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島で出逢えたもの
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2007/04/18(Wed)
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![]() 竹富に行くと決めたのは2月の初めだった。 私が属している気功協会の人たちと一緒に行く島への旅。 久しぶりの青い海が見たくてという単純な理由だったのに、 出発する頃には、行く目的がすっかり変わっていた。 2月末、私にとって大切な人が突然、 この世からいなくなってしまった。 ヒトコトでは言い表せない日々が続いた。 いろんな感情を味わった。 その先にあったのが、竹富行きだった。 いっぱいいっぱいだった頭の中をポカンとできればいいなと思い 向かった旅だったが石垣島に着いたぐらいから ずっとずっと気持ちがすごく重かった。 多分、いつも、どこかに行ったら 着いたよー と、報告のメールをしていたからだと思う。 無意識にメールしようとする自分がいて そのつど、もういないんだ メールしても届かないんだ と打ち消す。 その意識は瞬間的にだけれど、 何度も何度も波が来る。 竹富に着いてからは、その振幅が激しくて とても苦しかった。 竹富の色が鮮やかすぎて。 それを伝えられなくて。 彼がどこにもいないことに向き合うのがつらい。 何を見ても泣きそうになる。 涙は出ないから余計にしんどかった。 2日目の夜、みんなで泡盛を飲んだ時に 7年前にご主人を亡くされたHさんが 亡くなってからの方が、より近くにいる気がする とおっしゃっていた。 Jさんは、亡くなったお父さんの写真を飾っているけれど 写真の顔が違うことがあるとおっしゃっていた。 怒っているような顔をしている時もあれば うれしそうな顔をしていることもある、と。 3日目に知り合った、自分でデザインした服を売っている店の女のコ。 その時、持ち合わせがなかったので 本当に欲しかったらまた明日来るねとその日は別れて やはりその服が欲しくて、というか彼女に会いたくて 次の日郵便局でお金を下ろしてまた店を訪ねた。 やたらと意気投合して、会話が進む中で 実は同い年だということがわかり、さらに話に弾みがつく。 一緒に飲みたくなり、向かいの店に場所を移して ビールで乾杯、彼女の泡盛も登場。 食事の時間をオーバーしても、話し込む。 そしてやはりここでも「死」の話。 数年前に母親を癌で亡くしている彼女と 今回同行した、やはり8年前に母親を亡くしているAちゃんと そして、つい最近、私が体験した身近な死。 彼女は、言う。 「写真飾ってるんだけど、いつも顔が違うの。」 そして、いつも母は自分の中にいる、と。 沖縄はどこもたいていそうだけれど ここ竹富もやっぱりそうで 生と死がいつもそばにある。 「死」が近いからこそ「生」がリアルだ。 3日目の夜、おなかにてあてをしてもらっていた時に 彼の顔がずっと浮かんできて 私は本当に彼に対して、何にもしてあげられなかった ととても悲しくなった。 ちゃんと受け止めてあげられなかった自分を責めた。 しゃくりあげて泣いた。 みんながいる場で、心配されるのが気になって 大声はあげられなかったけれど 本当はそんなの気にせず泣けばよかったんだね。 彼はもういないんだな。 死んじゃったんだな。 出てくる涙を流したいだけ流したら 死に顔も見ることができず、 ずっとリアリティのなかった彼の死がリアルになった。 帰りの飛行機の席は 2月初めに奥さんを亡くされたTさんの隣だった。 Tさんにとっては四十九日が明けて、一息つくための旅。 奥さんの話、思い出として話すにはまだまだお辛いことだろう と思いながらも、いろいろ伺った。 彼が死を選んだ理由を わかってあげたくないような わかってあげたいような半々な気持ち と私が言った時に Tさんは 「あなたがわかってあげなきゃ」 と言ってくださった。 死は 遺された僕たちが そこから何かを学ぶことなんだ と。 私のチューニングがそこにあってるからなんだろうけれど 終始、「死」が話題になる旅だった。 その時々、出てくる感情を味わいつくす。 今回、自分を責めるがために出てくる涙を 私はひとしきり流すことができた。 自分を責めないで、と何人もの人に言われていたが どうしたって、あの時ああしておけば何かが違ったかも という想いは出てくる。 抑えようがないほどに。 そして泣いて泣いて、泣き尽くすまで泣く。 その時々、出てくる感情を味わいつくす。 やりたいことをやる。 全力でやりきる。 すると、また次に向かうエネルギーが湧いてくる。 竹富で感じた影の中から 私は、また光を見つけ出すことができた。 それからは、ゆったりとした島の空気に包み込まれた。 ウタキでしばし座り込んでいると、自然と一つになる心地がした。 彼が遺してくれた私への想いと共に。 4月16日は、彼が亡くなってから四十九日目にあたる日だった。 こうして穏やかに、そしてシアワセな気持ちで過ごせているのも あの竹富での涙があったからこそだと思う。 さまざまな感情と向かい合うのに、 49日というのはなんとも絶妙なタイミングだと思う。 私、ホンマに気功に出逢えてよかったと思う。 すごいプロセスを経てる。 すごーく、深く 自分の中に、何かが入り込んできてる。 私もまた新しい旅が始まるんだなぁと 今しみじみと思う。 http://fotologue.jp/ametsuchi/ |
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島の道
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2007/04/10(Tue)
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![]() 竹富の道は、白い珊瑚でできた道。 毎朝、島の人たちがきれいにしている。 本当にきれいな道。 観光客のため ではなくて この、島を大事にするという感覚は ずっとずっと昔からあって こうしてみんなで協力してやっていくことを 「うつぐみ」という。 島のビジターセンターに書かれていた言葉。 石を積む時は削らないで組み合わせる。 揃えるところは揃える。 大きな石、小さな石、形の良い石。 石一つひとつにそれぞれの形があり役割がある。 どの石をどこに使うか、 表に使うか、裏に使うか、基礎に使うか、上に飾るか、 それを見極めて積んでいく。 野面積みを見ると、うつぐみの精神だなあって思う。 みんなをいかす。 「かしくさや うつぐみど まさる」 本当に美しい島。 景色だけではなくて 人々の心も。 http://fotologue.jp/ametsuchi/ |
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海
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2007/04/09(Mon)
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![]() いつ見ても、海はいいなぁと思う。 波の音も、心地がいい。 本当は、日がな一日 海を眺めて ビール飲んで 時々寝る というのを思い描いていたのだけれど 風が強くて寒くて できなかった。 結局、水着も着られないまま。 やっぱり、夏に また来たいなぁ。 http://fotologue.jp/ametsuchi/ |
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島の食べ物
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2007/04/08(Sun)
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![]() 何を食べてもおいしかった。 上の写真は、やらぼという店の 名物「海老入り野菜ソバ」。 1500円という強気な値段だけれど それぐらい払ってもイイ。 とってもおいしかった。 海老は頭から尻尾まで、スープまで残さずいただいた。 これにオリオン生ビール。 昼食に2100円とは(笑)。 あと、特筆すべきは 島の台所「とーら」という店のおやつ。 紅芋コロッケは絶品。 サータアンダギーがあんなにおいしいものだとは知らなかった。 おにぎりも、黒糖蒸しケーキも 何もかもがうまくて毎日通った。 しかも最終日は、10時には宿を出なくてはならないので 10時開店のところを無理言って9時半にしていただいた。 店のおばちゃんが 「子供がコロッケを予約して」とおばぁに言っていたけれど どうも子供というのは私たちのことらしい(笑)。 http://fotologue.jp/ametsuchi/ |
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島の草花
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2007/04/08(Sun)
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![]() 竹富は一年中花が咲いているらしい。 行った時もいたるところ花だらけ。 鮮やかでとても美しい。 近寄って、何枚も写真に収めた。 植物たちはみな生命力にあふれていた。 クワズイモはいたるところで見た。 街中のフラワーショップでもよく見かけるけれど たくましさがまるで違う。 ポトスも、すごく大きくなるんだな。 全てがおおらか。 パワフル。 http://fotologue.jp/ametsuchi/ |
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