれないのがもどかしいぐらいの美しさ。

学塾村までの道のり、何度も何度も足を止めて
海に目をやる。
写真も、撮っても撮ってもキリがない。

港からおそらく淡々と歩けば15分ほどか。
ノロノロと歩いた私たちはおそらく30分以上かかったはず。
ようやく自然学塾村にたどり着く。
その向こうには、野首天主堂。

まずは部屋に荷物を置いて、お茶とおやつでほっと一息。

そして、ほどなくハープコンサートの時間になった。
切り立った丘にひっそりと建つ天主堂。
中に入ると、夕陽を写しとったステンドグラスの光が
差し込んでいて、なんとも厳粛かつ静粛な気配。

まずはレイナちゃんから
この周辺、野首集落についてと天主堂についての説明を受ける。


野首集落と天主堂について (こちらから拝借いたしました。)

野首は宝永元年(1704)、小田傳治兵衛重利が拓いたが
一八〇〇年代に新天地を求めた隠れキリシタンが移り住んで
集落が形成された。
浦上天主堂で信徒発見があった翌年の慶応二年(1866)には
野首と隣村の舟森から四人が浦上へ赴いている。
平穏に続いた生活も明治二年(1869)、禁制のキリスト教徒である事が発覚。
全員が役人に捕縛され小値賀本島前方村筒井浦に連行拘留の後、
平戸に移送され改宗を迫る拷問を受ける。
翌年、釈放されて帰り着いた村人たちには、
荒れ尽くした家々だけが残されていたという。
明治六年キリスト教解禁。
信仰の自由を得た野首・舟森の人々は教会建設を決意する。
村人は貧困の中で力を寄せ合って資材を調達し、総出で運搬などの作業に従事。
明治四十一年、待望の教会が完成。
この建物は教会建築史上著名な鉄川與助の初めてのレンガ造り教会である。
昭和四十六年、過疎のため百七十年近い集落の歴史を閉じ、
今は廃屋の形さえなくなった野首集落。
その真ん中に建つ教会は、弾圧と極貧の中で守り続けた信仰の象徴であり、証しでもある。


そして、そのままおかべっちのハープを奏でる時間に入った。
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小さな天主堂に響くハープの音。
今までいろんな場所でおかべっちの音を聴かせてもらったけれど
一番、美しいかもしれない。
あれだけ寝たにもかかわらず、気持ちよさでまぶたが重くなってくる。
3曲目ぐらいからストンと眠りに入ってしまった。
そんなに時間は経っていないけれど、それはそれは深く入り込んでいた。

鳥のさえずりと風
という曲は、私も大好きな曲で
おかべっちにとっても、代表曲といえる曲だそうだけれど
私はこの曲を聴くと、胸がいっぱいになる。
宇久島のあの家で、私がリズムを歌って
「この曲弾いて」とリクエストした時の情景がいつも浮かんでくる。

宇久で聴いて以来、ご無沙汰していて
8ヶ月ぶりの5月に聴いた時は涙が出たけれど
今回は泣くこともなく、ただ弦の音が何十にも重なって聴こえて
音の粒子の中に境目もなく自分がいたようだった。
瞑想というか、ちょっとしたトランス状態。

夕陽がステンドグラスの色を写しとって堂内を照らす。
何もかもが美しくて満たされていた。

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コンサートが終わって、みんなは夕食の支度へ。
私は、またベッドに入って一眠りさせてもらった。


夕食は小値賀の特産品ばかり。
何もかもが本当においしかった。
生野菜がおいしいのってシアワセだ。
私は、きゅうりをこの数日で一年分ぐらい食べたような気がする。

夜は、みんなで砂浜まで星を見に行った。
星座の見分けもつかないほどの満天の星空だった。
海風にあたりながら、私の体の中から
いろんなものが溶け出していくのを感じた。
風邪をひいていて、普段だと「やめておいたほうがいい」と言われる行為だけれど、
こうして潮を含んだ風にあたっているとカラダの中で滞ったものたち
何もかもが流れていく気がした。


部屋に戻って、レイナちゃんとおかべっちと3人で少し話をしたが
そういえば、レイナちゃんは亡くなった彼の話に触れることもなく
淡々と、こんな時間がたびたび持てればいいなと言い
私たちも、また関西からみんなを引き連れてここに来るよ
と言い合い、0時過ぎには眠りに着いた。
これだけ寝たからすぐには眠れないかも
と思っていたのに、あえなく私は深い眠りについていた。

野崎島の写真
http://fotologue.jp/ametsuchi

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小値賀に到着

佐世保ではおかべっちが演奏をさせてもらったことのある
ギャラリーで休ませてもらった。
(これが後々、ちょっとした騒ぎになってしまうのだが)
松浦鉄道(通称MR)で30分ほどか、大学という駅から少し歩いたところにある
そのギャラリーは、バルコニーから川を望むことができ、
古道具をセンスよく配置した気持ちのいい空間だった。


佐世保に着いた頃から、風邪を発症。
月曜日辺りから喉の辺りに違和を感じていたのだが
その前からのバタバタを終えて、
こうして旅に出るという体のゆるみからか
喉の辺りに巣くっていた菌たちが動き出した。
喉の乾燥から、まずは鼻水とくしゃみ。
夜中3時ごろに休んで、起きたのは7時ごろ。
ぼんやりとした頭をかかえたまま起き上がる。
大丈夫かなぁ、私。
熱を出してしまいたい気持ちと
もう何年も出してないし今回も出ぇへんやろという気持ち
今出たらやっぱりしんどいし困るなぁという気持ち。

それでも、佐世保駅前のスーパーで
ビールとおやつを買って、船に乗り込む。
体の状態もいまいちだし、こりゃそんなに飲めないなと思い
一缶しか買わなかったのに、結局船の中でもう一缶。
どこまで酒飲みなのか。
朝から一酔いして一眠りもして、2時間半の船旅。

船はまず宇久島の港に着いた。
佐世保からしてそうなのだけれど
そのまま、あの9月の旅の続きのようだった。
船からは滞在させてもらった家も見える。
変わったことはたくさんあるのに
あの日から何も変わっていないように思える。
ほどなく再び出港。
野崎島を横に見ながら、30分後に船は小値賀の港に着いた。


小値賀のターミナルに、レイナちゃんの職場がある。
船を降りてそのままレイナちゃんに会いに行く。
久しぶりの対面なはずなのに、なぜか
まるで昨日も会ってたかのようだ。
でも、レイナちゃんの顔は、見るたびいつも違う。
顔がスッキリして見えた。
車を佐世保においてきたので
ひとまずレイナちゃんの職場の社用車で、レイナちゃん家まで届けてもらった。

そして、「会わせたい人がいるんですよ」
と近所に住むレイナちゃんの友達だという人のところへ連れられていく私たち。
おかべっちは前にも会ったことがあるらしく
「小値賀のジャイアンだ」と笑う。
かずあんちゃんの家の前で「かざんちゃん」と呼ぶレイナちゃん。
だいたい呼び名はなまって縮まる。
その、小値賀のジャイアンかずあんちゃんは
ジャイアンという風貌でもなく、書いたような下まつげがかわいい人だった。
かずあんちゃんから軽トラを借り、
私とおかべっちは、島の空気と時間にまずは体を慣らしていくために
そのまま浜崎鼻という場所まで向かった。
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浜崎鼻はキャンプ場とゴルフ場になっていて、
地元の人の憩いの場だ。
向かいには、宇久島が見えた。
できるだけ近づいてゴロンと横になる。
 ここまで帰ってきたよ
と私は姿の見えない彼に言った。

大きく息を吸って吐く。
鼻水とくしゃみを繰り返しつつ
それでも、どうにもしんどいという感じはなく
しばらくぼんやりと海と空を見ていた。

約束の時間、4時半になり
おかべっちが「戻ろう」と声をかけてきた。


かずあんちゃんの家まで戻ると
がすあんちゃんは、家の前で魚をさばいていた。
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かずあんちゃんは、もくもくと魚をさばいて切り身にしながら
きゅうりを私に渡して「切って」と言った。

そして、鼻をグズグズさせている私に
風邪薬を渡してくれた。
何年ぶりだろう、風邪薬なんて。
この際、ありがたく頂戴する。

まわりには猫が3匹。
切り身のはしっこや骨を与えてもらって
むしゃむしゃと食べている。

魚を盛り付けた皿をかばんに入れて
私に「横にしないように持ってね」と渡し
もう一人、そばにいたさだあんちゃんと
そしておかべっちと4人、車に乗った。

車で少し走ったところで、酒屋に寄り
ビールを買い込んだ。
そしてまた車で走る。
何しに、どこまで行くんだろう。

車に10分ぐらい乗っただろうか。
着いた先は、番岳園地という広場。
小値賀の中で見晴らしのいい場所らしい。
(樹木に隠れて海はよく見えなかった・・・)
そこで地べたに座り、さっき買ったビールと
持ってきた魚を広げた。

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「外で食べる方がおいしいから。二人で全部食べて」
とかずあんちゃんは言った。
魚はいさきと言って、この時期一番の旬。
特にこのあたりで獲れるいさきは潮流で身がしまり
高い値で取引されるそうだ。
「さばいてすぐがおいしいから」と、私たち二人のために
用意してくれた。
「でもね、ボクは漁師じゃないの。大工。この人は漁師。」
とさだあんちゃんを指差した。

さばいたばかりのいさきは、今まで食べたお刺身にはない甘さがあって
それはそれはおいしく、二人でペロリと平らげてしまった。
「魚と酒が好きだって言うんなら、大歓迎だ」と
かずあんちゃんは笑った。

一通り飲んで食べた後は、レイナちゃんちまで戻り
残ったあらと卵で煮つけを作ってくれた。
これがまた絶品だった。
どうしてここまでしてくれるんだろう
と思ってしまうぐらい、私たちは毎食、
かずあんちゃんの厚いもてなしを受けることになった。
「喜んでもらえるならいい。」

小値賀の言葉は、また長崎の言葉とも違っていて
こうして書き出しても私には再現できない。
惜しい。

その夜はさすがに疲れて
9時過ぎから眠たくてたまらなくなり
早々に眠りについた。

Category : 長崎
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出発

五島列島に初めて行ったのは去年の9月。
五島列島の最北端、宇久島に4泊5日。

何にもないけれど
余計なものが何にもないから
海も山も輝いていたあの島は
私にとって忘れられない特別な場所になった。


去年4月、ウチでハープのホームコンサートを開いた時
京都で知り合ったレイナちゃんが遊びに来てくれて
レイナちゃんとおかべっちがつながった。

レイナちゃんは、数年前から小値賀と野崎、宇久に出入りをしていて
この春からとうとう小値賀島に仕事を見つけて住むようになった。

前回9月は、宇久でハープコンサートを企画しているというレイナちゃんの話を聞いて
行こうと決めた。
この、なんだかわからないけれど「行ってみよう」と
思う時は、たいてい「そうしてよかった」ということが多い。
理由なんてないのだ。
上昇気流に乗っかるだけ。
それまで五島列島がどの辺りにあるかも把握していなかった。
ただ、レイナちゃんの話を聞いて、行こうと思った。
3ヶ月前に亡くなった私の彼も、出発3日前に行くことを決め、ついてきた。
その時に小値賀も野崎も渡るつもりだったのが
私たちより一日遅れて来た彼が大波による船酔いがひどくて
疲れているからゆっくりした方がいいと思い
私と彼は宇久に残り、おかべっちとレイナちゃんは野崎に渡った。
無人島になった野崎に遺された天主堂の話を
帰ってきたおかべっちに聞いて今度は絶対行こうと思っていた。

私と彼にとっては、島の自然はもちろんのことだが
二人で過ごせた時間がまた特別で
いつかまた宇久にただいまと言おうねと話をしていた。
またみんなで島に渡れる日がある
そんな日はあたりまえに来ると思っていた。


今回の島行きの目的は、レイナちゃんが勤めるおぢかアイランドツーリズムが主催する、
野崎にあるキャンプ施設で宿泊滞在して
天主堂でおかべっちがハープを弾くというイベント。

おかべっちはハープ4台を乗せて車で行くというので便乗させてもらい
交代で運転して、佐世保まで向かった。
大阪を3時に出発して、佐世保に着いたのは夜中の2時だった。

おかべっちとの会話はとても自然だ。
何を話そうと気負うことなく、すっと言葉が出てくる。
考えていることはだいたい同じだ。
話すことがない時は、無理に言葉を交わさなくてもいい。
そしてまたフッと言葉が湧いてきて、キャッチボールをするように
言葉が行きかう。

同行中、何度か「ご夫婦ですか?」と聞かれた。
「いえいえ、友達です」と返すと
みんな合点の行かない顔。
ええ年した男女が、二人旅できるなんて
確かにそうそうあることではないか。
でも、男だからとか女だからとか、
できればそんなことはさほど意識せずにいきたいということはよく思う。
(欲望を感じる相手であるかないか、という差だけなのね。
私の中にある男女差って。
こういう意識の持ち方は相手に勘違いをさせたりすることにつながりやすいのだけれど
男女を超えた友人関係を築けたら楽しいと思うなぁ・・・まぁ確かに難しいもんだよね。)
そういう意味では、おかべっちは稀有な存在なのかもしれない。


車の運転も快適で
道はスイスイと開けていく。
その日ぽっかり浮かんだ太陽は、
霞の中、まるで月のようなやさしい光を放ち、
惑星のような立体感を持っていた。

関門海峡を越える時、胸が躍った。
「九州」の文字が案内板に標示されている。
九州、その響きを聞くだけで私の中の細胞たちが
ざわざわと動く感じがする。


大阪を出発して11時間後、佐世保に着いた。
佐世保で一眠りしてから、朝10時40分発の船で島に渡った。

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Category : 長崎
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ただいま 帰ってきたよ。

nozaki2.jpg


ただいま。
今日の昼過ぎに帰宅しました。
携帯も圏外で、仕事放棄。(笑)
その間も電話くださった方、あったとは思いますが
ごめんなさい。。。



五島の海は、やっぱり言葉にならないほど美しくて
そして、長崎で出会った人、ものたちから
私は本当にたくさんのものを受け取らせていただきました。

そう、ひたすら受け取るだけの日々。

人はやさしく、
自分が持っているもの全てで
私たちを喜ばせようとしてくれ
海も
風も
鳥のさえずりも
雨も
太陽の光りも
ただ自然とそこにあって
私はただただ身を任せて安心しきっていられた。
こんなの本当に初めて。

うまく流れに乗り
ひたすら、身をゆだねていたら
京都に帰り着いていました。


ありがとう。
私の中のひび割れた部分とか
欠けていたピースが埋まった気がする。
本当に、よかった。
長崎に行けてよかった。
あそこは、もう、ふるさとと呼ぼうと思う。



長崎で過ごした時間のことを
また書いていこうと思います。


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再び、風に乗って

東京から戻って、なんとなーく慌しい毎日。
忙しいってわけでもないのですが。
「書くこと」も降ってこなくて、このブログも停滞してますなぁ・・・。


私は週に一日、小料理屋でバイトをしているのですが
別に稼ごうというわけではなく
今自分がしている仕事以外のところで人の流れみたいなものが見たくて
ということで始めたのですが
先日来て下さった方が
一人では苦しいが故に掛け持ちでバイトしていると思われたのか
まぁ、あとはアロマと気功という組み合わせで
なんとなくつながりを感じたのか、
今日、高槻で医療気功をされている方をご紹介してくださいました。
あはは。おもしろい。
なんだかおもしろいのよー。
どんぶらこと流れに乗っちゃえ
というのが、今までの私で
実際、それでここまできちゃったし
今回も
かどうなのかは、まだわかりませんが
こういうつながりは、なんだか大事にしたいなと思うわけです。



明日から、また旅に出ます。
五島列島の小値賀島、野崎島。

先々週と同じ日程で、また明日の昼過ぎに出て
火曜日に戻ります。

また濃い旅になりそうです。
ではでは、行ってきます。


Category : いつものこと
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