空模様

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Posted by チエ on  | 

ピタゴラスイッチ♪

ピタゴラ装置DVDブック 2 (2) ピタゴラ装置DVDブック 2 (2)
(2007/04)
小学館

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今頃、な話題なんやろうけれど。

ピタゴラスイッチの
装置DVD2を貸してもらった。
うおお。感動。
これは、これは・・・
トムとジェリーの世界だよね!
ゴロゴロと玉が転がって
トーストが焼けて、目玉焼きが焼けて
ああー めっちゃ好き、こんなん。


ああーん。
ちょっと調べたら、私が好きなのも当然な感じ。
はまる、はまる。

知ってる人は当然知ってるだろうし
ホント、今さらな話題。

これ、テレビでやってるって贅沢よね。
今までほとんど見てなかったけれど
テレビ、見たくなっちゃった。
(でもさー やってる曜日とか時間とか
すぐ忘れちゃうのよね)



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生と死とその種

多分、去年の春過ぎ頃から、
私は「死」についてかなり書いてきた。

確か、5月にキハラさんが
来てくれた辺りから。

キハラさんと話すことは
「死」に関することが多かった。
彼女が看護師だったことも大きいと思う。
今までの記事の中で
キハラさんというカテゴリを作ったりしたら
かなりの頻度で死の話題のはずだ。

今、5月の日記を読み返してみた。
5月23日に初めてキハラさんと出会っている。
その前の記事が、私と彼の出会った日だ。
彼の書き込みが残っているのがなんだか懐かしい。
(懐かしい、と今は思えるなぁ・・・)

それから、会うたびに
私とキハラさんの間には
いつも「死」がまとわりついていた。
11月に会った時も、12月に会った時も
少しだけ近い人が亡くなったことで
「死」についての話をしていた。
11月のこともこのブログに書いている。

そして今回も、キハラさんは私のそばにいてくれて
淡々と私の話を聞いてくれていた。
私もそのおかげで、とてもラクになれた。
本当に感謝している。

まるで、これまでキハラさんと話してきたことは
今回起こったことの伏線のようだったなぁと思う。

出会って亡くなるまでの一年足らず、
彼の意識は認知していなくても
魂は死ぬことを捉えていたかのように彼は動いていた。
私自身もそうで、私も表層では
全く意識していなかったけれど
この流れだけ思い返すと
私自身の魂も
こうなることを予知していたかのようだなぁ
と思う。



年末、Nと会った時に
「約束している友達と会いたくないねんけれど
どうしようか迷っている」という話を聞いた。
「そういう時、私はいつも死を考えるねん。
その人と会えないまま死んでしまったら後悔するか
しないか、というレベルで考えてみる」
と私は言った。

それは、自分自身の死
を前提とした話だった。
そんなふうに、私は
身近なところに「死」を置いて考えるのが
割と習慣になっていた。

でも、そんな想像はあくまでも想像で
実際の経験は想像を絶する。

そんなふうに考えていた私に、
今回のことは実は私の奥底で願っていたことで
「じゃあ、実際経験してみれば?」
と叶えられたことだったのかなぁ
とも思ったりした。
彼が死ぬことを望んでいたわけではもちろんない。
けれども、願いというのは
思いがけぬ形で叶ってしまうこともある
と知っているから。

今日はみすずちゃんのところに髪を切りに行った。
先日、あやのちゃんに会いに行った話をすると
「チエちゃんは、そうやってずっと
誰かとつながり続けているところがえらいなと思う」
と言われた。

こうなった今でもやっぱり
人に会いたい
と思う根底には
このタイミンクで会わなかったら
何かあった時に後悔するかも
という想いがあるのだと思う。





身近な死を経験していない友人たちは
私になんて言葉をかけていいかわからない
という。

そうだね。

そりゃ、こわいと思う。

死自体が怖いものだったりと
忌むべきものだったり
ただ悲しいだけのものであるならば。

また、ヘタなことを言って
私を傷つけたくないと思ってくれている気持ちも
よくわかる。


だけどね。

いつかは、誰も死ぬんだよね。
それはちゃんと捉えておいた方がいい。
見ないようにしてはいけないと思う。

死があるから、生きていることが
よりリアルに浮かび上がってくる。
これは、私が経験したことだから強く言える。
(あ、実際に私自身は「死」を経験してはいないけれども。)

先日、竹富の帰りに横の席だったTさんに勧められて
納棺夫日記/青木新門著を読んだ。
遺体を棺桶におさめることを生業としている方の随筆だが
その本には、死自体が光だから
その光によって生が照らされると書かれてあった。
(今、人に貸しているので
もうちょっと違う表現だったと思いながらも
確認できない。。。でもこんな感じだった。)


先日、亡くなった鈴木ヒロミツさんが
死ぬことがわかってこんな言葉を遺された。

**********

お別れ前に、一つだけ生意気を言わせてください。
皆さん、これからの人生を、どうか楽しむために生きてください。
人にはそれぞれ願いがあると思います。
でも、目的が何であれ、笑って、笑って、
腹の底から笑えるような人生を送って欲しい。
僕はね、死を前にして、はっきり思ったんです。
人生とは楽しいものだと。だから、どうか、楽しむために生きてください。

**********



死があるから
私たちは生きている今この瞬間を
輝かせていく。

私自身も、今回のことを経て
さらに、もっと自由に生きていける気がしている。
自分の人生をもっと楽しいものにしていく。



悲しいけれど、本当に多くのことが
私の中に入ってきた。
うれしい気持ちもある。
悲しさに内在する喜び。
喜びの中に潜む悲しみ。


人とのつながりも
そして自分の感情も
えんえんと途切れることなく
それはまるで、エッシャーの不思議絵のようだ
とつくづく思う。


これからも、まだまだ私は
生きていること
死ぬこと
同じところに置いて、生きていくのだと思う。


今回、
私の書いたことを読んでくださった方
いろんな方が、何かしら感じた
と言って下さったり、メールを下さったりした。

私は、自分のことしかわからないし
自分のことしか語れない。
人にわかってもらおうなんて思ってもいなかった。
自分のことを語ることで、
他の誰か、それぞれの中に
種がまかれる。
芽が出るものもあれば、でないものもある。
ただそれだけのことなんだと思っていた。

それを、ある人は
「みんなの中に、もともと種はある。
発芽条件が揃わないと芽は出ないし育たないんですよね。
僕のしていることは、その種が芽を出すための
湿度だったり水だったりすると思うんです。」
と言った。

そうだね。
誰の中にも種はある。
全て自分の内側に揃っている。


私の書いたことが
誰かの中にある種を発芽させるための
水や暖かさになれば幸いだ。

Category : いつものこと
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京都の平熱

キハラさんにおもしろい本を貸してもらった。
まだ途中までしか読んでいないのだけれど
間違いなく最後までおもしろいと思える本。


京都の平熱  哲学者の都市案内 京都の平熱 哲学者の都市案内
鷲田 清一 (2007/03/21)
講談社

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この感覚は
あの、中沢新一氏のアースダイバーの時と
同じだ。

やっぱ、京都好き。
住んでてラクチン。
ええよなぁ。


私が住んでいるのはいわゆる京都といわれる地の
はしっこ南区なんだけれど、
(伏見区もあるので正確にははしっこではないけれど
なんというか、盲点・・・
いや、適切な言葉が今思い浮かばない。
ブラックスポットというか。
まさしく、灯台、いや京都タワー元暗し。)
そのはしっこから鴨川沿いをえんえん遡るのって
めちゃくちゃ楽しくて
きっと、これは端っこに住んでいるが故の楽しさだと思う。
決して負け惜しみではなくて。

京都をはしっこから客観的に眺めつつ
主要な鴨川沿いを満喫できるなんて
すごい贅沢だと思う。
真ん中に住んでいると、その周りしか行かないよねー。
(実際、十条から自転車できた
と言うと、ええーって一様に驚かれる。
みんな南区ってすごく遠くだと思っている。
たかが自転車で2,30分の距離だよ。
京都の人の距離感って、めちゃくちゃ狭いの。)


ここに住んでから
私はすごくラクに呼吸ができている。
ただ、独立したことだけが
理由ではないはず。
この本を読んで、さらに腑に落ちる心地。

さてさて、続きを読みたいところだけれど
明日は早いのでもう寝なければ。



********

お店のこと。

5月1日から、エサレンボディワークの
施術時間と料金の変更を一部行います。
メニューのページ参照ください・・・。
なにとぞご理解をお願いいたします(_ _ゞ

********


Category : 京都
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素足

breakfast.jpg



裸足ですごせるようになってきた。

窓を開け放しても寒くない。
気持ちがいい。
空気の匂いも変わってきた。
有機的な、水と土を含んだ香り。

朝は、コーヒーとパンとスープ。

この時期は開け放した窓から足を投げ出して
小さな庭を見ながら縁側でぼんやりするのがいい。

もうすぐ蚊が発生するから
短い間だけれど
この開放的な感じをしばし堪能する。


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島で出逢えたもの

take17.jpg


竹富に行くと決めたのは2月の初めだった。
私が属している気功協会の人たちと一緒に行く島への旅。
久しぶりの青い海が見たくてという単純な理由だったのに、
出発する頃には、行く目的がすっかり変わっていた。

2月末、私にとって大切な人が突然、
この世からいなくなってしまった。

ヒトコトでは言い表せない日々が続いた。
いろんな感情を味わった。
その先にあったのが、竹富行きだった。
いっぱいいっぱいだった頭の中をポカンとできればいいなと思い
向かった旅だったが石垣島に着いたぐらいから
ずっとずっと気持ちがすごく重かった。

多分、いつも、どこかに行ったら
着いたよー
と、報告のメールをしていたからだと思う。

無意識にメールしようとする自分がいて
そのつど、もういないんだ
メールしても届かないんだ
と打ち消す。
その意識は瞬間的にだけれど、
何度も何度も波が来る。

竹富に着いてからは、その振幅が激しくて
とても苦しかった。
竹富の色が鮮やかすぎて。
それを伝えられなくて。
彼がどこにもいないことに向き合うのがつらい。
何を見ても泣きそうになる。
涙は出ないから余計にしんどかった。


2日目の夜、みんなで泡盛を飲んだ時に
7年前にご主人を亡くされたHさんが
亡くなってからの方が、より近くにいる気がする
とおっしゃっていた。
Jさんは、亡くなったお父さんの写真を飾っているけれど
写真の顔が違うことがあるとおっしゃっていた。
怒っているような顔をしている時もあれば
うれしそうな顔をしていることもある、と。

3日目に知り合った、自分でデザインした服を売っている店の女のコ。
その時、持ち合わせがなかったので
本当に欲しかったらまた明日来るねとその日は別れて
やはりその服が欲しくて、というか彼女に会いたくて
次の日郵便局でお金を下ろしてまた店を訪ねた。
やたらと意気投合して、会話が進む中で
実は同い年だということがわかり、さらに話に弾みがつく。
一緒に飲みたくなり、向かいの店に場所を移して
ビールで乾杯、彼女の泡盛も登場。
食事の時間をオーバーしても、話し込む。
そしてやはりここでも「死」の話。
数年前に母親を癌で亡くしている彼女と
今回同行した、やはり8年前に母親を亡くしているAちゃんと
そして、つい最近、私が体験した身近な死。
彼女は、言う。
「写真飾ってるんだけど、いつも顔が違うの。」
そして、いつも母は自分の中にいる、と。

沖縄はどこもたいていそうだけれど
ここ竹富もやっぱりそうで
生と死がいつもそばにある。
「死」が近いからこそ「生」がリアルだ。

3日目の夜、おなかにてあてをしてもらっていた時に
彼の顔がずっと浮かんできて
私は本当に彼に対して、何にもしてあげられなかった
ととても悲しくなった。
ちゃんと受け止めてあげられなかった自分を責めた。
しゃくりあげて泣いた。
みんながいる場で、心配されるのが気になって
大声はあげられなかったけれど
本当はそんなの気にせず泣けばよかったんだね。

彼はもういないんだな。
死んじゃったんだな。

出てくる涙を流したいだけ流したら
死に顔も見ることができず、
ずっとリアリティのなかった彼の死がリアルになった。


帰りの飛行機の席は
2月初めに奥さんを亡くされたTさんの隣だった。
Tさんにとっては四十九日が明けて、一息つくための旅。
奥さんの話、思い出として話すにはまだまだお辛いことだろう
と思いながらも、いろいろ伺った。

彼が死を選んだ理由を
わかってあげたくないような
わかってあげたいような半々な気持ち
と私が言った時に
Tさんは
「あなたがわかってあげなきゃ」
と言ってくださった。

死は
遺された僕たちが
そこから何かを学ぶことなんだ
と。

私のチューニングがそこにあってるからなんだろうけれど
終始、「死」が話題になる旅だった。


その時々、出てくる感情を味わいつくす。
今回、自分を責めるがために出てくる涙を
私はひとしきり流すことができた。
自分を責めないで、と何人もの人に言われていたが
どうしたって、あの時ああしておけば何かが違ったかも
という想いは出てくる。
抑えようがないほどに。
そして泣いて泣いて、泣き尽くすまで泣く。
その時々、出てくる感情を味わいつくす。


やりたいことをやる。
全力でやりきる。

すると、また次に向かうエネルギーが湧いてくる。

竹富で感じた影の中から
私は、また光を見つけ出すことができた。
それからは、ゆったりとした島の空気に包み込まれた。
ウタキでしばし座り込んでいると、自然と一つになる心地がした。
彼が遺してくれた私への想いと共に。


4月16日は、彼が亡くなってから四十九日目にあたる日だった。
こうして穏やかに、そしてシアワセな気持ちで過ごせているのも
あの竹富での涙があったからこそだと思う。
さまざまな感情と向かい合うのに、
49日というのはなんとも絶妙なタイミングだと思う。



私、ホンマに気功に出逢えてよかったと思う。
すごいプロセスを経てる。
すごーく、深く
自分の中に、何かが入り込んできてる。

私もまた新しい旅が始まるんだなぁと
今しみじみと思う。

http://fotologue.jp/ametsuchi/

Category : 旅日記
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上賀茂神社の紅枝垂

shidare.jpg


この春は、上賀茂神社によく行った。
桜もそろそろクライマックス。
今日は、咲き誇っているだろう紅枝垂を見に行ってきた。


上賀茂神社にはいい気が流れているなぁと思う。
ここのところ、連日訪れて
そのたびに思う。

そして、近くの太田神社も
ひっそりとした、清浄な空間。
来月には杜若の群生が見られる。

京都の花を追う。

なんて贅沢なことだろうと思う。

http://fotologue.jp/ametsuchi/

Category : 京都
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もみじの若葉

まだ竹富のことを書ききっていないのだけれど。。。


今日は、夕方から曼殊院へ。


このあたりの長閑な雰囲気が好きだ。

時間的なこともあるだろうが
今日も、訪れているのはほんの数人。

ハラハラと散る桜を見上げる時には
私一人だった。

もう桜の花は半分ぐらい散っている。
風になびいて散る様がなんともはかなく美しい。
時折、ザーッと風が吹く。
樹々がさわめく。
芽吹いたばかりの薄緑色したもみじの葉が私を囲む。

風の音を聞きながら
絶対的な安心感に包まれる。

ただ、満ちて幸せな私がいた。

自然と一体になる、
いつだって、見守ってくれる何かがそばにある。

一人じゃないんだな。


胸に暖かいものを感じながら
帰路に着いた。

wakaba_momiji.jpg

Category : 京都
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京都の桜

父が定年退職を迎えた後
両親揃って、よく歩いているらしい。
しかも毎回とんでもない距離を歩いている。
今は西国街道をえんえんたどっているらしく
今日は長岡京から羅城門跡まで。
今日で西国街道終点?起点?到達らしい。
そして、そのまま、夕方ウチに立ち寄ってくれた。


珈琲を飲んで少し休憩してもらった後
車に乗せて、鴨川から賀茂川沿いを走り、上賀茂神社まで。
すばらしい桜並木を横目に、とても気持ちのいいドライブ。
本当に、この時期、京都はすばらしい。極楽だ。

川沿いを歩く人たちはみないつもシアワセそう。
一人でいる人も、みんなでいる人も
ペットと歩く人も、楽器を奏でる人も。
この川はまぎれもなく京都の人の誇りで
私もここがあるから京都が好きだと言える。


今の、JR東海の「そうだ 京都、行こう」のポスター
上賀茂神社だけれど、あの写真は
どうにもうまく撮れすぎている。
kamobetsurai.jpg


紅枝垂も、五部咲きぐらい。
来週辺りが見ごろかな。


帰りは、今出川通りにあるぐろっと
父にごちそうになる。
車だから飲めないのが惜しい。

気持ちのいいシアワセな一日。
今年の桜はなんだか特別に見える。

http://fotologue.jp/ametsuchi/

sakura2007.jpg


ミラーの汚れ、父の言う通り
キレイに拭けばよかった(笑)。

Category : 京都
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島の道

michi4.jpg


竹富の道は、白い珊瑚でできた道。

毎朝、島の人たちがきれいにしている。

本当にきれいな道。


観光客のため
ではなくて
この、島を大事にするという感覚は
ずっとずっと昔からあって
こうしてみんなで協力してやっていくことを
「うつぐみ」という。


島のビジターセンターに書かれていた言葉。

石を積む時は削らないで組み合わせる。
揃えるところは揃える。

大きな石、小さな石、形の良い石。
石一つひとつにそれぞれの形があり役割がある。

どの石をどこに使うか、
表に使うか、裏に使うか、基礎に使うか、上に飾るか、
それを見極めて積んでいく。

野面積みを見ると、うつぐみの精神だなあって思う。

みんなをいかす。


「かしくさや うつぐみど まさる」


本当に美しい島。
景色だけではなくて
人々の心も。

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umi.jpg

いつ見ても、海はいいなぁと思う。
波の音も、心地がいい。

本当は、日がな一日
海を眺めて
ビール飲んで
時々寝る
というのを思い描いていたのだけれど
風が強くて寒くて
できなかった。
結局、水着も着られないまま。

やっぱり、夏に
また来たいなぁ。


http://fotologue.jp/ametsuchi/

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島の食べ物

yarabo.jpg



何を食べてもおいしかった。

上の写真は、やらぼという店の
名物「海老入り野菜ソバ」。
1500円という強気な値段だけれど
それぐらい払ってもイイ。
とってもおいしかった。
海老は頭から尻尾まで、スープまで残さずいただいた。
これにオリオン生ビール。
昼食に2100円とは(笑)。


あと、特筆すべきは
島の台所「とーら」という店のおやつ。
紅芋コロッケは絶品。
サータアンダギーがあんなにおいしいものだとは知らなかった。
おにぎりも、黒糖蒸しケーキも
何もかもがうまくて毎日通った。
しかも最終日は、10時には宿を出なくてはならないので
10時開店のところを無理言って9時半にしていただいた。

店のおばちゃんが
「子供がコロッケを予約して」とおばぁに言っていたけれど
どうも子供というのは私たちのことらしい(笑)。

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島の草花

hibis.jpg


竹富は一年中花が咲いているらしい。

行った時もいたるところ花だらけ。
鮮やかでとても美しい。


近寄って、何枚も写真に収めた。

植物たちはみな生命力にあふれていた。

クワズイモはいたるところで見た。
街中のフラワーショップでもよく見かけるけれど
たくましさがまるで違う。
ポトスも、すごく大きくなるんだな。

全てがおおらか。
パワフル。

http://fotologue.jp/ametsuchi/

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竹富島から戻りました

wave.jpg



昨夜、無事帰宅いたしました。

4泊5日、ずっと竹富滞在で
ずいぶんとゆっくりさせていただきました。

またちょっとずつ、旅の間にあったことを
書きます。



こちらに帰ってきたら桜が見事に満開。
さっき、鴨川から高野川沿いの桜を見てきました。
とってもきれい。
明日もあらためてお弁当を持ってお花見に出かける予定。

s9.jpg


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