空模様

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Posted by チエ on  | 

宇宙的身体表現 その2

さて、いよいよパパ・タラフマラ舞台芸術研究所でのワークショップの話
といきたいところだけれど
ワークショップの詳細を書き出すのはやめておこうと思う。


今日、茂木さんがツイッターで
踊りのことを土とあらわしていて
おもしろかった。

ツイート順なので、本来の順序は逆になる。


【土(9)】幼少期の頃に、自分のパッションを注意深く隠すことを覚えた。
かずよちゃんにバラをあげてみんなにからかわれたのがきっかけだったかな。
土方巽さんのように、パッションを身体表現に着地している人を見ると、
魂の深いところから癒される。

【土(8)】都会的な洗練とか華やかさを求めるのもいいが、気をつけないと、ほら、
「土」は、すぐそこに、あなたに復讐しようと迫ってきている。それは、生命そのものだから。

【土(7)】土方巽さんの舞踏を見ていると、その肌の白さと、
受ける凄まじさの印象が、本堂に奉納されているのを見た、
結婚せずに亡くなった青年のための花嫁人形のように思えてくるのだ。

【土(6)】純粋で無垢な花嫁人形。
自分の息子が、結婚という喜びを知らずに死んだからと、それを奉納して祈る。
幼い私はその温かくもすさまじい習慣に衝撃を受けた。
心に傷を受けたように思う。その傷は、心地良くさえあるものだった。

【土(5)】あれはきっと山寺だったと思う。
お堂の中に、青年の写真と、「花嫁人形」がたくさん奉納されている。
これはなに、と聞くと、結婚しないで亡くなった方々が、
あの世で結婚できるようにとの親心ということだった。

【土(4)】土方巽さんは、秋田出身。その「暗黒舞踏」を見ていると、
ああ、そうか、と子どもの頃から東北を旅した数々の思い出と、その感触がよみがえる。
父方の叔父が福島にいて、ときどきその先に足をのばした。

【土(3)】土方巽さんの舞踏作品が発表されていたのは、折しも、学生運動が盛んな頃。
「美」のヒエラルキーを根底から覆す、そら恐ろしい生命運動の気配が舞台からこだまする。

【土(2)】西洋のバレーができるだけ重力に抗して自由に舞おうとするのに対して
(トーシューズはその一つの象徴である)土方巽さんの舞踏では、
肉体はむしろ土に根ざし、腐り、崩れ落ちようとしている。

【土(1)】誕生日を迎えた朝、土方巽さんの舞踏を見ていて、
「土」と「東北」のことを思い出した。 e.g. 『疱瘡譚』http://bit.ly/b8uWif


(余談であるが、ツイッターは、こうした著名な方たちの日常を
垣間みられるのがオモシロイと思う。私にとっては、内田樹さんも安田登さんも
乙武さんも武田双雲さんもずいぶん身近な人になった。
いろいろな使い方ができるが、それは自由度が高いからこそ。
その自由さにはじめはどう使っていいか戸惑うかもしれないが、使うことで見えてくる。)


動く、という漢字は
重い力と書くので
私は、「動く」ことは、重力に従うことだと解している。

働く、は
人が重さに従って動くこと。

自分の力で動くことと
自分の重さで動くことは
異なる。
一見同じ動きのようではあるけれど
違う。

石が水の流れで動く
風になびいて柳の枝が揺れる
そこに人の力による作為がないのと同じこと。

気功では
そんな自然にある動き
重さに従うからだの動きを
体現できる。

さらにもっと重力に身を預けた動きは
なるほど、土っぽい気がする。

重力に預けた踊りは土、だな。
土につながる。




今回のワークショップで
一番楽しみにしていたのは
コンタクト・インプロヴィゼーションだった。

コンタクト・インプロヴィゼーションは
体重のやりとりを行ないながら2人~集団で即興的に動く
即興(インプロヴィゼーション)の形式。1970年代にアメリカで始まり、
現在欧米では、コンテンポラリー・ダンスを学ぶ振付家や
ダンサーには必須のクラスとなっているばかりか、セラピストや美術家、
さらに一般の人々にも広く親しまれている。

プロが舞台の上で誰かに見せるために踊る、というだけではなくて、
一般の人たちが自分たちで実践して楽しむという側面が強いことが、
コンタクト・インプロヴィゼーションの大きな特徴です。
コンタクト・インプロヴィゼーションを行うことを、
音楽におけるジャム・セッションになぞらえて、「ジャム」と呼ぶ。
武道画録 : コンタクト・インプロヴィゼーション(Contact Improvisation)とはより





一人では知り得ない他者との関わりの心地よさが
このコンタクト・インプロヴィゼーションの中にある気がする。

人にからだをあずける
人にもたれかけられる
実はどちらも気持ちのよいものなのだなぁと
ことばじゃないやりとりを通じて知ることができる。
(遠慮しあってたり恐れていては、ただ疲れるだけだ。お互いに。)




コンタクト・インプロヴィゼーションのベースにあるのは
合気道だと聞いて、なるほどと思う。
やはりそこか、私がひかれるのは。


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Category : 踊りの場
Posted by チエ on  | 0 comments 

宇宙的身体表現

踊りの場ミーティング
の翌日は
パパ・タラフマラ舞台芸術研究所主催のワークショップに参加した。

9月半ば、今は茅ヶ崎に住むまるちゃん(今度、京都の空でもセッションするよ)が
ツイッターで「中野のウタリカレーなう」とつぶやいていたのを見て
これは私も行かねばと自転車で駆けつけたのだけれど
たどり着いた時にはまるちゃんはもう店を出ていて
残念ながら会えずじまい。
まるちゃんに会えないのは残念であったけれど
おいしいカレー食べて帰るかと思っていたら
なんだか、その日は特別出し物が催されるらしく
店内は少しあわただしい雰囲気になってきた。
カレー食べてさっさと帰るつもりが
髪の毛をくりくり坊主にした、それがまたよく似合う女のコに
「よかったら見ていってください」
と言われたので、何が始まるのやらさっぱりわからないけれど
見ていくことにした。

催しの前にチラシを渡されたので
それを見ていると
なにやらおもしろそげなワークショップの案内が。
f0140395_15293032.jpg

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コンタクト・インプロヴィゼーションとか
声のワークショップとか
どれもこれもおもしろそー。
これ、いってみたいなーと瞬時に思った。

チラシを眺めていたら
ノイズ的音楽とともに、催しスタート。

店に一人の女の子が入ってきて
遅れてきたお客さんかと思っていたら
観客がいっせいにそちらを見ているので
実は、それが演者だとわかった。
宇崎竜童ばりのグラサンに、白い木綿のブラウス。
鮮やかな色のスカート。
ヨロヨロと機械仕掛けふうな動きで入ってきた。
そんな演者の女のコが3人。
普通の人にはない動きをえんえん見せ続けていく。
うわー、おかしなものに参加しちゃったなー
と思っていたのだけれど
そのうち、ずいずいと彼女たちのからだの動きに見入ってしまった。

ことばで、その演目の内容を説明し続けるのは難しいけれど
とにかく最後まで吸い寄せられるように見てしまった。


この動画はパパタラの舞台作品なので、私が見たのとは全然違うけれど
私が見入ってしまった動きとはどういうものか、参考になるかなと思って貼付けておく。


予測されるなめらかな動きではなく
通常の人にない動き
実はそれが、私も踊りの場に求めたいもの。
私も自分の中にある、その思ってもみない動きを知りたいのだ。


演劇でもなくダンスでなく
なんというか、そういうカテゴライズされないもの。

ああー、私の中も激しくかき回されちゃったな。
これを見るために、カレー食べにきたのだなと思った。

家に帰って、パパ・タラフマラのHPを見たら
主宰の小池さんのことばがまたグッときた。

  宇宙的であるということ 私は「宇宙的」であることを目指してきた。
  言い換えれば、「総合的」でも「包括的」でも良いように思ったが、どうも違う。
  身体を使った総合性を持った芸術であり、
  空間を媒介しながら強い関係性が観客との間に築かれて成り立つのが舞台芸術である。
  だから、曰く言い難いなにか、舞台上にいる人と人、
  舞台上と客席との間の人と人、
  装置や照明や音響を担う人と舞台上の人、
  さまざまな人と人の間に同時にサムシングが結ばれて、
  始めて成り立つ要素を舞台芸術は持っている。


今まで、舞台劇にはあまり関心を抱いてこなかったけれど
こういう宇宙的身体表現を求めているパパ・タラフマラにすっかり強い関心を抱いてしまった。



ワークショップのことを詳細に書き出すと、さらに長くなるし
ココまで書いただけでかなりのエネルギーを使って
後に続けようとするとことばが陳腐になるので
今日はここまでにする。

とにかく、今までになかったところに視野が広がった気がしたのだ。
私にはとてもエキサイティング&アメイジングな日々で
いつもうまく渡してもらっているなぁ
となんだかシミジミするのだ。


Category : 踊りの場
Posted by チエ on  | 0 comments 

踊りの場

はじめてカラダがわーっと動く感覚を知ったのは
ジャンベというアフリカ太鼓のライブに行ったときだった。
10年ぐらい前だと思う。
ドーンとカラダの奥底に響く音に突き動かされた。


今、リードさせてもらっている気功も
最終的には、カラダが大きくうねるように自由自在に動いていく
というもの。
自分の内側から出てくる動きに身を任せる。
人に言われた通りに動くのとはまるで違う心地よさがある。

ラジオ体操も、ヨガも、ほかの気功も
「動くこと」じたいに気持ちよさがあるが
決まった型からさらに自分の内側にある動きを察していくと
もっともっと気持ちがいいものになるはず。

踊ってみたい
という欲求は私にもずっとあったけれど
人と同じ動きができずにいた。
教えられた通りにできずに、怒られると
それだけで萎縮してしまった。
(むかしむかし、フラメンコを習ってみたんです。。。)

でも、気功に出会って
先生に、好きなように動いていいんですよ
と言われた時に
自分はもっと動けるんだ
というコトに気づいた。
人に言われた通りにはできないし
カラダも固いと思っていたけれど
私のからだは思いのほか自在に動いて
とてもやわらかかった。


気功を教えてみないか
と言われたときは
本当に緊張した。
そして、表層の私は「人前に立つのはイヤだ」と言っている。
それでも、奥底で「やりなよ」と言う私がいた。

今もまだ模索中。
けれども、
自分の内側を語る
動きをことばにする
それを、私はずっとしたかったんだと思っている。


気功のリードをさせてもらって2年ぐらいがすぎた時に
この気功を、もっと踊りに近づけたいなと思うようになった。
あのアフリカの太鼓で踊ったときと同じように
カラダ中であばれるような動きにつなげていけたらと思うようになった。

そう思っていた時に
EarthDanceに参加することができた。
http://soramoyo.blog43.fc2.com/blog-entry-271.html
この日の日記は今日につながる日記になる。


この日記から2年。
ずっと、私は踊りの場が欲しいと思ってきた。

もちろん、踊ろうと思えば
いくらでもそんな場はある。

でも、欲しいのは
クラブじゃなくて
レイブパーティーじゃなくて
山奥で開かれるお祭りじゃなくて
日常のなかにあるような、すぐそばで。


そして
きっとかつての私のように
ホントは動きたいけれど
自分の内側にあるその動きをどう引き出していいのかわからない人たちの動きも
いっしょに引き出したい。
うごいてうごいて動いた後に
つるんと一皮むけたようなその顔を
見たい。
マッサージが終わった後もそんな顔は見られるけれど
そうじゃなくて、自分で動くだけで
同じ顔になるんだよと伝えたい。
いやいや、同じなんかじゃない。
もっともっと、とびっきりきれいな、つるつるに磨きのかかった顔。


かつては、そんな場が
日本の中にもたくさんあったはず。

日常の中にある踊りの場。

私が目指すのは、そんな場だ。



東京に引っ越してきて、みよさんと会った。
実は、再会。
去年、青森の縄文祭りではじめて出会った。
その時の日記は http://soramoyo.blog43.fc2.com/blog-entry-459.html
その場は名前を言いあうこともなく、メールアドレスも何も交換せず、わかれた。
けれども後々、共通の友達が「青森の縄文祭り」に行った二人をひき合わせてくれた。

東京で再会した時に、みよさんも私と同じようなことを言っていて
じゃあ、いっしょにやってみようよと話した。

「そういう場が欲しいよねー」と話しているだけでは進まない。
じゃあ、試しに今できることをやってみようという話になり
8月にうちに来てもらって、私の気功リード、そしてみよさんのボイスワーク。
太鼓の音に合わせて声をだしてみた。

気功でゆるんでいるから、声も出やすいし
声をだすことで、さらに自分の中にあるタガが外れる。
これはおもしろい流れだなと思った。


東京で出会った人の中で大きい存在は
染めをやっているまさきくんと、太鼓たたきのかなえちゃん夫婦。

かなえちゃんはGocooという和太鼓グループのメンバーで
それはそれはカッコよくて色っぽい太鼓を叩く人だ。
何度かライブも見たけれど、泣けるほどカッコいい。
今も、HPの音源を聞いて鳥肌が立ったほど。

踊りに太鼓はやっぱり不可欠。

プロとして太鼓をたたいているかなえちゃんに
自分がやりたいことを話して
恐れ多くも、「太鼓たたいてくれないかな」とお願いしたら
「自分の原点にあるジャンベ、私もたたきたいと思ってたんだー」と
実にこころよく引き受けてくれた。

そして、まさきくん
まさきくんの染め文様は原始的で、どこか懐かしさを感じる。
きっといつか、踊りの大きな場ができた時に染め布で
場を飾ってくれるはず。
なにより、感じたことを率直に言ってくれる貴重な存在。

そして、相方てらじん。
ディジュリドゥをこよなく愛し
いつも、私のやりたいことに賛同してくれて
漂流バイブレーションをまき散らしてくれる人。


この5人で、先日
踊りの場を実験的に持ってみた。

私の気功から始まって
みよさんのリードで、それぞれに持った鈴やシェイカーとともに声を出し
そして、かなえちゃんとまさきくんの太鼓で踊って
ゆかに寝転がって、てらじんのディジュリドウでクールダウン。

実験的とはいえ、じつに気持ちのよい流れだった。

ああ、そうなの、そうなの!
私、こういうことがやりたかったんだ!
と、本当にうれしかった。
みんなで口々に、これいいよねー
と言いあった。

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自由に踊っていいよ
と言われて、いきなり場に放たれても
すんなり踊れる人は、そんなにいない。

また、好きなように踊っているつもりでも
自分のカラダの動く箇所を知らずにいると
その「好き」は偏ったものになりがちだ。

コンサートなどで踊るのも
最近の大きなコンサートは
もうパターンが決まっていて
幕開きと同時にスタンディング。
みんなおなじフリで踊って終わり。

熱せられるように自然におこるグルーヴ
ではなくて
もう、そうするもんだ
と多くの人が頭で動いている。


そうじゃなくて
別にそんなつもりなかったのに
なんかどんどんカラダがとろけるようにやわらかくなって
熱せられて、突き動かされるように動いてうねって
外からの熱が内側からの熱にかわってほとばしる
そんな情熱を、誰もが本当は持っている
と思うからこそ
それを覆い隠しているなにかをとっぱらいたい。





その熱を、どのように上げていくか。
いかに自然に無理なく、発することができるか。

月に一度は、こういうふうに集まって
練っていきたいと話している。

踊ったことない人も
なんか動いてみたいと思うならば
ぜひぜひ来て欲しい。
私の願いは、上に書いた通り。

少しずつ練って
大きなうねりとなっていきたい。

次回の集まりは、11月18日(木)朝9時から
墨田区曳舟、ユートリヤ(すみだ生涯学習センター)にて。




昨日もね、おもしろいワークショップに参加したんだけれど
それはまた次の日記に。
この踊りの場につながるワークショップだったので書き出したい。


今日も長い日記を読んでくれてどうもありがとう。。。




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その踊りにつながる私の気功クラス
「スローボディのススメ」にも
http://members3.jcom.home.ne.jp/slowbodyqoo/slowbody0.html
よかったらいらしてね。

東京でも京都でもやってます。

あ、ちなみに次回の京都行きは
11月4日から10日までの予定です。
金曜、土曜1時からに先約が入っていますが
他は未定です。
セッションご希望の方は、メールください。



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