エサレン
2007/11/09(Fri)
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エサレンをキーワードに
このブログにたどり着いてくださる方が
最近とても増えた。

エサレンというのは
アメリカのカリフォルニアにあるエサレン研究所のことで
ここで進化し続けているマッサージのことを
エサレンボディワークと日本では呼んでいる。
マッサージという表記は日本では法規制があるからだ。

私はこのエサレンボディワークのプラクティショナーだ。
私がエサレンでのマッサージの認定クラスを受けたのが2001年。
テロがあった年なのでいつ行ったか忘れずにいる。

私はこの頃、大阪のマッサージ店で仕事をしていた。
マッサージの仕事を始めて3年過ぎたぐらいだったと思う。
回転仕事にクタクタになって、人にマッサージをしているどころではなかった。
マッサージの仕事は続けたいけれど、このまま店にいると自分がダメになると思った。
そんな時に店で一緒だった人に見せてもらったのが、気の森という雑誌で
その中にエサレンのことが載っていた。
こんなマッサージがあるんだ、とHPのアドレスだけ書き写して
家に帰ってネットで調べた。

エサレンマッサージがいいのか、どうなのか
そんなことはわからない。
実際、そんなマッサージがあるんだと知って
東京に行った際に受けに行ったが、「格段に素晴らしい」とも思えなかった。
それまでしていたマッサージが、あんまマッサージ式だったので
なんてユルいマッサージなんだろう、あんまり気持ちよくない
としか思えなかった。

でも、今みたいに多様な情報もない頃。
他に選択肢を見つけられず、ただ、逃げ道というか
私はマッサージを続けたかったし、なんでもよかったと言ってもいい。
進む道を見つけたかった。
認定を受けたからといって、先に確実な何かがあるわけでもない。
私がエサレンに行くという話をしたところで
エサレン? 何それ?
と10人中9.5人に言われるほど知名度のないマッサージ。
直感なんていうと聞こえはいいが、今考えると
後先考える余裕もないほど切羽詰まってたんだなぁと思う。
実際受けてみて、「いい」と思えなかったマッサージを
勉強しようなんて思ったんだもの。
でも変に「このマッサージをすることの優位性」など考えなくてよかったと思う。
こういう時に頭で考えると自分のすることを否定しがちだから。

結果的に、あの時エサレンに行けてよかったと思う。
あの断崖絶壁に打ち寄せる波のことを
私は忘れずにいる。
寄せては返す波が永遠に続くように思えた。

マッサージをするのが好きだったはずなのに
どんどん「しんどい仕事」になっていった。
けれど、エサレンに出会えたから
人に触れることはとても心地よいことで楽しいことだ
と感じ続けることができている。

5年前、HPを作った時には
ネットからマッサージの予約をしようなんて人は皆無だったのに
今ではそれが当たり前になっている。
エサレンという言葉も、マッサージやアロマをする人たちの間では
通用する名詞になっている。
時代の移り変わりを、ひしひしと感じる。

エサレンは確かに私にとって出会えてよかった場所だけれど
正直言うと、「エサレンマッサージ、万歳」という気にはなれない。
エサレンのマッサージが、マッサージベースとして当然のことだと思うし
そう言う意味で私は、自分のマッサージを「エサレン」という枠に括りたくない。

エサレン、何それ?
と言われても
自分自身でもうまく説明できない時があった。
それが、今、説明せずとも
エサレンを受けたいんですけれど
と来てくださる人が増えた。

そんな日が来るとは思ってもいなかったので
私以外のエサレンボディワーカー各氏の努力には頭が下がる。感謝。

ただ、今でも私はエサレンは入り口に過ぎないと思っている。
目指す方向はまた別にある。

もっと自由に、解放されよう。
エサレンという枠から。
思考という枠、カラダという枠からも。

誤解を恐れずに書くと、エサレンが素晴らしいんじゃなくて
(とはいえ、誤解して欲しくないのは「エサレンは素晴らしくない」と
言いたいわけじゃないということ。)
マッサージをすること
人に触れること、触れられること
がすばらしいのだ。

エサレン、という名詞のわかる人が増えてきたから
また違う言葉を使って、伝えられることがあると思う。
エサレンという枠で括りたくない
というのならば、自分が感じた言葉を使って行くしかない。

でも、伝えることで一番大切なのは
「自分で体感したことを言葉にする」ということにつきると思う。

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