空模様

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted by チエ on  | 

物語を紡ぐ

あの時、こうであったら
あの日、こうでなかったら
こんな出会いにはつながらなかったと
驚くほどの、偶然がある。

ただの偶然だと思っていたことも
それらをつなぎあわせていくと
なんらかの意図がそこに隠されているとしか
思えないような物語となる。

長崎は、私にとって
そんな驚きをもたらしてくれた地である。
http://1love.link/walk_slowly/index.html

このページは、それまでにブログで書いていたことを抜き出し
2年前にまとめたものだ。
あらためて読み返すと
今回の旅へとつながる道しるべがすべて、
すでにここにあった。


長崎へ行くようになったのは、もう10年以上も前。
長崎に住むYちゃんがいたから。
Yちゃんとの出会いはバンバンバザールというバンドがきっかけ。
彼等のライブを追っかけているうちに呑み友達となった。

そして8年前、京都で出会ったRちゃんが
五島列島の最北端、宇久島行きに誘ってくれた。
そのRちゃんが隣島の小値賀島に移り住むようになり
そこから年に2回ほど、島へ渡るようになった。

高槻で小料理屋のバイトをはじめたら
女将が上五島出身の人だった。

野崎島は小値賀の管轄である、今は無人の島。
その野崎島出身だというSさんが小料理屋の常連にいた。
4年前、そのSさん一家とともに野崎へ渡った。
Sさんにとっては40年以上ぶりの帰郷だった。

Sさんは、クリスチャンだと言っていた。
顔からは想像できないなと思っていたけれど
野崎出身ならば当然のことだろう。
五島の島々には教会が建っている。
かつては本州側の長崎に住んでいた人々が
貧困ゆえに、そして、信仰をまもるために
いのちがけで島へ渡った時代があった。

Sさんはその末裔にあたるのだと思うと
今更ながらに鳥肌が立つ。
今度、高槻に戻ったらSさんに会わなければ。

はじめての宇久島へ、一緒に行った人は
今はもうこの世にいない。
その頃綴っていた日記を今一度読み返しながら
受験の小論文は書き出した。
誰かを失う慟哭を
私もあの時に知った。





今回の旅で
島で出会えた友人たちと
あらためてゆっくりすごした。
しばらく会っていなかったのが嘘のような
そして、今思い出しても、泣けてきそうなほど
穏やかで、静かで、明るい時間だった。

DSCF3992.jpg

これから新しい旅が始まるが
それが何の糧になるのか、ならないのか
今はわからない。

とりたてて意味があるというようには、思いたくない。
結果として、私がそういうふうに受け取ったというだけだ。

意味はもともとあるのではなく、意味は人が見いだすもの。
紡いでいけば、誰にでも、どんなものからでも物語はうまれる。

あらたな糸を得て、またこの続きを編んでいけるといいと思う。
続きに乞うご期待。


=============================================

1.あたらしい旅のはじまり
2.沈黙
3.歴史を振り返る
4.長崎 大波止
5.長崎 外海
6.長崎 外海其の二
7.長崎 外海其の三
8.長崎 浦上
9.長崎 雲仙
10.物語を紡ぐ


スポンサーサイト
Category : 長崎
Posted by チエ on  | 0 comments 

長崎 雲仙

私が長崎にいくといったら
島で出会った友たちが長崎に集ってくれることになった。
そして、みんなで長崎近郊の温泉宿に行こうと
選んでくれたのが雲仙だった。

長崎と言って浮かんでくる三大悲劇って
キリシタン迫害、原爆投下、雲仙普賢岳噴火じゃないの?ちがう?
意図的であるとはいえ、なんというか
精神的マゾヒズムを充たす旅だったね、実に。


いや、それにしてもこの二日間はことさらに満ちていた。
お天気最高だし、あたたかいし。
しずかでおだやかで明るくて。

DSCF3984.jpg

地熱で岩盤浴。
パワフル。これだけで元気になれる。

DSCF3999.jpg


硫黄のにおいもいいし
吹き出る湯を見ているだけでも
血湧き肉踊る。

DSCF4036.jpg




でもって、ここも迫害のあった地。
「切支丹の里」にもその様が描写されている。
この残虐非道さは、ヨーロッパへも流布されていたとある。
日本って悪名高い国だったんだろうなと当時に想いを馳せる。

こうして今の、平和で穏やかな毎日の中で
他国間の争いや、近い過去にあった戦争には言及するけれど
日本国内でも「人を人と見なさない」ことができた過去のあったことは
すっかり覆い隠されている。

あ、でも、現代でもそういうことあるね。
一見穏やかだけれど、見えないそこここで
今この瞬間も喘いでいる人がいる。

DSCF4031.jpg



こうして弱者たちは政治家からも歴史家からも黙殺された。
沈黙の灰のなかに埋められた。
だが弱者たちもまた我々と同じ人間なのだ。
彼等がそれまで自分の理想としていたものを、
この世でもっとも善く、美しいと思っていたものを
裏切った時、泪を流さなかったとどうして言えよう。

その悲しみや苦しみにたいして小説家である私は
無関心ではいられなかった。

彼等が転んだあとも、ひたすら歪んだ指をあわせ、
言葉にならぬ祈りを唱えたとすれば、
私の頬にも泪が流れるのである。

私は彼等を沈黙の灰の底に、
永久に消してしまいたくはなかった。

彼等をふたたびその灰のなかから生きかえらせ、
歩かせ、その声を聞くことは—
それは文学者だけができることであり、
文学とはまた、そういうものだと言う気がしたのである。
「切支丹の里/遠藤周作著」




旅の終始、遠藤さんの小説の登場人物が
いたるところに透けて見えた。


DSCF4051.jpg

平成新山の頂には、雪と噴煙。

先日、小笠原諸島に新しい島ができるようすが
テレビで映し出されていたけれど
あんなふうな小さな島から、この山も始まったんだろうな。
マグマが噴き出て、地ができる様子を見られるなんて
なんてドラマなんだろう。

けれども、人が住んでいる地では
災いとなる。

一方では喜びに、他方では悲しみ。
それは背中合わせに。

強いものと弱いものとも背中合わせだ。
誰が強くて、誰が弱いのか。

山の営みを前にして感じたのは
わたしたちはすべて弱きものじゃないかということ。

神の前では、頭を垂れるほかないように。

Category : 長崎
Posted by チエ on  | 0 comments 

長崎 浦上

ホテル二泊の後は、友人の家に泊めてもらっていた。
彼女の家は、大学病院のそばで
そこからは歩いて浦上天主堂や原爆資料館にもいけた。

浦上は、原爆が落とされた中心地だが
禁教時代においても受難の地であった。

(浦上の)村民は徳川幕府の時代から明治にかけて
切支丹であることを四度発見され、その都度、
迫害をうけている。にもかかわらず、彼等は表面、
屈するように見せながらその信仰を遂に捨てなかった。

その意味で浦上は受難の村である。
そして受難と試練の村に最大の悲劇がもたらされたのは、
他でもない第二次世界大戦の終りだった。
周知のように小倉に向かう筈だった米国のB26が天候の理由で進行方向をかえ、
長崎に原子爆弾を落した時、その落下地点は浦上村の真上にあたっていた。
浦上の天主堂は一瞬にして瓦礫となり、
中にいた多くの信者は全員すべて倒れたのである。
(「切支丹の里」より)





はじめて、長崎原爆資料館に入った。
そしてそのとなりの長崎原爆死没者追悼平和祈念館へも。

広島に原爆が落とされたことは強く刻まれているけれども
長崎は広島に比べると、意識が薄れがちだった。

これもまた、よく知らないずっとずっと遠い昔のこと
のように感じていたことだったが
311の震災を経てあらためてみると
ぐっと身近に迫ってくる。
3年前に目の当たりにした惨状が、リンクする。


DSCF3825.jpg


追悼平和祈念館には、
原爆投下で亡くなった方々の名簿が納められている。
しんとした静謐な場に、地上へとつながる柱からのひかりがみちていた。
ひそやかな広い空間だったけれど、なにやら充満していて
一歩一歩のあゆみもおのずと遅くなった。


DSCF3836.jpg


平和公園で空を見上げながら
天使はいるのだなぁと思った。

ひかりにみちた青い空が続いていることのしあわせを思う。

DSCF3847.jpg


DSCF3842.jpg



Category : 長崎
Posted by チエ on  | 0 comments 

長崎 外海其の三

遠藤周作文学館裏手から傾斜をくだり、ちいさな漁港をぬけ
ふたたびのぼって、出津教会へと向かう。

DSCF3899.jpg

ド・ロ神父はフランス人宣教師。
1865年の「大浦天主堂での信徒発見」で知られるプチジャン神父と共に
1868年に布教のため来日。

ド・ロ神父は、キリスト教の布教活動のみならず
建築や土木、医療、教育など様々な産業や文化を外海の人々へ教え
地域の社会福祉に大きく貢献した司祭として広く知られている。

この出津教会もド・ロ神父の設計・施工によって建造されたもの。
明治14年に着工され、翌15年に完成している。1882年のこと。
ド・ロ神父は女性でも働けるようにと、
西洋式の機織工場や授産所、救助院などさまざまな施設建設に私財を投じた。
マカロニ、スパゲティなどのパスタもここで伝えられた。

いまでも、ド・ロさまそうめんとド・ロさまパスタが地元の会社で作られており
文学館横のカフェと出津のバス停そばで食べることができる。
私は文学館横のカフェでいただいたが
もちもちとしておいしかったので、道の駅でお土産に買ってかえることにした。

出津教会、救済院、資料館など、このあたり一帯は
出津文化村として整備されている。
ド・ロ神父も歩いたとされる、教会から救済院への小道がなんともいい雰囲気だった。



DSCF3893.jpg

長崎はどの町も平地が少ない。
海からはすぐ切り立つ山となる地形なので
人が暮らすための石積みがいたるところに見られる。

生きていくために、
いかようにも切り拓いていくすべをもつことが、人にはできるのだと
しみじみ思う。







DSCF3904.jpg

文化村入り口そばには、遠藤さんの石碑。
(石碑の背後の山、中腹に文学館がある)

  人間が こんなに 哀しいのに
  主よ 海があまりに 碧いのです


今も昔も変わらず、人は嘆き悲しみ、苦しみから逃れられない。
人の間に、等しく平等はない。
どうしてこのような理不尽なことがまかり通るのか
叫べども、天には届かない。

ただ、空は青く、海は碧い。

あの日の海も、今と変わらず
碧かったのだろう。


ふたたび、文学館へと歩く。
夕陽が海に落ち、赤く染まった。

DSCF3939.jpg


Category : 長崎
Posted by チエ on  | 0 comments 

長崎 外海其の二

黒崎教会前の停留所からバスにのり、文学館前まで。
思ったよりも距離もあったし
なによりバスに乗っていてもかすかな重力を感じる勾配だった。
歩かなくて正解だと思うほど。

バス停からすぐのところにまずは「道の駅夕陽が丘そとめ」。
そして少し下がったところに、遠藤周作文学館。

そこから角力灘の海を望んだ時、
ひとりでに「ああ」とことばにならない溜息が漏れた。


DSCF3880.jpg

あの場に
たとえ誰かと一緒にいたとしても
単純に「きれいだねー」などと言えず
立ち尽くすだけだっただろう。


文学館もすばらしかった。
あそこには、遠藤さんがいると思った。
終始ぞわぞわしっぱなしだった。

DSCF3890.jpg



「沈黙」は最初、違うタイトルで刊行される予定だったが
編集者の案で「沈黙」となったそうだ。
そして、その「沈黙」というタイトル故に
「神はなにもせずに沈黙しているだけ」と捉えられる誤解を受けてきた。
キリスト教界からも、
宣教師が「転ぶ」などという作品は許すことができないと
された時代があった。

決して、神は沈黙していたのではない。
一緒に苦しんでいたのだ。
その沈黙は、沈黙の中に声がある「沈黙の声」であった。
というのがこの作品の大きなテーマであるのに。


文学館がオープンした翌日に
浦上天主堂で「遠藤周作とすべてのキリシタンのための追悼ミサ」
が催されたそうだ。
保守的なカソリック教会では
神が棄教を許すわけがないとされ、
(http://cafemdr.org/i/i-2012-1/i-MDR-Diary-20120206-2.html)
神に背くかのような遠藤さんの文学を認めることができないといったことや
カクレキリシタンの信仰は認められないといった風潮があったそうだが
それらを乗り越えての開催だった。
さらには瀬戸内寂聴さんの法話もあったそうだ。

また、枯松神社では、カトリックとカクレキリシタンたちが集まって
合同のミサも行われるようになった。


遠藤さんが亡くなった1996年9月から3年半後の2000年3月、
ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が、カトリック教会の過去の過ちを認め、
神に赦しを請うミサをバチカンのサンピエトロ寺院で開いた。

キリスト教会の分裂、十字軍、異端審問、魔女裁判、反ユダヤ主義
などに関する教会や信者の責任を認め、
神に対し「謙虚に告白している信徒の悔い改めを受け入れ、慈悲を与えるよう」求めた。
世界最大の宗派であるカトリック教会が歴史的な罪を認めるのは
2000年の教会史上でも初めてのことであった。

遠藤さんは「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」を抱え、
自身の信仰への思索を「だぶだぶの洋服を和服に仕立て直す作業」と表現された。

「深い河」のなかにでてくるガンジーのことば。
「さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集り通ずる様々な道である。
同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異った道をたどろうとかまわないではないか」

ヨハネ・パウロ二世の謝罪と、遠藤さんの問いかけ。
著作「沈黙」と「深い河」が果たした功績を思わずにはいられない。

DSCF3912.jpg


Category : 長崎
Posted by チエ on  | 0 comments 
このカテゴリーに該当する記事はありません。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。