空模様

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Posted by チエ on  | 

春の花

haru.jpg


免許証の更新へ。
京都府の運転免許試験場はえらく中途半端な場所にあって
最寄り駅からバスでいずれも30分ほどかかり
そのバスも一時間に1、2本しかないとか。
ならば自転車で行ってしまえと、
自転車で1時間弱ほどこいで行って来た。
去年、駐禁と通行禁止違反をしてしまった私は
とうとうブルーの免許証に。
しかも、今度の更新でもまたブルーなのが今日わかってがっくり・・・。
(過去五年にさかのぼって、だからね。
今までずっとゴールドだったのになぁ・・・。)
しかも、免許証の写真がイケてなくてホンマいややわぁ・・・。


今日の京都は最高気温16℃。
春のような、というよりももうすっかり春だった。
日差しがきつくて、2時間以上も自転車こいで
焼けたんちゃうかな・・・。

なんか、踊り出したくなるような陽気。
カレンダーは2月だけど
この弾む心地は3月末ぐらいの感じ。

城南宮に寄って梅を堪能。
そして帰りは畑に咲いていた菜の花を。

nanohana.jpg



一つ一つ、「やらなくちゃいけないこと」が
片付いてホッとする。


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私が自宅で仕事をするにあたって
つけた屋号は「空」。
般若心経の中に出てくる「くう」だ。

「どうして『空』なんですか?」
お客さんに、たまに聞かれる。
「般若心経の『空』からです。」
と言うと、わかったようなわからないような顔をされる。

般若心経について知ったのは
5,6年ほど前に読んだ「わたしの般若心経」という松原泰道さんの本からだった。
その前に天外伺朗さんの「宇宙の根っこにつながる生き方」を読んで、
松原泰道さんの本のことを知った。
(余談だが、以前、この天外さんの本をある人に貸したら
自分の業績のことばかり自慢げに書いてあるこの本のどこに
私が感銘を受けたか、理解できないと言われたことがあった。
確かに天外さんはSONYのAIBOやCDを発明した人で
本にもそのことが書いてあるが、私には嫌味に感じられなかった。
いろんな受け取り方があるものだ。
本の内容については、ここでは書かないので
興味ある方は、図書館などでよかったらご一読を。
私は、そんな現実的な業績を残す人が
こんな、一見非現実的に思えることを言ってるというのが
面白く感じたのだけれど。
視点はいろいろだ。)


般若心経の、ぎゃあていぎゃあていのくだりと
色即是空、空即是色はあまりにも有名で
私も聞いたことはそれまでにももちろんあったけれど
お経に意味があるなんて、考えたこともなかった。

色即是空

色ゴトは空しい


ではなくて・・・(笑)

単純に言うと
色は目に見えるもの、
空は、目には見えないもの。

空は、古代インドの言葉でシューニャ。
意味は「0」だ。
空はからっぽ、何にもない、ゼロ。
けれど、ある。
というのも、ゼロを数字で考えるとよくわかる。
ゼロがあって、初めて位取りによる記録ができる。
今ではアタリマエのことではあるが
バビロニア、エジプトの時代にはゼロがなかった。
ゼロがあって初めて自由に数を書き表すことができる。
例えば、五十五、五百五、五百五十をそれぞれ
55、505、550を書いて区別するには
どうしても空位を表す「0」が必要だ。
つまりゼロがなくては、位取り記録法は成り立たない。
この、ゼロの概念を生み出したのが古代インド人だった。
(こわくない物理学/志村史夫著 より)

ゼロ
何にもないこと、空っぽ。
だけれど、そこにはある。
見えないけれどある。
これが、空を端的に表しているわかりやすい例だと
私は思う。


見えないけれど、ある。



空くう は まさしく空ソラだと思う。

空は、私たちの目には何も見えない空間だ。
そこには見えない
けれども、何かが存在する。
空気、風、光。
それらが出会って、雲ができ、雨が降る。虹が出る。
浮かぶ、流れる、消える。
果てしなくどこまでも境目なく続く、空。
空を見ていると、私たち人間の出会いのようだ
と思う。

見えないけれど、その時あったものたちがであって
雲と言う形になる、
とどまらずふわふわと浮いてさーっと消える。
雨になる、降り落ちる。
目に見える形になって、そしてまた見えなくなる。

見えない何かが、私たちの体の中にもある。

物理学について、詳しくは私には書けないが
私たちのカラダを構成する細胞の一つ一つ、
その一つ一つを構成しているものをよくよく見ると、
実はツブツブで
ツブツブの間は当然スキ間なのだ。
私のカラダは実体を伴っているようで
実は実はスカスカなのである。
安っぽい書き方だけれど。

そういうようなことを言ってるのが
般若心経である。
(あ、言い切っちゃった。)

カラダの中はツブツブでスカスカなのだから
私たちはが自分のカラダ
といってるものも、実体なんてなくて
隙間だらけの私たちの体は、誰かとの境目もなく、
宇宙にも繋がっている


・・・なーんて言うと
とうとう逝ってしまったか
と言われるかもね(笑)


まぁ、ムズカシイことはいい。
お経の意味なんて、本当はどうでもいいのだ。
それ自体に意味はあっても、意味はない。
実体はあって、ないのだ
と般若心経の中にも書かれている。


私は、仕事を通じて
誰かと誰かとが出会い
何かがうまれて、何かにつながっていく時
自分の屋号を「空」にしたことの
自分の中のいろんな繋がりをかみしめる。

そして、お客さんから
セッションを受けて
部屋と自分のカラダとの境目がなくなったように感じた
という言葉をもらった時にも
これが「空」だなぁ、しみじみと思った。


私は、仏像が好きで
屋号も「空」にしてはいるが
仏教徒ではないし
他に信心している宗教もない。

信仰は必要だけれど
宗教はいらないと思っている。


この間、来てくださったお客さんとの会話で
自分が家で仕事を始めるにあたって
名づけた「空」について思い返してみた。
そして、久しぶりに原点に立ち戻ってみた。


sora.jpg

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ご陽気

ここ何日もお天気がよくて
本当に気持ちがいい。
i.jpg

ふかふかの新芽がたまらなくかわいい。

梅の花も満開の木とまだまだつぼみの木と。
u.jpg


気持ちよくて
しあわせだー

こっちにも
写真載せましたー
よかったら見てー

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続 絹に触れる

先の記事の続きです。
よかったらそちらからご覧ください。


水上さんのお宅を出た後は
車に乗って、京都市の北、原谷というところまで。

大本染工さんへ。
kinu7.jpg


大本さんでは、草木の染料を使って
引き染めをされている。
塩野屋さんの商品では、絹のタオルなどの染色をされている。
(絹のタオル、よさそうだなぁ・・・)

風が吹いたりして乾きにムラができないように
窓は一年中閉めっぱなし、またエアコンもない。
冬は寒いし、夏は暑いし苛酷な環境。

ちょうど行った時には
塩野屋さんのスタッフの着物が
反物にリサイクルされ、再染色として
車輪梅が施されたところだった。
明るい縞に、さらに重厚さが加わって
粋な色合いに仕上がっていた。

再び車に乗って、上七軒近くの
寺井染工さんへ。
ここも、今出川沿いの表向きは普通の町家なのに、
奥には秘密基地が隠されていた。

kinu8.jpg


糸染め。
小さいロットを得意とされている。
染料の量は、さじ加減。計らない。
私の料理と同じ。
これぐらいやなーって感じ。


これで全工程終了(あ、このツアーのね)。
歩いて塩野屋まで戻る。

戻ってから社長が、絹のフィルターを使って
コーヒーをいれて下さった。
少し前まで、ネルのフィルターを使っていたんだけれど
破れてしまい、今は紙に戻ってしまった。
いつもほんの少しだけ、ごみを出してしまうと気が引ける。

社長は「このコーヒーがおいしいのはどうしてだかわかる?」と
私たちにしきりに聞いて、絹のフィルターのよさを
なんとか伝えようとしていたが
コーヒーは深煎り酸味少が好きな私は
そのコーヒーはほんの少し酸っぱく感じて
おいしさについて云々いえなかった。
今度お伺いした時に絹フィルターを買って
ウチの豆で試したらよくわかると思う。

その後はコーヒーを飲みながら
感想をシェア。
私自身は着物に一時はまり、はまるというか狂い
買いあさるという私史上のバブル期があったのだが
着物が作られる行程に関心を向けたことはなかったし
ここ最近はたんすの中に眠らせている着物たちが
少し不憫に思えてきた。

着物。
みんなが着なくなった理由は、やはり手間だろうな。
 帯結びがむずかしそう
 色あわせがむずかしそう
 半襟縫いがめんどくさそう
 脱いでたたむのもめんどくさそう
私が自分自身のことを振り返っても
これだけでてくる。
実際、気持ちに余裕がないと着物を着よう
という気にはなれない。
好きだけれど、日常的ではない感じ。
だけど、和裁をしていたウチの祖母は着物を着ていた。
半襟なんてつけずにタオルを首にかけて。
昔の、庶民の着物の着方なんて
そんな堅苦しいことではなかったのだろう。
紬は高いけれど、フォーマルには使えないとか
梅の柄は今の季節だけとか
着物にはいろんなルールがあるけれども
季節感を取り入れるのも、それは自然なことだったんだろう。
TPOは必要だけれど、自然な着こなしであれば
私は目くじら立てる必要もないと思うのだけれど
着物になると一過言ある人が多いのも事実だ。
私もこんなこと言いながら、そうかもしれない(笑)。

着物ライフ。
憧れだな。
塩野屋さんの反物もどれもセンスがよくて
本当にいいものばかり。
私のバブル期なら、確実に手が伸びていた(笑)。
今は・・・ちょっと無理。
いや、全然無理だ・・・ハハハ。
実際、着物は何世代も着なおしできるので
高いけれど実はとてもリーズナブルなものなのだけれど
それは私が先駆、ではなくて、できれば先代にお願いしたかった
というのがホンネ(笑)。


あ、そうそう。こんな話も。

織物はまずは縦糸がしっかりピンと張っていないと
いい織物ができないのだけれど
そのことは、いろんなことにも繋がっているのね。
縦糸は政治だという人もいれば
縦糸は女だという人も。
実際、経は縦糸という意味のサンスクリット語
スートラを漢訳したもの。
経典をtextということ、そして織物をtextileということ。
経糸の本質をあらわしているなぁと思う。


気づくともう6時前。
満足な時間を過ごして西陣を去る。


梅を見に行くのに
着物を着て出かけたいな。
ume.jpg



今週に入っていろいろ盛りだくさん。
書きたいことがイロイロあるのだけれどな。

昨日は夜、わこちゃんとねぎちゃんから突然連絡が来て
半分庵に飲みに。
いい店なの、半分庵。
マスター、ちょっと変態やけどね。
マスターは最近mixiを始めたのだけど
使い方がさっぱりわからずで
客に更新させてます(笑)
よかったら検索して探してあげてください。
私も書かされました。

そして今日、確定申告終了。
とりあえずよかった。
次は免許更新。はよ行かねば。

昨日の仕事が楽しかったことも書きたいんだ。

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絹に触れる

kinu1.jpg


月曜日、きはらさんに誘われて
西陣にある着物屋「塩野屋」さんのイベントに参加。
その名も柳条縮緬工程見学ツアー。

塩野屋さんの柳条縮緬は、
それぞれ熟練した技術を持つ職人たちの分業によって
おおよそ50の工程を経て創られているそうな。
繭をひき、糸を撚り、織って、染めて…
とてつもなく気の遠くなる作業と、多くの人の手によって
1反の反物が創り上げられている。

織りや染などの行程は
多くの人に知られているが
それ以前の、繭から、いやいや蚕から
いやいや桑の木を育てる
桑の葉を食べながら蚕が繭玉を作る
繭を、蚕が生きた状態で熱する
繭から糸を紡ぐ
またその原糸を束ねて撚る
さらに撚る
糊付けする
それぞれが全くの分業で行われているということ
またそういう行程があること自体が
知られていない。
私も絹は繭からということは当然知っていながらも
知識として知っているというだけだったし
実態を伴っていない。

繭から糸を紡ぐ行程は京都にはないそうなので
桑を育てる 蚕を育てる
原糸を撚る 束ねる
染める 織る
できる行程は京都で行い、地元京都で作られた着物を
紹介したいと塩野屋さんでは考えておられる。
その地で作られたものをその地の人が着る
というのが理想なのだそうだ。
身土不二だね、これも。

また、その着物に携わる職人のことも
真剣に考えておられる。
昭和40年代頃まで、西陣界隈は、お召しのブームで
千本通りの商店街が職人のための歓楽街となり
あの狭い通りに映画館が何軒も立ち並ぶほど賑わっていたそうだ。
それが近年、すっかり着物を着る人が少なくなってしまい
職人の数も減り、商店街もさびれつつある。
職人の技術も継承する人がなく、
今、動いてくださっている職人さんがいなくなれば、
成り立たなくなる行程もある。

一反の織物が出来上がるまでの
地味な作業と、そのマニュアルにはできない行程のさじ加減を知る職人に
スポットをあて、着物のことをより理解してもらいたい
そして着物を着る人をもっと増やしたい
というのが塩野屋社長の、このツアー主催の意向のようだ。
それは、HPの中の「塩野屋の想い」でもうかがい知れる。


千本中立売のバス停すぐの塩野屋さんに10時30分集合。
そこから30分ほど社長の服部さんのお話を伺い
歩いていけるほど近くの撚糸屋2軒を見学。

西村撚糸さんでされているのは、
原糸から糸を撚って束ねる行程。
束ねられるまでにもすでにそれぞれ
左に何百回撚られたもの
右にも何百回撚られたもの
とある。

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池田撚糸さんでは
拠った糸を糊付けしていく本撚りの行程。

1mで何百回転分も撚られており
その撚りの加減で、縮緬独特の凹凸ができるのだ。


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どちらの家も、普通の門構えで
その奥にあのような工場が隠されているとは
いやー、驚き。
京都の家の、本当の奥深さがよくわかった。


その2軒をまわったところで昼ごはん。
上七軒にある仕出屋「登里新」さんでいただく。
なんとも贅沢。
お刺身がとってもとってもおいしかった。
ツアーのメインが何なのか、忘れる一瞬。
その一瞬は気づくと1時間半近くにもなっていた。
私ときはらさん以外は東京からお越しの方々で
(私たち以外に4人。)お話を伺っているうちにも
すっかり腰が落ち着いてしまっていた。

おいしい昼食の後は
水上絣加工所へ。
絣とは字の如く、"糸を綺麗に並べる"という意味がある。
絣御召は染め分けた縦糸を、ずらすことによって作り出される柄。
縞御召も同じで、縦糸をいかに綺麗に並べるかによって、
より繊細で、粋な縞柄が生み出される。
矢羽という文様がある。
ハイカラさんでおなじみの文様だが
その文様を、より細かく美しく織り出すために
梯子を使った織機を発明されたのが、
水上さんの先代だそうだ。
kinu.jpg


西陣絣の中でも代表的な柄である矢絣は
もともと矢羽根をモチーフにした柄。
矢羽が下下上上と隣同士が必ず2個ずつ同じ方向を向くという
黄金率によって割り出された柄だ。
最高の美意識によって作られた柄と言える。
中庸を表すんです、と服部さんはおっしゃっていた。
自立しているということの象徴、
だから女学校に行く女の子たちが着ていた。
一人前になった証として与えられるものだった、と。

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kinu6.jpg

知らなかったなぁ。
どちらというと、矢絣は苦手な文様だった。
趣味のいい色あわせにめぐり合っていないのもあるが
プリントものだと当然か。
水上さんの手から生み出される矢羽の色合いは
それはそれは美しくてため息が出るほどだった。
その絣文様を織り上げていくには、緻密な計算と
設計図が必要なのだそうだ。
織り上げてみたら、こんなんができましたー
と言うのではなくて。
こういう文様を織るという全体図があって
そこから計算して織り上げていく。
その仕事ぶり、ため息しか出ない。
その水上さんも後継者がいらっしゃらない。
この技術が途絶えてしまうこと
なんとかならないものか
と思えど
では自分が、と言えたらいいが、
あのような緻密さは残念ながら私には備わっていない。
全く残念な話だ。
kinu5.jpg



長いので続く。
この日記を書き上げるには
少しパワーがいります。

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イルカと海と

suma.jpg

昨日は一日ぽっかり何にもない日。

昼まで寝て、朝ごはんというか昼ごはんを食べたら
なんだか水族館に行きたくなった。
大阪の海遊館は高いしな。
それに海遊館という気分じゃない。
今の気分に一番ジャストフィットなのは須磨の水族園。
もう長いこと行っていないけれど、大好きな場所。
大急ぎで身支度を整え、チケットショップてJRの切符を買って
須磨まで出かけた。
新快速に乗り、神戸駅での乗り換えに気づかず、
明石まで行ってしまったが、海を見ながらの車中は楽しい。

須磨は、子供の頃からなじみの地。
学生時代もよく訪れた。
いろんな思い出のある場所だ。

子供の頃、海で泳ぐのが楽しすぎて帰りたくなくて
人が少なくなり始めた夕暮れ時には
泣きたいぐらいの気持ちになったのを思い出す。
汚くて目を開けても何も見えないような海水だったけれど
それでも目を開けて泳いだりしたな。
今の、この時期の海はとても澄んでいてきれいだった。



出発が遅かったのと、明石まで行ってしまうという
時間のロスをしてしまったので水族園の滞在時間も
2時間ちょいだったが、魚が泳いでいる姿を見るのは
とても気持ちのよいもので、堪能堪能。

ここ最近、なんだか気持ちがキリキリになり
海が見たいなぁと思ったり
フッと、いるかのことを突然思ったり。
5年ほど前に、オーラソーマというカラーセラピーを受けた時に
ターコイズのボトルを選んだ私は、
あなたは本当はとってもとっても自由な人なのね、
イルカみたいに泳いで行けばいいのに
と言われたことがあったのだけれど、
十分自由にしているつもりだったので
その時はピンとこなかった。
けれど、自分の考えとか誰かの言葉に気持ちもカラダも
支配されてしまいそうになった時に
久しぶりにその言葉をフッと思い出して
「イルカになりたいなぁ。
イルカみたいに自由に泳ぎたい」と思ったりした。
なんだかちょっと、地に足が着いてない人の発言みたいで
こうして書くのも少し躊躇するが(笑)

イルカライブショーの時間には間に合わなかったけれど
イルカたちには会えた。
iruka.jpg

しかも、誰もいなくなった水槽に近づくと
イルカたちは、そばに寄ってきて
顔を水中から出して、ヒレをばたばたとふってくれる。
さらに、一頭がすーっと寄ってきて、水中からまた顔を出してきた。
そのスリスリと寄ってくる感じがたまらなくかわいい。
手をふったり笑ったりしていると、
その一頭はケケケと鳴いて、笑ったような顔で
一緒にいたツレアイに視線を合わすとヒレを使ってピチャと水をかけた。
マフラーからかばんまで水浸し。
・・・遊ばれてやんの(笑)。
思いっきり笑った。
イルカにはきっとわかるんやなぁ。
はいはい、笑とけ、笑とけ。
たまらんかわいいやつらだ。
ああ、いいなぁ。あの自由な感じ。
水槽じゃなくて、広い海で、飛んだり跳ねたりしたいよなぁ。

帰りは、海岸を駅まで歩く。
波の音が気持ちいい。
時々、海が見たくなる。
そして、こうしてカラダの欲求に応えると
気持ちはフッと軽くなる。
大きく深呼吸して、海を後にした。

sumaumi.jpg




帰りは、元町で降りて
老祥記で豚まんを食べて
中華街でゴマだんごを食べ
駅前の餃子屋で餃子とビール。
久しぶりに高架下も歩いて、
大好きなトミーズのあん食も買えて
小旅行、大満足な一日。

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山の表具屋

今日は、額と書の作品を持って表具屋さんへ。

私が通っている書の教室の
他の生徒さんは、掛け軸にしてもらったり
屏風にしてもらったり、額を作ってもらったりなので
作品ができたら、表具屋さんに一括して託すことができる。
だけれど私は自分で額屋に行き、額を選んで
しかも、出展作品が決まるのも一番遅かったのですっかり出遅れた。
額を買ったところで額装もしてもらえばいいのだけれど
会場まで運んでもらったり、などはしてもらえないし
書の教室で一括して頼んでいる表具屋さんにお願いすることにしたのだが
なんせ出遅れたので自分で表具屋さんに運ぶ羽目に。


あらかじめ電話して、車で向かう。
西大路と北大路の交差点から周山街道へ。
そこからさらに奥ですーとのこと。
ネットで地図を見たら、なんとなく行けそうだったので
地図も持たずに出かけたのだが
思いっきり迷った。
山道の一歩手前の家。
私の家からはまるっきり正反対の方角だ。
何度も電話してようやくたどり着いた。

車から降りると、懐かしい、
山と雨の混じった匂い。

何度も何度も深呼吸する。
京都は狭いけれど、広いな。
かなり車でも自転車でも走ったけれど
まだまだ知らない道もたくさん。
私の住んでいるところとは明らかに空気が違う。
この、土と雨の匂いがたまらなく好きだ。

空気には匂いがある。
いやいや、正確には
どこにでもなんぞの香りの粒子が漂っている
ということなんだけれど・・・。

ベランダにシーツを干す時に
いいにおいだとよく思う。
洗剤の匂いとかじゃなくて・・・なんだろうか。
もしかしたら、服に染み込んで混じりあった精油の匂いかな。
鼻の奥を心地よく刺激する空気の匂い。。。


表具屋さんに全てを託して
車で再び帰路につく前に
カラダいっぱいに山の匂いを吸い込んで
しばしたたずむ。


ホッとして
車に乗り、家に帰った。
とりあえず、ビールで慰労。

・・・またこれから、確定申告が(笑)

Category : いつものこと
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今日の夕暮れ

yanagi.jpg



京都上空は飛行機の通り道で
いくつも飛行機雲を見ることができる。
とんびもいっぱい、
ぴーひょろと鳴きながらくるりと輪を描く。

京都が好きでたまらん
というわけでもなく
気づいたら京都に住むことになっていた。
京都に住んでいるという実感もいまだにあまりない。

ただ、他の街に行くと
京都のユルやかな雰囲気、
街と自然の共存に気づかされる。
そして、京都はいいなと思わされる。
若い女のコの服装も、大阪とは全然違う。
歩くスピートも違う。
人の多さも違う。
(四条は別ね。)

京都に住むようになってできた友達も
気持ちがいい。
等身大で過ごせるようになったからか
京都だからか。

好きだけれど、ここに居続けたいとまでは思わない。
なのに、きっと離れたら
京都に戻りたいとか言いそうだ、私。



やっと、書展に出す作品が決まって
額も決まった。
後は額装をお願いしに行って一段落。
一つ片付くとホッとする。
次は確定申告。

Category : 京都
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ラーメンズ

すごいハマってる。
ゆみちゃんにDVDをもらったのがきっかけだった。
少なくとも2年は前。
なのに、最近になって自分の中で大ブレイク。
最近だと、macのCMの人たちとして有名な彼ら。

コント
といっても、ただのコントじゃない。
言葉遊び。
アート。
多分、わかんない人には全然おもしろさがわからない。
たまに私もわからないのもあるけれど、
それだってご愛嬌。
とにかく、彼らは天才だなぁと思う。

ラーメンズのことを教えてくれたゆみちゃん、
そして、彼らのソロワークのDVDを誕生日プレゼントにしてくれた
にしまきに感謝。

見てるだけでうっとりする。
例えばこんな。
http://www.youtube.com/watch?v=PtEuGsGznVA
http://flash.flop.jp/chiba.html

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みんなにありがとう

cake.jpg


7日は誕生日でした。
数字だけ見ると、なんかもうこんな歳なんだー
って認識させられる(笑)
いつも忘れてる、というか忘れてるフリしているというか。
10代の頃からたいてい、実際の年より若輩に見られるので
あえて訂正もしなかったりね。
あららー。

お誕生日は
いろんな人に
「おめでとう」って言ってもらえて
うれしい日です。
いくつになっても。

いろんな方からメッセージいただきました。
どうもありがとう。
2007年2月7日。
なかなかいい語呂合わせだわ。

いい一年になるよ、間違いなく。

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再びスープの話

前にも書いたけれど
スープの話。

寒い朝には暖かいスープがウレシイ。
おいしいバゲットとスープと珈琲。
完璧な朝食だ。

最近は、牛乳で煮込むスープにはまっている。
簡単でオススメなので作り方を書きます。

・用意するもの
 セロリ(葉ごと使うべし)
 にんにく
 じゃがいも
 たまねぎ
 大根 
 にんじん
 とうもろこし(缶詰)
 ベーコン 
 バター
 牛乳
 タイム(乾燥)
 バジル(乾燥)
 塩・こしょう(自然塩と、あれば黒こしょう)

全て適量です。適当な量。
アバウトな量。
全部そろっている必要はないし、
反対に入れたいものがあったら入れてください。
あったほうがいいのは、セロリと塩こしょうぐらい。

・作り方
野菜を適当な大きさに切り
バターでたまねぎとベーコンをいためる。
たまねぎがしんなり透き通るぐらいになったら
他の野菜も加えて、バジルとタイムを加える。
さらに少しいためて、牛乳を野菜がひたひたになるぐらいまで加える。
あまり火を強くしすぎず、野菜がやわらかくなるまで煮て
塩こしょうで味付けて出来上がり。

これまたセロリがいい仕事をします。
固形スープの素なんていらないなぁ。

milksoup.jpg




mixiに気功協会のコミュニティを作りました。
よかったらのぞいてくださいまし。

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立春

今日は立春
節分、立春、そして旧暦の正月と続く。
風は冷たいけれど、春の兆し。


今日は気功の講座の日。
このシリーズを受けるのも3度目。
初めて行ったのは2年前。
今でも日記で残しているので忘れない。

私が今ここにこうしているのも
あの2年前の講座がきっかけだった。
もちろんその前から動きはあったのだけれど
この講座が力強く後押しをしてくれた。

不安でどうしようもなかった私が
今こうして、なんとでもなるさ
と言い切れるのも。


今日の講座は、ハジメマシテの人が多くて
心持ちみんなの表情も硬かった。
入学したてで、右も左もわからない新入生みたい。

でも、この講座が終わる頃には
みんな、生まれたての赤ちゃんみたいな
ほわほわの顔になるんだろうな。


今日の講座の、一番のヒトコトは
「いやなことはしない、好きなことだけをする。」
だった。

頭で考えるのではなくて
自分のカラダに正直になる。

基準は自分だ。

本当に自分にとって
必要なものを選択していく。



下の「続きを読む」は
私の、2年前の日記。

今、私も気功を伝えている。
また違う角度で、今回の講座を迎える。
全部終わった後の自分がまた楽しみ。

Posted by チエ on  | 4 comments  0 trackback
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