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水をめぐる旅
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2006/06/30(Fri)
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![]() 福井の小浜に行ってきました。 写真、結構重いし なんかここに並べるのも あまりにも個人的趣味の羅列になってしまうので (あ、今でも十分なのに!ってことね。) 別ブログにしました。 ココから飛んでください。 GR-Dで撮った写真はこちらに載せて行きます。 よかったらドゾ。 |
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うっきー
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2006/06/29(Thu)
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立て続けに内田樹氏の本を購入する。
豆料理クラブのMLの中でその名前を見て そして彼のブログに飛んで 彼の文章を少し読んでから (ロハスについての記述だった。全く同感。) ずっと気になっていた人。 その名前がまたいい。 内田樹(ウチダタツルと読む。)、 なんだか、大きな緑の樹が目の前にすっくと立ちそびえているような 心地のよい波動を名前から感じる。 (わ、ちょっと前までの私は『波動がどうのー』って言うのは 苦手だと言っていたじゃないか!) 先日、東京に行った時に 人待ちの間に立ち寄ったヴィレッジヴァンガードで 中沢新一の本と内田樹の本が一緒に並べてあった。 やっぱ、この本屋はセンスがいいなぁ。 そして買ったのは 先日の日記にも書いた 「健全な肉体に狂気は宿る」。 おもしろかったなぁ。 これは対談集だったのだけれど この人の言葉は実に興味深い。 書いたものも読んでみたくなり 買ったのはひとまず「私の身体は頭がいい」。 そして、「身体の言い分」。 最近では、三砂ちづるさんと対談された本が出ている。 これもまた興味深い。 神戸女学院の文学部教授であり 合気道の師でもある人。 おそらく、武道をされている人は 自分の身体の微細な動きや 精神の統一性などを体感として捉えているのだろうけれども その感覚を、こうして文字にして 書きあらわせているところがスゴイ。 だけど、本を読んだだけだと すっと、あまりにもなじみすぎて、 彼のすごさは伝わりにくいんじゃないかと思う。 (あ、ウソウソ。 わかっている人はものすごくわかってる。 わからない人はわからないってだけ。) 簡単なことのようで、ここまで身体の感覚を 言葉にするのって、とても難しいことだ思う。 たとえば、風の流れを 水の流れを 天気の移り変わりを 言葉で表現しがたいのと同じように。 あまりにも自然。 おこがましくも、私は嫉妬する。 昔、村上春樹にはまった時も同じだったなぁ。 私の表現したかったことなのに!って(笑) なんで、同じこと書かれちゃうんだろうって(笑) 悔しくて、嫉妬する。 だけど、同時に私はまだまだ言葉足らずだと痛感させてくれる。 自分の書いた文章を何度も読み返す。 なんておもしろいんだと自分で笑える。 と書かれていたが、私も自分で書いた文章を たまに、よくできたなぁと何度も読み直しては ホレボレすることがある。 全部が全部じゃない、たまにヒットがある程度だが あ、同じ。 ・・・そう思って、すぐに バカだ私、と一人笑う。 こういう感覚は恋愛初期に近い。 久しぶりにカッコイイ大人と出会えた。 何か武道を始めてみたいな と思う私はミーハーである。 今日は、気功教室のデモを行なう。 友達二人に来てもらった。 概ね、好評。 よかった。 気功を教えることは、自分の体感を語り伝えること。 毎回、自分が気持ちよく終われたらいい。 絶妙のタイミングで内田氏の本と出会えたとも思う。 新しくマッサージを教える話をいただく。 全く私は、自分の力で何かを切り拓いた経験はなく 向ってきた船にただ乗り込むばかり。 そしてまたどんぶらこと旅する。 人生って、楽しい。 |
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気功の教室
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2006/06/28(Wed)
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来月から奈良・高の原で気功教室を受け継ぐことに。
7月5日は無料体験会です。 今月いっぱいはアシスタントという形で といっても、何か手伝うということもなく クラスに参加して様子を観察させてもらいました。 今までの先生Hさんは、今日までということを 事前に生徒の皆さんに言ってなかったし 今月からなんか見知らぬ人が来てるなーと思っていたら 来月からはアナタが先生ですか! って、みなさんちょっとショックだったんじゃないかしらん・・・。 来月の体験クラスで様子見て、継続するか考えるって 人がほとんどだと思う。 ああ、ちっとプレッシャー・・・。 でも、昼過ぎに家に帰って 一度、声に出しながらメニューの組み立てをしたら なんだかずいぶんと落ち着いた。 かける音楽の選択も。 やっぱり一番馴染みのあるEnyaよね(笑)。 (私が行っている気功教室では基本の動きのときはたいていEnyaがかかるので。) お近くの方は・・・といっても 奈良の方はいないとは思いますが 近鉄高の原駅徒歩5分ほどのサンタウンにて 7月5日 10時50分からです。 よかったらどうぞ(笑) |
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しばしお休み
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2006/06/22(Thu)
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ラジオ取材
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2006/06/21(Wed)
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ラジオに出演させていただきました。
今まで勤めていた店でも 雑誌とテレビはお受けしたことがあったのだけれど ラジオは初めて。 あ、でも、ラジオと言っても レポーターの方がウチに来てくださったので スタジオ出演ではありませんよ。 出していただいたのはこんな番組です。 ラジオカーレポートといって、外勤担当の政田マリさんが滋賀や京都の いろいろな場所に行って、ナマでレポートするという内容。 11時半から10分ぐらい マリさんが、ウチの店の雰囲気やらを説明してくださったり エサレンってどんなマッサージか という質問をしてくださって 私が答えるって感じで進んで そこで一度打ち切り。 そして、マリさんにマッサージを受けていただいて 12時半からまたあらためて、その感想を伝えていただくという内容。 顔が出ないとはいえ、ちょっとだけ緊張したなー。 マリさんにしたマッサージは30分ほど。 あっという間。 マリさんの感想は 「なんかねー、通常のマッサージはぐいぐい押したりもんだりするじゃないですか!? でも、このエサレンは、なでるって感じでした。 で、独得の間合いがあって、何秒かフッと、ナルセさん消えた! って思ったら、またスーッと入って来てね。 その消えた瞬間、ナルセさん寝てるんちゃうか、と思いました(笑)」 「最初は足の裏から始まって、どんどんカラダの線に添って その円が大きくなる感じ。 その合間合間に、間があって・・・」 すると、スタジオにいる森谷さんが 「やっぱり最後は添い寝してくれるとか?(笑)」と言うたら 「まぁ、そんな感じですわ」とマリさん。 なんとも笑える落とし方をしてくれました。 生放送なのに私も大爆笑。 放送終了後、何人かの方からお問い合わせをいただきました。 ありがとうございます。 ホンマ、楽しい時間でした。 貴重な経験(笑)。 ![]() |
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琵琶湖
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2006/06/20(Tue)
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![]() ![]() 久しぶりに車でお出かけ。 琵琶湖の西、近江舞子のもうちょっと先辺りに連れて行ってもらった。 時々、無性に海が見たくなる。 海じゃないけれど、琵琶湖も北のほうに行けば 対岸はかすんで、邪魔なものも見えずで海みたい。 とても蒼くて、海風の匂いもして さらさらと洗われる心地がした。 夜は気功のクラスへ。 さらにゆるんで 気持ちのいい一日。 |
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外に出て
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2006/06/16(Fri)
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家で過ごすのはとっても好きだし
家でするマッサージも大好きなんだけれど たまにはちょっと趣向を変えてもいいような気がして 智子ちゃんが繋げてくれた縁に乗っかってみることに。 来月から、元田中にあるCafeZanpanoに 時々マッサージをしに行くことにしました。 もともと、う平くんという男のコが タイ式マッサージをしていたんだけれど 彼はこのたび、就職が決まり アラスカに行くことになったそうで、その後任として スペースを預かることになりました。 その、う平くんも私と同じ「なるせ」という名前だそうで これも何かのご縁ね。 今まで、本やテレビなんかで「なるせさん」という名前の人を見たことはあっても 直接知り合う人では初めて。 Zanpanoは、西陽の入る居心地のいいカフェです。 叡山電車がチンチンと走っていくところも見えて 店内もレトロムード満点。 (なんでもカフェアンデパンダンと同じ設計者に依頼したそうな。) 自転車で行くには遠いのだけれど (自転車で行ってるのか!という突っ込みはナシね。) イロイロな音楽に囲まれて、私自身もリラックスしに (これ以上リラックスしてどないするねん!という突っ込みはナシね。) ちょこちょこ行こうかと思っています。 全部、好きなようにやらせてもらえるそうなので 案を練らねば。 よかったらのぞきに来てください。 何曜日の何時ぐらいにいるかとかは またここでお伝えします。 ・・・多分、私は雨が降ったらお休み。 あ、もちろんCafeZanpanoはやってますよ。 京都市左京区田中里ノ内町81 宮川ビル2F カフェ ザンパノ (14:00〜24:00) 今発売されている、Leafという雑誌のmook 「京都・滋賀のカフェ」という本にも載ってます。 |
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The Manhattan Transfer@BLUE NOTE
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2006/06/14(Wed)
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今日はTさんからお誘いを受けて
夕方から、大阪ブルーノートへ マンハッタントランスファーのライブに行ってきました。 大阪駅前はすっかり様変わりしていて どうやってあのビルの地下に向かえばいいのか迷う始末。 かつてこのあたりで仕事していたとは思えない。 新しくなったブルーノートは初めてで あー、なんだかこの「都会的」な感じはとっても刺激的。 (都会的、って言葉自体がもうイケテナイですかねー) 京都で過ごし始めて もう街中のリズムにはついていけない なんて思ったりしたけれど やっぱり私はこういう刺激も好きなんだな とあらためて思った次第。 たまにはオシャレして 姿勢正して、街を颯爽と歩くのも楽しいな。 マンハッタントランスファーのライブは めちゃめちゃ楽しくて 彼らもとっても楽しそうに気持ちよさそうに歌ってくれて もうもう大満足でした。 さすが大御所の貫禄と余裕。 やっぱり、なんでもそうだけれど 演出側に有り余る楽しさがあるからこそ それを分けてもらえるんだなぁ。 帰りは、Tさんとちょっとだけ飲んで帰宅。 ああ、いい夜でした。 |
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股関節にのる
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2006/06/10(Sat)
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先日、太極拳の講座に行ってきた。
講師の松村さんは3年ぐらい前に F夫妻の結婚披露パーティーで お見かけする機会があった。 その後、中医学の講座に参加させてもらった時も お話はしなかったけれど なんだかずいぶんと肩の力の抜けた人だなぁ というのが印象だった。 後に、太極拳をやってらっしゃると聞いて 一度受けてみたいものだと思っていた。 つい最近、とある本に スタイル美人は体を股関節にのせて歩く と書いてあったのだが それがどういうことなのか、先日の講座でなんともタイムリーに理解できた。 カラダも、普段、何気なく動かしているけれど その動きを丁寧にしてあげたり、ちゃんと意識を向けてあげることで 本来ある自然な姿に整っていくんだな。 なんだか、大きな教室で、一人一人に目を配る先生のようだな と一瞬思った。 自分のこと、気にしてもらえてる と感じられるのはやっぱりうれしいものね。 自然は美しく見えるもの。 カラダを整えることでスタイル美人を目指そうというその本にも納得。 (ちなみに「魅せるカラダ/平山昌弘著」という本。 アプローチの仕方は違えど、言うてることは同じ。) 相手の手を払う動き、というのをしたのだが 私にはそれがアホの坂田の動きにしか見えなくて 最後はおかしくてしょうがなかった。 そんなアホなことを考えて笑えるのも 股関節がゆるんだせいもあるのだろう。 終わった後のお茶の時間も楽しかった。 アジア料理店「南風」のゆるい空気も 松村さんと岩崎さんの台湾の旅の話も 誰も、どこにも力の入らない感じ。 全てがゆるんで一体化して見えた。 そして、松村さんは初めてお見かけした印象のままだった(笑)。 講座が終わって1週間経った今も 股関節にのりながら歩くのを心がけている。 目指すよ、スタイル美人(笑)。 |
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気功の教室
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2006/06/08(Thu)
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来月から、奈良の高の原で気功の教室を
引き継ぐことになった。 今日はその教室の見学に。 新しいことを始めることは、不安もあるけれど ワクワクする気持ちも同じぐらいある。 教室を持つ、といっても その中では私が一番新人。 教えていただくのは私のほうだ。 というわけで、来月から 水曜日午前中の予約はお受けできなくなります。 午後3時からでしたらO.K.。 ・・・しんどくないのかって? いえいえ、全く。 気功した後のほうが、カラダはラクなのです。 予約入らなかったら 午後から奈良散策できるなー(笑) 夜はひとみちゃんとみすずちゃんと ひとみちゃんちで飲み会。 今日のテーマは失恋だった(笑)。 ひとみちゃんの失恋話は、 彼女にしたら真剣なんだろうけれど かなり爆笑モノだった。 書いてええのかわからないので なんで爆笑だったのかは今日は書かないでおくけれど やっぱり、あの人は相当オカシイ!(笑)。 ホンマ、この3人で飲むのはラクチンだな。 自転車に乗って、帰り着いたのは0時過ぎ。 いい風が吹いて、気持ちのいいナイトクルーズになった。 |
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旅日記 2
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2006/06/04(Sun)
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今日はずっと行ってみたかった太極拳のクラスに参加してきたので
そのことについても書きたいのだけれど・・・ 旅から戻ってからも、日々新しいことがあるのだが なかなかタイムリーに書き表せずにいる。 でも、この間の旅のことは吐き出しておきたい。 前書いた旅日記の続きが消えて かなりショックを受けたが 気を取り直して、書き進みたいと思う。 しばしの休憩の後、フラメンコのワークョップ開始。 ファシリテーターは飯塚真紀さん。 私と同い年で(後で話したら誕生日も10日違いだということが判明。) 7歳年下の彼と一昨年結婚(ウラヤマシイ)、 現在スペイン在住10年になるフラメンカ。 しかし、一年前から舞台での魅せるフラメンコから離れ、 彼女が今住んでいるヘレス・デ・ラ・フロンテーラで 普通の人々が歌い踊るようなフラメンコを提唱していきたいと 一年に何度か日本に戻り、「フローフラメンコ」と題したワークショップを 開催している。 まず、フラメンコを聞いたことも見たこともないみんなに 真紀さんはフラメンコのライブ音源を聴かせた。 ギターの音、カンテ(歌)、ハレオ(掛け声)、パルマ(手拍子) そして踊り手が床を踏み鳴らす音。 聞いてるだけで気持ちが高揚する。 続いて、スペイン人と日本人の気質の違いについて説明。 日本人は、自分のことを表現するのにまず謙る。 「私なんて」とか「ウチの子供は全然勉強しなくて」など。 しかし、会話の相手はそれを暗黙の了解で「そんなこといって ホントは勉強しているんでしょ」といったような感じで受け取る。 反対にスペイン人は「私ってスゴイでしょ!」とか 「ウチの主人はかっこいいのよ!」と、自分をかなりオーバーに表現する。 これまた反対に暗黙の了解として「またまた、ホントは大したことないのに」 と相手は少し加減して受け取るのだそうだが。 フラメンコのハレオで代表的なのは「ole」だが これは、日本に住む私たちでも容易に想像がつくように 「いいね!」という意味なのだけれど (他にはbienなど、最高!もっといけいけ! てな感じのハレオ・囃子言葉がある。) 周りのみんなのoleという囃子言葉を聞いて、踊り手たちは そうでしょ、アタリマエよ、私を見て!という具合に 気持ちと踊りを高ぶらせていく。 このoleという言葉。 誰かから賞賛されて、その気持ちを 自分の中に受け取ること そしてそのことによって自分自身を輝かせること。 日本人のように、へりくだることは 今はどこかに置いて 今この瞬間は、スペイン式で 自分を輝かせてみよう ということで 真紀さんは一人一人に「ole」の言葉をかけていった。 私たちはそれを胸よりも高い位置で受け取り、 そして自分の胸に収める仕草をした。 まずはパルマ。 タンゴのリズムの4拍子で手を打つ。 1,2,3,4 その1を抜かして打つ。 1だけ打つ。 2と3の裏打ちと4を打つ。 3パターン。 足のリズムも4拍子。 手拍子と足の運びをあわせてみる。 そして輪になった中に、一人一人、 足と手を使って踊りながら、進む。 次は指の動きも加わる。 小指から親指を一本一本外側に回す動きと 内側に回す動き。 3つのグループに別れて 手拍子を打つパターンもわけ そのリズムを、なんと 誰でも知っている「森のくまさん」という童謡にあわせていく。 歌いながら手拍子を打つ人、 裏打ちをとる人 スペイン語で歌う人 ハレオをかける人 思い思いにリズムを刻む。 そして、それらを融合させて また一人一人、足を踏み鳴らし 腕をあげて指を繊細に動かしていく。 順番に、輪の中で踊り、下がっていく。 みんなすっかりフラメンコのバイラオーレ(踊り手)だった。 さまざまなハレオが飛び交い そこはさながら北軽井沢のタブラオ。 一通り踊り終えた後は、座って 上半身だけで、腕だけで踊ってみる。 4拍子でリズムを刻み、踊り手は最後 1,2,3で全てを終わらせる。 3で幕を下ろすかのように足を踏み鳴らし キッと顔を上げて。 それも一人ずつ輪の真ん中に出て 好きなだけ中心で舞い、3でキメる。 フラメンコなんて見たこともないという 年配の女性たちも、見事に場を押さえていた。 「私が止める!」という意気込みが伺えた。 みんなみんな、どこかで初めは 輪の真ん中で、一人でなんて絶対ムリ、踊れない! と思っていたはずなのに 誰一人躊躇することなく、輪の中心に進んでいった。 それはきっと、初めに「ole」の賞賛を きちんとそれぞれの胸にしっかり収めたからだろう。 みんなの顔はしっかりと 光り輝いていた。 このようなワークショップ、 何度か参加したことあるけれど こんな短時間で、ここまでみんなの顔、カラダが変わるのも めずらしいことだと思う。 この場は、誰を判断するものでも 批判するものでも 評価するものでもない ということを 初めに主催のMさんが言ってくれたこと。 それが大きかったんだと思う。 そこでワークショップは終了。 みんな、かなりグッタリだったようだけれど 正直、わたしはまだ踊れる気がした。 真紀さんとTちゃんが適当に叩く太鼓の音に 思わず体が反応。ゆっくりとカラダを動かし それがクールダウンとなった。 夜ご飯は、Mさんのお母さんが北軽井沢に住んでいて その繋がりの人たちが作ってくださったおいしい料理。 玄米菜食が中心で、本当においしかった! つづいて、フィエスタ。 CさんリードのSacredDanceを輪になってみんなで踊った。 Sさんと私は飲む気満々だったのだけれど ハーブティーでなんだかまったりとお話が進み 意外と早くに陥落。 ホテルに戻り早々に眠りに着いた。 宿泊した紀州鉄道軽井沢ホテルもとてもきれいで、いい宿だった。 28日 8時過ぎに起きて、大浴場に目覚ましに行く。 朝食をすませて10時に、前日と同じ場所「海のマリー」へ。 前日の激しさに比べてゆったりとしたムーブメント。 また自分の伸びたいようにのびて 動きたいように動かせてもらう。 私は立ち上がって、背骨をゆるめる動きを繰り返していた。 3人一組になって、一人がやりたい動きをサポート。 自分では持っていけないところを補助する。 私とゆーこさんとTちゃんの3人は やっぱり激しいのが好きみたいで(笑) 他の人たちとは違う、まるでパンクロッカーのような動きを 好んで繰り返した。 別の3人組になって、さっきとは反対に 一人が動きたいと思う方向を抑える。 拮抗することによる緊張を、後々の大きな弛緩に変えるサポート。 最後は、輪になって 手を繋ぎ、エネルギーの循環。 そして、「ah」という声を一人一人重ねて倍音となす。 それはそれは美しい音色。 みんなで感想をシェアしている間に 天窓から光が差し込んだ。 こういう時には然るべき手が差し伸べられるものだな。 これもまたとても美しいシチュエーションだった。 私は、この新月に開かれたワークショップを境に 今までつながれていたコンセントが抜かれて このワークショップの間はunpluggedになった。 そして、京都に帰ると新しく入りなおすのだろう ということをみんなにシェアした。 みんな、関東近郊からの参加で関西からは私一人。 「遠くから!」と言われたりしたけれど 時間とか距離なんて、実はどうでもいいことだと思う。 (いや、実際は、「会いたいな」と思った時に ほどなく会える距離にいるというのが理想だけれど。) この1ヶ月、イロイロあったけれど もうこのことで自分を見失うことはない、大丈夫だと思った。 胸は痛むけれど、またこの痛みを新たに何かに転じさせることができると感じた。 昼はカフェフルールで野菜カレーをいただいて 別れを惜しみながら、私とゆーこさんはまゆの待つ高崎に向った。 まゆとは、去年、花背で開かれたエサレンのアドバンスクラスで知り合い 同じ部屋で4日間を過ごした。 ゆーこさんは、つい最近、別ルートでまゆと知り合った。 まぁ、この世界は狭いし、当然と言えば当然なのだけれど おもしろい縁がつながり、ワークショップ開催の数日前に 北軽井沢から高崎は帰り道だし、まゆから「寄りな」と言ってもらえて、 私は泊まらせてもらうことにした。 帰りのチケット、ぶらぶらして帰ろうかななんて漠然と思っていたし いつ帰るかとかも決めてなくて正解。 高崎から程近いまゆの家に二人で転がり込んだ。 翌日、仕事のゆーこさんは9時過ぎに帰ったが 私とまゆはその後、ワインを飲んでうだうだしゃべって眠りに着いた。 一年ぶりだけれど、マッサージを通じて仲良くなった人というのは 時空を越えるものがあるなといつも思う。 29日。 よく寝た! ゆっくりと朝食をすませて、昼前にまゆの家から程近い温泉に連れて行ってもらう。 3時間ほど、温泉で過ごした後は、 家に戻り、ビールとおつまみで小腹を満たしシェスタ。 つまり昼寝(笑) 平日の昼間だというのに、このゆるさ。 こんなこと、日記に書けるかなーと笑いながら まったりとした時間を過ごした。 5時前に目覚めて、交換セッション。 久しぶりにマッサージしてもらったなぁ・・・。 もう、この5日間は究極のリトリート(re:treat 新しく生まれ変わるって感じかな)だった。 9時ぐらいにまゆにビーフンを作ってもらって二人で食べて ゆっくりしているうちに、バスの出発時間が近づいた。 まゆにバス停まで送ってもらい 私はコンビニでビールを一本買ってバスに乗り込んだ。 まゆには本当にお世話になった。 いろいろな気遣いを本当にありがとう。 また次は高野山で会おうね。 帰りのバスは 昼寝もしたし相当ユルイ生活をしていたので 眠れないかと思っていたら 驚くほどすんなりと眠って、気づいたら京都だった。 高崎-京都も近いもんだな。 奇しくも新月をはさんでいたというのもあって この5日の間に本当に生まれ変わったような心地がする。 この旅の間に知り合った人々にも感謝。 またどこかで会えるとうれしい。 毎日、ストレスのない日々のようではあるけれど こうして、新しく何かを取り入れることが 私には必要であるようだ。 おそらく、私だけではなく誰にとってもそうではないかと思う。 入るものと出ていくもの。 何かを捨てて また新しく何かを自分の中に取り入れて行くことで 全てが循環していることを実感する。 海のマリーに咲いていた花。 私の大好きな紫色。 凛としていて、フラメンコダンサーのようだ。 ![]() 踊りについて、shioが先日書いてたので それをトラックバックしてみた。 おもしろいのでゼヒご一読下さい。 ・・・って、アレ? こっちには表明されないの? いちお、URL出しとこ。 まだまだブログのこと、理解してないなぁ(苦笑) http://blogs.dion.ne.jp/bonkure/tb.cgi/3425468 あ・・・このURLて飛べないね・・・ゴメン。 なんか承認された後にこっちにも反映されるとか? またわかったらあらためて(_ _)ゞ *後日 トラックバックって、向こうに張ったら こちらにも反映されるものだよね・・・? うむー、よくわからん。 ということで、よくわからんので こちらの「女神バウボとアメノウズメ」というタイトルの 日記へトラックバックです。 なーんて、アナログな(苦笑)。 *後日2 トラックバックって、やっぱり相手からも トラックバックしてもらわないと 相互にはならないみたいです。 はははー。 |
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行き交うもの
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2006/06/04(Sun)
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今日は色んな人がウチに来た。
朝はいつも来てくださるTさん。 そして、突然、大学時代の親友夫妻が一家5人で。 夕方からのお客さんFさん、 夜は、かつて一緒に歌ってたA。 大学時代の親友は いつも突然来て私を驚かせる。 今日はゆっくりしゃべられなくてごめん。 ホントは話したいことがイロイロあるんだ。 いつもそうやって想っててくれてるんだな。 ありがとう。 かつて一緒に歌ってたAは いつも恋愛で悩んでいる。 私に相談されても、ろくな返答はできないんだが。 自分を見てるようで、彼女への言葉は 自分に言い聞かせてるようなものだった。 さんざん飲んでしゃべって 彼女は寝入ってしまった。 まぁ、ゆっくり寝ていっておくれ。 旅日記の続きは明日書きます。 |
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消えた旅日記
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2006/06/03(Sat)
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ま、まじですかー
書いた日記が消えました。 もう泣くーーーーー! 今日はもう書けない! というか、もう書けないよぅ。 ショックすぎる。 |
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感情の解放
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2006/06/01(Thu)
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踊るのが楽しいと初めに思ったのは
アフリカの太鼓、ジャンベのライブに連れて行ってもらったときだった。 初めは座ってみていたのに 体が勝手に動き出して、気付いたら 翌日、筋肉痛に苛むほどカラダを動かしていた。 フラメンコは、あの憂いを含んだ旋律に ずっと憧れていたのと 当時、勤めていた会社でのストレスを 飛ばそうと始めたものだったけれど そのリズムについていけなくて 1年で挫折してしまった。 それ以来、というか、 私はずっとずっと昔から リズムをあわせるということができなかったようだ。 今、ふっと思い出したのだけれど 中学生の時、体育の授業で 確か創作ダンスの時間だったか 私はみんなと同じようにカラダを動かしていたつもりだったのだけれど なんだか違ったようで、体育教師(女)から執拗に叱られた。 当時は私が合わせられないからだ と思っていたけれど 今、思い返すと、なんであんなに何度も、授業をさえぎり 名前を呼ばれて「違う!」と怒られなければならなかったのだろう と思う。 あの頃から、私は次第に、色んなことを恐れ始めたような気がする。 恐れといえば 勤めていた会社で 上司に、誰も来ないようなところに呼び出されて 3時間ぐらいえんえんと、説教を受けたことがあった。 それも一度ではなく、何度も。 これも、今思い返すとなんでそれをオカシイと言えなかったのか と思うのだけれど 当時は、その人が恐かった。 「完璧に仕事をこなせられない」ということに どんどんとコンプレックスを抱くようになった。 人に見られること、全てが恐くなった。 今も、その片鱗はどこか自分の体に残っている。 フラメンコも、 先生が恐くて辞めたんだった。 そういえば。 できないこと を、ひどく責められること に今でも臆病だ。 マッサージで誰かに触れることよりも 私は、ジャンベという太鼓の音によって 自分のカラダに押し込めていた感情を解放する術 に気付いたような気がする。 自分が、その音によって動いているのではなくて その音に踊らされている感覚。 そこに、「私」という意識はなかった。 そこから、私は躍るのが好きになった。 うーん。でも、 あれは踊り、というよりも カラダを自由に、気持ちいいように動かしているだけかもな。 型にはまってこその美しさがある、ということも今ではわかるしね。 それにしても、 あの太鼓の音というのは カラダ全体が揺さぶられる。 太鼓の音の波動がカラダにダイレクトに飛び込んでくる。 血液がどこかで逆流するかと思うような勢いで流れる。 自分のカラダの中にある心臓もドラムと化す。 考えすぎて深刻になったり その考えがこびりついて離れなかったり くよくよ落ち込んだり したときは カラダを動かすに限る。 どうして、そんなことにはまっていたのか すっかり忘れる。 今回のワークショップは ずっとカラダを動かしていた。 誰からも咎められず 非難されず、批判されず 自分が動きたいように、手脚を伸ばせる。 そんな単純なことを 涙が出るほどうれしく、心地よく思えるのは きっと、これまでの緊張を 解き放つという喜びも含まれてのことだ。 全て循環しているなぁ とつくづく思う。 つづく |
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