空模様

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Posted by チエ on  | 

「ワのセッション」ご感想・3月の京都スケジュール

先日、雪のふる日に
新しく設けたメニュー「ワのセッション」
を受けてくださったリエさんから
感想のメールをいただきました。
感じたことを聞かせていただけるのって
本当にウレシくてありがたいです。

ご本人に了承を得て、こちらに転載させていただきます。
どんな感じの内容なのか
リエさんのことばから感じていただけると
さいわいです。




今日は、雪の降る、印象深い一日となりました。
東京では、なかなか雪が降りませんので、
降った日は、降った日に何か心に残ることがあったりすると、
びっくりするぐらいずーっと覚えていたりします。
幼い日のことも、数年前のことも。

今日も後々まで記憶に残る日になったような、
そんな気がしています。

澄んでいて、白くて(お家もとても白い感じがして)
静かな空気がしみわたっていて、
すーっと伸びて広がっていく樹々の匂いが、
雪の記憶と結びつくと思うと、
ずっと何年か先の私まで、うれしいような気持ちです。

ありがとうございました。

実は、今のボディワークを始める、というか
その軌道に乗るきっかけになったのは、
昨年6月ナルセさんのところに伺ったことでもあったので、
今、このタイミングで、ナルセさんのセッションを受けることは
私にとっては、あらためてボディワークと向き合う
いい時間になるはず!

そんな思いも、ほのかにあったのです。

実際、セッションを受けてみて、
私、ちゃんと味わっているなあ、と感じました。
そして、結構楽しんでいるなあ、と。
味わえて楽しい、ということがとても新鮮で、
ボディワークを手放すのは、やっぱりまだ早いかもしれないです(笑)。

ナルセさんのセッションは、
いろんな要素があって、、、、
ダイナミックで繊細、という対極のものが
共存してるだけではない感じ…もっといろんな層があるというか。
からだの感覚も、ぐーんと覚醒したかと思うとさらさらと意識が飛んでいたり、
予定調和的な枠組(思考)を細かくこまかく外してしまうような…
特に今日はそういったいろんな感覚を十分に感じた!という
充実感がありました。

ワのセッションは、精油のパワーにも、とても敏感になりますね。
エネルギーが純粋だからでしょうか。
香りが近寄ってくる、というよりは、
自分から香りにどんどん溶け込んでいく気がしたんですが、
逆に、背骨にミズザクラのオイルが浸透してくるときは、パーン!として
背中が振動して呼び起こされるような、パワフルさを感じました。



そんなわけで、少し長くなってしまいましたが、
今日感じたことを書いてみました。


すてきな時間をありがとうございました!

また、お会いできるときを楽しみにしています★★★




リエさん自身も、ボディワークに取り組まれているのですが
最近、他に興味のあることがでてきて
ボディワークを続けるのかどうしようか、少し迷われていたご様子。

自分で選んでいるようで
選んでいない
というのが私が日頃感じていること。

こうしてマッサージの仕事を続けているのは
果たして好きだからかどうなのか
よくわからなくなることが私にも時々あります。
するりするりとここまでこさせてもらったおかげで
なんとしてでもなど、がむしゃらにがんばったという記憶がないからです。
もちろん「マッサージしたい」とは思ったから
この仕事をしているのですが
私が選んできたというより
与えてもらっている
という気がしてならないのです。
好きだから、嫌いだから
という個人的な趣向ではなく
私にできることだから、場を用意していただけているのかもなぁと。
だから場が用意されたら、やるしかない。
自分の意志を飛び越えることばかりです、
私の場合。
意識とからだが意外にかけ離れているのですね。
その客観的視点がじぶんでもおもしろいから
続けているのかもなぁ。
主体と客体が入り混じって
「わたし」を為しているのだから
自分の単純な意識だけで、続ける続けないは
選ぶもんじゃないと思っています。

リエさん
先にあるものではなく
そこにいたるプロセスをいっしょに楽しんでいきましょうね。
迷いもそのプロセスの一つなんですよね・・・。   

   *
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   *


京都のスケジュールを決めました。

3月3~8日予定です。

3月3日 終日予約可
3月4日 午前10時から午後3時からスタートで予約可 午後7時~予約済
3月5日 午前予約済 午後5時以降で予約可
3月6日 終日予約可
3月7日 午前予約済 午後5時以降予約可
3月8日 終日予約可

2月14日現在の予定です。
随時更新されますので、以降はこちらでご確認下さいませ。
http://slowbody.p1.bindsite.jp/kyoto.html

この日程のどこかで、スローボディのススメ@京都を
開催する予定です。
またスケジュール調整してからあらためてアップしますね。
ご都合があえばお越しくださいませ。





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妊婦さんへのトリートメント教室

寒い日が続きましたが
今日はようやく晴れ間が。
明日は昼からずいぶんとあたたかくなるようです。

縮こまった後は、大きなゆるみにつながりますし
明日で一気に桜のつぼみは大きくなりそうですね。


桜の開花を前に
今、考えているクラスが一つ。

妊婦さん向けのトリートメントクラスです。


妊婦さんは、おなかの中にこどもを抱えつつ
自身の体重も支えているので
背中も腰もだるくて仕方ないのに
なかなか受け入れてもらえるサロンがありません。

サロン側としても
もし何かあった時に、対処できない
そう簡単に受け入れができないと声を揃えます。
責任持てないよというわけです。


私自身は、
妊婦さんと私との間に、コミュニケーションがとれることが
第一条件かなぁ。
すべて丸投げは困ります。
もちろん、裸になってこちらに身を委ねてもらうわけですが
その人のことを一方通行でしか受け取れないと
本当に何かがあった時に、大変なことになります。
自分自身のからだに対して、
関心を持ち続けて欲しいのですね。
(うーん。
言わんとするニュアンスが伝わるでしょうか・・・。)


コミュニケーションのとれる妊婦さんとのセッションは
それはそれはもう楽しくてシアワセです。
妊婦さんを受け入れられないなんて、もったいない話。


妊婦さんとのめぐりあいが、そうそうないのも確かですが
けれども、ひとまずセッション中は私に任せてオクレというために
やはり妊婦さんにふれる機会を持ってみないことには
始まりません。




それが、いまちょうどよいタイミングで
ナイスな妊婦が私の身近にいるのです。

あやのちゃん。
私にとって妹的存在である彼女は
今、二人目の子がおなかのなかにいるのです。
一人目のあおちゃんがおなかにいる頃
からだにふれさせてもらいましたが
それはそれはシアワセなセッションとなりました。
その時のことを書いた日記はこちら


二人目をおなかに抱えた彼女は
一人目の時とはまた違って
自分のことをとても客観的にみている様子。
ブログを見ていると、豊かな妊婦ライフを送っていることが伺えます。
働きながらなので大変だろうけれど、
自身のからだへの観察力には
感心させられることしきり。
http://tekurito.exblog.jp/


そんなあやのちゃんから、
からだ、感情の変化のお話を聞きながら
妊婦さん向けのオイルトリートメントのアプローチをお伝えするクラスができたら、
さぞや楽しいことだろうと妄想が膨らんでおりまするよ。


ひとまず、私の引っ越しが一段落して
京都に月一度戻ってくる機会に
と考えています。
7月までに、何度か開催できるといいなぁ。
定員は各回2名ずつ。
実に密なクラスになると思います。


4月に入ったらあやのちゃんとミーティングをして
企画を練っていくので
これは受けたい!と思う方は
楽しみにお待ちくださいませ。
刻一刻と変わっていくお母さんのからだ。
その瞬間、ともにすごせるだけでも
シアワセな時間になること、間違いなしです。

あやのちゃんとのコラボ。
私も楽しみにしています。
お知らせまで、もうしばしお待ちくださいませ。



20100304-R0018995.jpg



Posted by チエ on  | 4 comments 

ボディワーク -感情・からだ・知性の統合- 

昨日は、秋分の日から始まったトリートメントクラスの最終回でした。

全6回、多岐にわたる話をさせていただきました。

昨日は、からだに触れる
ということを仕事にしている人たちばかりのクラス。

なので、前回のクラスとは
また違ったことばが私の中から飛び出していたように思います。

自分で発しながら
みなを混乱させてしまったのではないか
と、ちょっとドキドキしていたのですが
もともとが、技術を習得するためのクラスではない
ということを、承知の上で申し込んでくださった方ばかりなので
混沌とした中からも、自分自身だけの『なにか』を見いだしてもらえるだろう
と思っています。


気功とエサレン。
私の中では、もはや全くの同義。
なので、もういちいち気功とか
エサレンとか、そんな名前では
分けることができないの。
「名前とは、単なる記号のようなもの」
とは私がたまに言ったりすることですが
ただ、説明がつかないから、そう呼ばざるを得ないもの
といった感じです。
あれ、や、それ、とかと同じ感じかな。


今日、ツイッターの中で見たことば

あらゆる宗教、芸術、科学は、同じ木の異なる枝です。
いずれも、人間を単なる肉体的存在から引き上げ、
その生き方を高貴なものにし、個人を自由へと導くことを目的にしています。
-弓場隆 編訳 -『アインシュタインにきいてみよう 勇気をくれる150の言葉』

ああ、このことばに
ホント、ドキドキさせられちゃう。


   古来から
   私たちが今ある、この宇宙、この自然を
   知りたい、解き明かしたいという欲求により
   哲学、思想が生まれ
   それらをなぞるようにして
   芸術、美術がうまれ
   自由を求めて
   科学や宗教がうまれた。

   すべては大きな一つから生みだされ
   私たちを表現する術となった。


その表現方法として
私は、ボディワークを選んだんだと思っています。
気功もボデイワークだし、エサレンも然り。


   地面に足の裏が接して
   カラダの重さに従い、動きが始まります。

   その動きの中にはつねに、ここちよさがあります。

   そして、私たちはそこへ行きたいんだという意識を持っています。


からだ、感情、知性の共鳴。
shioのHPを見て、あらためてその三位一体にそっかーそっかーと思った。ありがとう。
私がボディワークをあらたに学ぶとしたら、shioを師匠としたいね。)

からだ、感情、知性の統合が行われることで
私たちは自由になっていくのだね。
それが「誰かにふれる、ふれられる」ベースになっていくこと。

私が伝えたいことは、これなんだなぁ。


自分にとって、「ちょうどよいところ」へ持っていく力が、
知性なんだと思います。
うごいていくための、簡単で最短なルートを瞬時に選びとるチカラが
ことばになったり、技術になったりするんだと思います。



最後にみなさんにしたこのようなお話は
私にとっての、深ーい学びとなりました。
結局、このトリートメントクラスは
私が一番学んでいるのではないかと思います(爆)


場というのは、集まる人によってうみだされます。
先生を先生たらしめるのは、生徒たちの力。

私のからだの中にあることばを引き出してくれたのは
今回集まってくださったみなさんだと思っています。
ありがとう。。。

人前で話すことは、苦手なのですが
人と人との出会いによって、
私の中で眠っているものが引き出されるとわかった今
こうして「伝えていくこと」は、私にとってはやめられないことだなぁ・・・。


それと、
私は長い間、自分の仕事をどう表現していいかわからなくて
「マッサージや気功や料理をしたりする人」と名乗ったりしてきたのだけれど
これを言語化することができたおかげで
「ボディワーカー」と名乗ってもいいかなと思えてきたよ。

まぁ、これもまた
ホントは肩書きはどうでもいいんだけれどね。
でも、自分の中で意識づける
ってことも大切だからさ。



スローボディのススメでも
こんな話を、バンバンしていきたいなぁ。
うふふふ。

3月の2回は満席になっちゃったけれど
4月、引っ越し前にもやりますよぅ。
よかったら遊びにきてくださーい。


スローボディのススメ

日時 2010年4月5日(月曜日・清明) 午前11時~午後1時~おひるごはん  
料金 2000円 お昼ごはんつき(ちょっと値段あがりました。ゴメンナサイ。)
場所 空 -くう- (京都市南区東九条)
定員 4名

お申し込みは、メッセージかコメントでお願いしますー。


Posted by チエ on  | 0 comments 

新しい始まり・ことばにする

R0016009.jpg


23日は秋分の日。
秋のはじまり。

2回目となるトリートメントクラスを始める日でした。


前回、何を話したか
まるで覚えていなくて
クラスがはじまる前まで
うーん、どうしよう
などと思ったりするのですが
カラダにしみこんでいることは
案外、すんなりと出てくるものです。

私にとってもこのクラスは、そのカラダにしみこんだことを
あらためて「ことばにする」という機会をいただいてる
ありがたい学びの場となっているのです。


twitterってご存知?

なんでも、ネットの世界では「つぶやくこと」が大流行しているのだそうな。
いちいち、自分のしていることを発するなんて、意味がわかんない
などと思っていた私ですが、先日、田口ランディさんの日記を読んでいたら
「つぶやくことは、自分の無意識の行動を意識化すること」と書いてあって
なるほどと思ったわけです。

以前、レコーディングダイエットというのが流行りました。
自分が食べたものをメモに書き出していくことで
体重が減るというもの。
つまり、無意識に食べていたものを書き出すことで意識にのぼらせて
ああ、こんなものを食べていてはいけない、などと
書き出したくないということで、食べる量を減らすことができるのですね。
意識化することでムダがなくなっていくってことなんだな。

新月の願いというのも同じことなのだと思いました。
無意識に願っている、心の奥底から望んでいることを
声に出したり、書き出したりすることで、無意識の中から
浮かび上がらせてくることというのは
レコーディングダイエットと同じことなんだな
と思います。

意識化させることで、ムダを省いたり
本当に欲するものがわかってきたりする
ということなんですね。

だからといって、twitterしている人で
そんなことを感じている人は
そういないかもしれませんが(笑)

とにかく、自分の無意識を意識化することで
本当に必要なものが見えてくるのは事実であるようです。



ことばにする
というのは、自分の中に無意識に眠っているものを
揺り起こすような作業だと、私は思っています。
本当に感じていることをことばにすりあわせていく作業は、
「ことば」という絵の具や絵筆を持ち合わせていないと単調になりがちで
繊細な表現がむずかしいものです。
私は、文章を書くことは、絵を描くことと同じようなものだ
と常々思っているのですが
ことばにするというのは、絵を描くがごとく、
自分のカラダの中にある心象風景を
描き出していくようなものなのです。


表現する、ということは
カラダの内側からあふれでてくるものを
具象化するということなんだと思います。
それが音だったり、色だったり
人それぞれ。
私の場合は、文字にする
ということが一番しっくりする作業でした。
そこから、自身が本当に欲するものが
見えてきたように思っています。



なので、クラスに来てくださるみなさんにも
できるだけ、感じたことをシェアする時間を持っていただきます。

カラダに触れて、ゆるんでぼんやりした頭では
むずかしい作業ですが
とにかく、ことばにならない、という状態でも
ひとまずはトライしていただきます。

心地よかったこと
うれしかったこと
つまらなかったこと
悲しかったこと

カラダの中で感じたことを、意識していくことで
自分自身の姿がもっとクリアに見えてくるのだと思います。

そしてまた、意識化したことは忘れます。
単純に忘れるのではなく、あらためて自分の中に取り込んで
また無意識として溶け込んでいったということなんだと思います。





昨日来てくださったみなさんは
私が、シェアを
という前にペアで組んだ人とお互いに感じたことを
伝えあっていました。
あらためて自己紹介をする前に、それぞれの名前を覚えていたし
オンナっていうのは、自然につながるのがホントにうまいもんだなぁと
今回の参加者の方達を見ていて思いました。


またこれから半年間、楽しみです。
私も、学ばせていただきます。


Posted by チエ on  | 0 comments 

やさしさの浸透圧・第六回トリートメントクラス

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昨日、全6回のトリートメントクラスの行程が終了しました。

半年間、あっという間だったなぁ。

単純に、マッサージをする
ということだけではなくて
「生きていくこと」という壮大なテーマにまで及ぶ話もしたりして
たった6回のことでどれだけのことが伝えられたか
私もほんの少し不安だったりします。

でも、毎回クラス後にいただく感想の中で
「前に比べていろんなことがラクになりました」と言ってくださる方がいて
とってもうれしく思いました。


ゆっくり動いていく中で
自分のカラダの内側に、微細に意識を向けていくと
心地よい部分とそうでない部分とに気づくことができます。
その境目は明確ではなく、かなりな微調整ですが
少しでもこれは好きだとかキモチヨイとかラクだとか
なんかええわぁ、みたいな方向にみんなで行こうぜ!
と私は真剣に思っています。




先日、お客さんから
朝日新聞の特別号「Globe」に掲載されていた「もむという仕事」という記事誌面を
いただきました。
web版 → http://globe.asahi.com/feature/090803/index.html
驚きました。
「マッサージ」が全国紙にこんなに大々的にとりあげられようとは。

私のまわりでも、体に触れるという仕事に携わっている
もしくは携わろうとしている人が本当に増えました。
初めて出会う人たちの中に、「マッサージしてます」もしくは「勉強中です」
という人が必ず一人はいたりします。

この「マッサージ流行」という潮流の根底には
やはり「誰かとのつながりを見いだしたい」という欲求があるんだろうなぁ。


けれどもハンドマッサージの一日講習や
数時間のトレーニングで開業しちゃったり
という話を聞くにつれ、そんなんでええのかと思います。
きっと、私が苦手だと感じるのは
すぐにお金というエネルギーに結びつけようとするところなのだな。
まぁ、結局、人がお金を支払うのは
その価値があると認めたからで
短時間のトレーニングを経て開業しても
その人がよいと感じた人が集まるのだから
それはそれでよいんだろうとは思いますが。

私は、自分がクラスを受け持たせてもらった人たちには
まずは身近な人たちに、もっと気軽にふれる・ふれられる
機会をもってもらえたらなぁと思っています。
ふれる・ふれられることで
ゆるみ、とけていく感覚
ふれている側、ふれられている側に境界がなくなっていく心地。
お互いに、行き来するエネルギーを感じられるシアワセは
お金という、数値としてあらわされるエネルギー以上のものがあると思うのです。
(お金を否定しているわけではないのですが・・・。
もっと、もっと、単純にふれることを楽しむ
ふれられることを楽しむ、それがふれることへのきっかけでありたいと思うのです。)


60兆という細胞が隣接しあって「私というカラダ」を構成しています。
細胞は個でありながら、私という全体を為しています。
私たちのこの、ふれているふれられているという関係は
この「個であって全体」という状態のような気がします。


誰かの手のぬくもりを感じて
ほどけていく。
とけていく。
かたく閉ざされた中から、うまれてくる何かがあります。
ほどけたこわばりの中から
姿をあらわす何かがあります。


手をあてるということは
なにかを治すということではなくて
互いに本来持っている能力を引き出しあって
高めあっていくこと。


そんな、とろけるような時間が持てている間は
ことばもいらないし
お互いがやさしさに充ちていく時間となります。


遠慮とは、相手のことを思いやっているようで
実はただ、相手の思いを受け止めることから
逃げていることだったりする
と石井ゆかりが書いていました。

遠慮なく受け取り
惜しみなく渡す。

細胞間にある浸透圧のようなものが
私と誰かのカラダの間にもあります。

そんな循環が
私のまわり
そして、今回クラスに来てくださった人たちのまわりに
どんどんとひろがっていってくれたら。

それが、私がクラスをはじめた理由です。



春からの全6回を終えて
次回は、9月23日の秋分の日からまた新しく始めます。
すでに前回ブログで案内した時点で
4名の方からお申し込みをいただき定員と達しております。
(お申し込みいただいた方には先日メールをお送りしましたが
届いてますかー?
届いてないという方はぜひご連絡ください!)



まだ予定は未定ではありますが
秋からのクラスで、ひとまず一区切りをつけるつもりでおります。
(実は来年、京都からはなれることになりそうです。)

なので、ご希望の方があれば
別日程で始めてもいいと考えております。
この機会にクラスを受けたい
とお考えの方がおられましたら、ご一報くださいませ。
詳細はこちらからどうぞ。
http://www.eonet.ne.jp/~slowbodyqoo/massage_class.html



さて、わたしはあさってから
再び、エネルギーチャージのため南九州へ行ってまいります。

私の中のエネルギーは、滞ることのないように。
それが私の旅に出る理由。

9月7日に戻ります。

また秋からもどうぞよろしくお願いいたします。

では、いってまいります。






最後に。
20090822-R0018245.jpg
春からのクラスのみなさま
楽しい時間をどうもありがとう。
これからもどうぞよろしく。



Posted by チエ on  | 2 comments 
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